三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず猫を被ることでした。
無事にエーテルクランの街に到着。
ていうか『無事に』って言っても、道中でモンスターから受けたダメージはゼロなんだけどね。
まあ当然なんだけど。
「おい! そこのお前!」
街の入口に立つ警備兵二名が長槍を互いに交差させ、俺の行く手を阻んだ。
相変わらずこの街は警備が厳しいですなぁ。
俺もせっかく女に生まれたんだし、演技のひとつでも披露してみますかね……。
「すいませぇ~ん♪ アゼルライムスから徒歩で来たんですけどぉ~♪ 闘技大会に参加してみたいな~って思っちゃいましてぇ~♪ てへっ」
「う……。そ、そうか。それならば仕方がないな! おほん、き、気を付けて参加するのだぞっ! 通ってよし!」
……。
簡単に釣れた……。
あれ? 男ってこんなに単純な生き物だったっけ……。
ていうか俺、小悪魔もイケる……?
いやいやいや、気持ち悪いから。
今すごく吐きそうになってるんだけど……。
「(おい! あの子、めっちゃかわいいと思わないか!)」
「(ああ! 俺もハートを鷲掴みにされたぜ! くぅ……! あんな子が俺の嫁にでもなってくれたら……!)」
……。
どうしよう。気持ち悪い。
冗談でもこういうのやらないほうが良いんだな……。
今、死ぬほど後悔しています。
早くこの場を逃げよう……。
◇
「あー、そうだ。爺さんの所に顔を出しとかなきゃなぁ」
闘技場に向かう前に街の外れにある小屋に立ち寄ることにしました。
『爺さん』とは鍛冶職人の中でめっちゃ有名人であるゼギウス・バハムートのことだ。
一周目でも二周目でも色々とお世話になったんですよ。
元は有名な片手剣の使い手で現役時代はバリバリの冒険者だったんだって。
まあドワーフ族だから腕とか短いだろうし、片手で持てる長い剣を扱ってたみたいだね。
……だったら槍使いになれば良かったと思うのは俺だけでしょうか。
で、この爺さんが俺に『二刀流』という隠しスキルを伝授してくれたんですよ。
たぶん隠しイベントか何かなんじゃないかな。
一周目をクリアして魔剣を手に入れた俺は、再びゼギウスの爺さんを訪ねました。
そしたら俺が持っている二本の剣を見てイベントが発生。
最強の剣を二本を持っているのならば、二本同時に使えた方が良い……とかなんとか言われた記憶があります。
おかげで泣く子も黙るチート剣士になっちゃったんだけどね。
コンコン。
「爺さーん。いるかー?」
返事が無いので勝手にドアノブに手を掛けます。
その瞬間、細い針金のようなものが手に触れて罠が発動。
ヒュンッ!
「おっと。危ねぇ」
背後から飛んできたクナイを掴み、刃の部分に目を凝らします。
やっぱり塗ってあるわ。痺れ薬が。
一周目のときに初めてここを訪れたときは尻に刺さってそのまま気絶したけど……。
もうこの仕掛け止めませんか。危ないから。
「ほう……? 罠に引っ掛からんとは珍しい。おぬし、何者じゃ?」
扉を開けると背を向けたまま鍛冶仕事をしているゼギウスを発見。
相変わらず髭がモジャモジャしていますね。
今度寝ているときにでもこっそり全部剃ってツルツルにしてやろうかな。
まだ尻にクナイが刺さったときの恨みを晴らしていないからね。
「なあ、ゼギウス爺さん。もうあの仕掛け止めたほうが良いよ。いつか訴えられるよ」
「ふぉっふぉっふぉ。不思議な女子じゃのぅ。罠に引っ掛からんばかりか、初対面でワシに意見するとは……。面白い」
いや……。俺じゃなくてもあの仕掛けは誰でも怒ると思うぞ……。
まあいいや。
説明するより、この二本の剣を見せたほうが早いだろ。
俺は軽く腰を振り、差したままの剣をゼギウスに見せびらかす。
「むむ……? その二本の剣はもしや……!」
さっそく食いついてきたゼギウスは仕事道具を放り出し、俺に近づいてくる。
仕事道具は大切に扱いましょう。お前職人だろ。
「あ、ちょ……! どさくさに紛れてケツを触んじゃねぇよ! このクソジジイが!」
「ほうほう、これは勇者の剣ではないか。そしてこっちの剣は――」
……全然聞いてねぇ。
そして俺のケツにはまったく興味がないみたいです。
まあ昔からそうだからな。
三周目でも性格は変わってないってことか。
「魔剣……じゃと? 何故このような小娘が世界最強の剣を二本も……」
「うん。説明するから家に入れてください。そしてケツから手を放してください。訴えるぞコノヤロウ」
というわけでゼギウスに招かれた俺は家に入れてもらい、事情を説明することにしました。
◇
一通り説明が終わりました。
いっぺんに話したから喉が渇いたのでゼギウスの用意してくれたお茶を飲み干します。
いやー、旨いね、このお茶。
あとで少し分けてもらおう。
「……今の話は本当か? お嬢さんよ」
木のテーブルに置かれた二本の剣をまじまじと見つめるゼギウス。
俺は急須から湯呑に二杯目を注ぎ、今度は香りを楽しみます。
「その二本の剣がすでに証明になってんだろ?」
「むむ……。確かにその通りなのじゃが……」
頭を抱えてしまったゼギウス。
俺の話した内容を理解するのには、まだ時間が掛かるみたい。
俺が『三周目』であること。
元勇者で、魔王を二度も倒したこと。
爺さんともすでに面識があることなどなど――。
ゼギウスは信頼できる人物だ。
全部話しちゃったほうが俺もスッキリするし、一人くらい味方が欲しいし。
「おぬしのレベル、勇者の剣、そして魔剣……。何よりもまだワシが誰にも伝授しておらん『二刀流』をマスターしているという事実……。これだけ揃えば、おぬしの話を信じぬわけにはいかんな」
大きく息を吐いた爺さんは俺の頭上にあるアイコンに視線を向けた。
そこには『LV.99』という表記が出現している。
『強さ』が『レベル』という形で表現されるこの世界では、相手に自身のレベルを知らせないのが常識だ。
わざわざ手の内を見せる奴なんていないし、それが原因で命を狙われる可能性だってある。
今俺はウインドウを操作し『現在のレベルを相手に知らせる』という設定にしてある。
これにより頭上にレベル表記がされ、俺の強さを他者に知らせることができるわけだ。
当然、俺も普段は表記を隠している。
だってレベル99なんて奴、俺以外にいないんだもん。
面倒臭いことになるのだけは嫌だから、信頼できる奴以外には見せないことにしています。
「……で? ワシの所に来たからには、あいさつ以外にも何か企んでいるんじゃろう?」
「お、流石はゼギウス爺さん。話が早くて助かります」
二杯目のお茶を飲み干した俺は本題に入りました。
今回、爺さんを訪ねた本当の理由――。
「お世辞などいらんわ。ワシは鍛冶師じゃ。何を作って欲しいか言ってみい」
ゼギウスの言葉を聞きニヤリと笑う俺。
きっとすごい悪い顔をしているんだと思います。
「まあ、なんて言うか、ちょっとした偽物を、ね?」