取り敢えず建国した俺は暇を潰すため敢えて船に乗る事にした。
ここ《ユーフラテス公国》の最西端にある小さな国《アックスプラント王国》から南に2500UL。
港町《リンドハイル》より船に乗り《アゼルライムス帝国》の領内へと入る。
その間、約3日間の船旅。
当然、暇を持て余した俺は取り敢えず甲板にでも出て外の空気を吸う事にした。
・・・
「あー。良い天気だなー」
ここ一週間くらいはずっと快晴が続いている。
今後もこの調子で晴れ間が続くのならば、ちょっと水とか大丈夫かな、と心配になって来る。
「《水魔法》が使えるのは……リリィかセレンだけだったっけ」
水が不足した時は緊急措置として魔法から作り出しちゃえば良いんだけど……。
あいつらは『義勇軍』として参加しちまうから、どうせだったらルルの《緊縛》を解いて行っても良かったかな、とも思う。
「でもまあ、井戸の水もたんまり残ってたし……ゼギウスもいるからいざとなったら何とかなるだろ……」
裏の山岳に住み着いているゴブリンの山賊だってそうだ。
いくら年老いたジジイと最弱のタオだからと言って、たとえ攻められたとしても遅れを取るような玉じゃ無い。
まあルルは全く戦力にはならないけど……。
「ていうか何で女王の俺がこんなにあいつらの事を心配しなきゃなんねぇんだよ……。しかも自ら『出稼ぎ』て……」
はあ、と溜息を吐く俺。
どこで国の作り方を間違えたのだろうか……。
と、突然の突風が舞う。
「うわわあああ!」
「へ?」
声のした方向を振り向くと、二階の甲板に人影が見えた。
「も、もう……。何なんですかぁ、この突風はぁ……」
長いスカートを抑えながら上空に向かい文句を言っている女性。
「あ」
「……ども」
下から見上げている俺と目が合う。
(……深緑の瞳にあの金髪……。それに特徴的な長く尖った耳……)
あれは多分『エルフ族』だ。
前世では何度か拝見した事はあったが、『3周目』で実際に見るのは初めてかもな……。
「……見えましたか?」
「へ?」
「とぼけないで下さいよぅ……。私のパンツ……見えましたか?」
膨れっ面で俺を見下ろすエルフ族の少女。
何だか舌たらずな口調だが、流暢に人間族の言葉を喋っている。
「いや……多分見えてないと思うけど」
「……本当ですかぁ?」
疑いの眼差しを向けて来る少女。
何だかあの深緑の瞳が宝石みたいで綺麗だなあ、とか思う俺。
そして数十秒間の沈黙。
その間もじっとあの宝石のような目で睨みつけられている。
「……あれぇ? 貴女……女の方……なのですか?」
不意に言葉を発する少女。
「へ? ……あ、ああ、そうだけど……」
俺は思案する。
この『3周目の世界』に入ってからは、今まで初対面で『女』以外に思われた事など無かった筈。
なのにあのエルフの少女は依然首を傾げている。
(……あ、そっか。あの『目』か……)
あの深緑の宝石のような『目』。
確かエルフ族独特の『魔力』が備わっているような事を以前に聞いた事があった。
なんでもその瞳は『真実』を映し出すのだとか。
本当かどうかは知らねぇが……。
「なあ、ちょっとこっちに来てお話しないか? 俺ちょっと今、暇しててさあ」
「・・・(じーー)」
「あ、いや、別に取って喰ったりなんてしないからさ」
「・・・(じじじーー)」
「……やっぱ警戒するか。んじゃまあ、部屋に戻ってケーキでも――」
「行きます!」
「……うん?」
◆◇◆◇
「こ、このケーキすんっごい、美味しいですぅ~!///」
エルフの少女は嬉しそうにケーキを頬張る。
「そりゃあそうだろ。なんせ天才料理人が作った手作りケーキなんだから」
出発前に何故か知らんが手作りケーキを丸々俺に持たせたタオ。
その事にルルが噛み付いてきてそりゃあもう宥めるのに苦労したが……。
「私そこのうちの子になりますぅ」
「いや、意味分んねぇし」
「むむぅ」
頬袋一杯にケーキを突っ込むエルフ少女。
おまいはハムスターか。
・・・
「はあぁぁ/// 美味しかったのですぅ/// ご馳走様なのです!」
お皿とフォークを洗面台に片付ける少女。
こういう所の礼儀は弁えているらしい。
「で? 取り敢えず自己紹介と行こうか」
餌付けを終わった俺はそう切り出す。
「あ……。わ、私ったらケーキを食べるのに夢中で……。御免なさいなのです……」
ペコリ、と丁寧にお辞儀をする少女。
その際に耳がぴょこん、と揺れてちょっと可愛いとか思ってしまう俺。
「私……もうお気付きだとは思いますが……。今は『絶滅危惧種族』として認定されている『エルフ族』の生き残り、名を『エアリー・ウッドロック』と申しますです」
絶滅危惧種族……。
確かドワーフ族であるゼギウスもそんな事言ってたよな、前に……。
「あー。俺はカズハ。『カズハ・アックスプラント』って言うんだ。宜しくな、エアリー」
「・・・」
「?? ……エアリー?」
何故か固まってしまったエアリー。
「かか……かかかかか……」
「……か?」
頭を抱え驚愕の表情で俺を見ている。
何だ? 俺の顔がそんなに変か?
それ地味に凹むなおい。
そしてエアリーは叫び出す。
「かかか、『カズハ・アックスプラント』様ぁぁぁ!? あ、あの『戦乙女』として、世界中で有名なあの……!?」
「あ。うん。多分そう。宜しくな」
「!!!!!!! ……ブクブクブクブク……」
「あ。気絶しちまいやがった……」
やれやれ……。
もしかしてこれから行く先々で俺はこういう反応をされるのか?
それは流石に面倒臭そうだな……。
やっぱ本名で闘技大会に参加するのには無理があるか……。
俺はそんな事を考えながら――。
――気絶してしまったエアリーを抱き起こし、ベッドに静かに横たわせる事にした。




