ゼギウス·バハムートの鍛冶工房。(後編)
珈琲を飲み一息吐く。
「よっこいせ、っと……。さて、もうひと踏ん張りかいのぅ……」
リリィ嬢ちゃんから託されたロッドを手に持ち鍛冶を再開する。
リリィ嬢ちゃんがワシに依頼したロッドは《大魔道士》の称号を持つ物にしか装備が出来ないと言われている《聖杖フォースレインビュート》という『神器』の1つ。
「……こんな化物を作る鍛冶職人もいるのじゃから、世の中はまだまだ広いと言う事じゃて。フォッフォッフォ」
ワシはその神々しい装飾が施されているロッドを光に当て眺める。
本来《鍛冶職人》としてのワシの仕事は3つ。
すなわち、
①通常の強化素材を用い、武器そのものを強化する
②《属性》付きの素材から属性付加の部分のみを抽出し、武器に属性を付加する
③武器の見た目を大幅に変化させる
例えば、以前カズハがワシに依頼した《ツヴァイハンダー》は③の『形状変化』に当たる。
そもそもは最弱の武器である『木の棒』を、ワシの加工技術で見た目だけは立派な『大剣』に変化させたというもの。
あやつはその武器で他者を欺き、自身の強さを必死に隠していたようなのじゃが……。
因みに武器の『強化値』は最大で+99まで。
例えば『木の棒』(攻撃力1)を、モンスターが稀に落とす『強化素材』を用い強化をしたとして、最大強化は『木の棒+99』(攻撃力1+99)までとなる。
よって更に上位の武器を手に入れたくば、早めにより良い武器を手に入れた方が遥かに効率が良い事になる。
強化素材を落とすモンスターは数多くいれど、ドロップ率は極めて低い。
さらには強化に掛かる費用は『強化値』が上がるほどに飛躍的に高まっていくので、なかなか最大値まで強化するのには骨が折れる事じゃろう。
さらには『属性付加』の為のドロップ素材。これは更にその上を行く。
通常の強化素材よりも何百倍もドロップ率が低いばかりか、強化費用も桁違いに跳ね上がる。
理由は分るじゃろうて?
この世界では相手の『弱点属性』に対しピンポイントで攻撃出来るか否かが、戦闘の明暗を分けるといっても過言では無い。
それだけ『弱点属性』に対する攻撃のダメージ補正値である『250%』は大きな意味を持つ。
因みに属性付加の為の強化は一回のみ。
『木の棒』であれば、《火属性》の素材を付加したとするならば『木の棒(火)』となり、この武器で《火》を弱点属性とする敵に攻撃すれば、通常のダメージ量が250%に補正される事となる。
しかし、一度属性を鍛冶により付加させた武器は属性を外す事は出来ない。
また基本的には一つの武器に付加できる属性は一つのみとされておる。
ワシは手に持った『聖杖』の先端に付いている七色に輝く宝玉に目を奪われる。
この神器の凄い所は、この宝玉に付加されている《属性強化》という魔法である。
元々は付与魔法の一つであり、自身の唱える魔法の属性を強化する為の物であるのだが、一度の詠唱で付加できる属性強化は一種類のみ。
また重ね掛けは不可能とされている。
そして通常の『鍛冶』でこの《属性強化》という魔法を武器に込める事など常人のなせる技では無い。
そもそも鍛冶の技術で『武器』に『魔法』を込める、といった技術は聞いたことも無い。
付加できるのはあくまでモンスターからドロップされた属性強化の素材であるのが基本だ。
中にはタオの様に武器そのものに付与魔法を付加し、効果時間を高める使い方をしている冒険者もいるが、全ての付与魔法がその対象となっている訳では無い。
ワシは宝玉を磨きながらも更に思考する。
ならばこの《聖杖フォースレインビュート》の何が『化物』なのか。
それは、この神器に付加された《属性強化》が対象とするのは1種類の属性では無いからだ。
いや……厳密には1種類の属性と言えよう。
しかし、通常の《属性強化》とは違い、使用する魔法によって、その都度強化対象がスイッチすると言うから驚愕ものなのだ。
それはつまり、唱える魔法毎に属性が強化されて発動されるという事。
そしてこの『聖杖』を扱っているのは、全ての属性魔法を使用する事の出来る『大魔道士リリィ・ゼアルロッド』なのだ。
「……一番怒らせてはいかんのは、カズハでは無く、リリィ嬢ちゃんの方かも知れんわいのぅ……。フォッフォッフォ」
《属性強化》により強化される属性強化補正値は250%。
要するに、じゃ。
①自身の『得意属性』である2種類の属性魔法は通常使用でダメージ補正が250%
②自身の『得意属性』でない残り10種類の属性魔法はマイナス補正と相殺され通常のダメージ
③相手の『弱点属性』に対しては得意属性の魔法ならばダメージ補正が2.5倍×2.5倍=6.25倍となり、さらには得意属性でない通常魔法でさえもそのままダメージ補正が入り250%となる
全ての属性魔法を強化する《聖杖フォースレインビュート》と。
全ての属性魔法を唱える事の出来る『大魔道士』。
この2つがセットになった者と対峙する際は、自身の『弱点属性』を知られる事がどんなに恐ろしい事か――。
「……考えたくも無いわいのぅ……。フォッフォッフォ……」
聖杖の宝玉を磨き終えたワシはまた竈で湯を沸かす。
そろそろリリィ嬢ちゃんが聖杖を取りに来る頃じゃろう。
メンテナンスを頼むなどと言われても、既にこの神器の製作者はこれ以上無いほどの完璧な物を作り上げてしまっておる。
ワシが出来る事と言えば、この宝玉に邪悪な『呪い』が付加されていないかを見定める事くらいか。
「……いずれは会ってみたいもんじゃのう。……まあ、生きてはおらんじゃろうが……」
これだけの神器を製作したのだ。
自身の命を掛けて作ったとしても不思議では無い。
歴史に残る一品を生涯を掛けて製作する――。
――それは『鍛冶職人』にとって、至極の賜物である事は言うまでも無いのだから。




