カズハの緊縛体験。(後編)
「ああもうくっそ……! 指ベタベタじゃねえかよ……。キッタネェなぁ……」
レイさんの涎でベタベタな指を払いながら城の外の井戸へと向う俺。
「やっぱまずはきちんとした『ライフライン』の整備から始めないとマズイよなぁ」
井戸の水を汲み上げ手を濯ぎながらも思案する。
ようやく念願の建国を果してから早半年近くが経過した。
襲撃に遭った《アゼルライムス城》も、先月辺りにほぼ完璧に復旧したとの知らせがエリーヌから届いた所だ。
今後の魔族の動向も踏まえ、前よりも頑丈な城壁に作り変えたが為、完全な復旧にかなりの時間を要したらしい。
そしてかの襲撃で《精霊王》に操られていた、レイさんのお兄さんでもある『勇者』。
彼に掛けられた『国家反逆罪』の汚名は裁判により無罪となったが、本人は余程ショックであったのだろう。
自ら王に申請し、『勇者』としての職を辞して、今では何処かの国に放浪の旅に出てしまったらしい。
俺はついでに井戸の水で顔を洗う。
「……でも、それだとエリーヌとの『婚約』は……」
顔を拭き、空を見上げる。
代々《アゼルライムス》に生まれた皇女は勇者と婚姻を遂げる慣習がある。
だからこそ勇者であった俺は無事『2周目』でエリーヌと結婚し、短いながらも幸せな日々を過ごす事が出来たのだ。
「……また《勇者候補》の中から、いつか『勇者』が選ばれちまうのかもなぁ……」
きっとそうだろうな。
あのアゼルライムス王の事だ。
実の愛娘の感情よりも、代々続く《儀式》の方を優先するに決まっている。
ホント死ねば良いのにあのクソ親父……。
「あ”、ああ”ー。こほん!」
なんか後ろからキモい咳払いが聞こえて来たので振り向く俺。
「芳しき我が《アックスプラント城》の女王、カズハ様! ご機嫌麗しゅう御座います」
片膝を地面につきながら頭を垂れている屈強な戦士。
「……グラハム」
「はっ!」
「……返事が良いのはいいんだが……。お前、言葉の使い方色々間違えてるぞ」
「はっ!」
「・・・」
「はっ?」
……馬鹿だった。
この目の前にいる気持ち悪い笑顔で俺を見上げる男――グラハム・エドリードとかいう奴は。
「……。で? 何の用?」
いちいち敬語を訂正させるのも面倒なので、濡らしたタオルを首や脇に当て、身体を冷やしながら聞く俺。
「……そのタオルを私めに頂け……ゲフンゲフン……カズハ様。私、決して、決して、聞き耳を立てていた訳では御座いませぬが、今しがたカズハ様がおっしゃった『勇者』とは、『ゲイル殿』の事で御座いましょうか?」
「……今、このタオルをくれと言ったか」
「いえ決してそのような事は」
「……言ったよな」
「……言ってしまいました」
「・・・」
「……もしや頂けるのでしょうか?」
俺は素早くウインドウを開き《陰》を選択する。
そしてリストから《緊縛》を選び魔法を発動させる。
「やや! こ……この魔法陣は……!!」
グラハムという名の変態紳士の足元に眩い光に覆われた魔法陣が描かれる。
「あ……や……/// この……この凄まじい締め付けは……///
ぐおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
魔法が発動し終えるかし終えないかのタイミングでそのまま《陰》のリストの中の《鎖錠》を選択し、いくつか追加発動する俺。
異空間から数本の黒銀に輝く鎖が出現し、瞬く間にグラハムに纏わりつく《緊縛》の光と連結される。
「こ……この《連携魔法》は……!!///」
《緊縛》と《鎖錠》の連携魔法。
グラハムの首、両手首、両足首に嵌められた蒼色に輝く拘束具を数本の黒銀の鎖が複雑に絡み合い縛り上げる。
出来上がったのは――。
「はああああああああん!!///」
――いや、キモいから言わないでおこう。
◆◇◆◇
「こ……これは……! この複雑に絡み合いながらも程よい締め付けと程よい拘束感を与え、さらに程よい高揚感と圧倒的な絶望感を同時に付加する至極の《連携魔法》……!/// アッーーーーーーーーーーーーーーー!!///」
「解説キモい」
俺は亀の様に縛り上げられているグラハムを無視し城に戻ろうと歩を進める。
「ちょ、カズハ様……! 不精、このグラハム! まだ女王にお話するべき事が……!」
両手両足を後ろ手後ろ足に縛られながらも、カーリングの弾みたいな動きで地面を滑りながらにじり寄って来るグラハム。
何だか新種の生き物みたいで尚キモい。
「ああもう! 寄んな! お前女に対しては一気にキモキャラになるから嫌なんだよ俺!」
更にウインドウを開き《陰》から《弐乗》を選択する俺。
グラハムを拘束している《緊縛》と《鎖錠》の二つの魔法が光を発し強度を増す。
「こ……この締め付けはぁぁぁ……!!/// や、やばいですカズハ様ぁぁぁ!!/// 私……! 何か心の奥底から新しい感情が吹き上がってくる様で……!!///」
……マズイ。
……これは本格的にキモい。
『変態メイド』の異名を持つレイさんに匹敵するほどキモい。
いや……。まだレイさんは見た目は絶世の美女だから、あんなに残念でも許されていた感はあるが……。
こいつは――駄目だ。
真正の――過去類を見ないぐらいの気持ち悪さだ。
「締まる……! 締まりますぅぅ……!! く、これはキツイ……!! 来る……何かが来ますカズハ様ぁぁぁ!!///」
俺は耳を塞ぎながらもその場を後にする。
――そして俺は思う。
何故俺は、こんな男を過去2回もの『前世』で、親友であると勘違いしていたのかを――。
「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」




