タオの料理教室。
アックスプラント城、厨房にて――。
「♪~♪~♪」
もうすぐ昼食の時間を迎える。
私は食欲旺盛なこの国の兵士達のために誠心誠意、心を込めて調理を作っている最中アル。
「それにしてもカズハの奴……。『たまには和風の料理とか喰いたい~!』とかわがままを言うアルから……。本当にもう面倒くさい奴アルねぇ」
私はキャベツをみじん切りにしながら溜息を吐く。
今日のお昼の献立の一品目は彼女のリクエストどおり『和風ハンバーグ』を作っている最中アル。
みじん切りにしたキャベツを湯掻く。
その間に玉葱をみじん切りにし、木綿豆腐をきつく絞り水分を飛ばす。
「そう言えばカズハがユーフラテス公国の宰相から領土の一部を買い取ってから、もう四ヶ月も経つアルのか……。時が経つのは本当に早いアルねぇ……」
冷蔵庫から豚の挽肉と鳥の挽肉を取り出し鍋に入れ、私は懐かしむように過去を回想する。
ここアックスプラント城はユーフラテス公国の最果てに位置する荒れた果てた大地だ。
山賊が住み着きほとんど無法地帯と言っても良いほどのこの土地を買い取ったのは、まあ良いアルとしても――。
「この城……。突貫工事で造った城だけあって衛生状態があまりよろしくないアルよね……」
肉を入れた鍋にみじん切りにした玉葱、搾った木綿豆腐、そして湯切りしたキャベツを放り込む。
カズハは一番最初に出会った頃から建国を夢見ていた。
最初は一体何をアホな事を言っているアルかと思っていたが、なんだかんだで小さいながらも本当に国を造ってしまうあたり彼女の非常識さを痛感してしまう今日この頃アル。……はぁ。
「……タオ? ……あ、ここにいましたか」
厨房の扉を開けて現れたのは一人の幼女、もといルルだった。
「どうしたアルか? お昼ごはんまではまだちょっと時間が掛かるアルよ?」
「いえ、そうではなくて……。お願いです、タオ。ここにかくまって貰えませんか?」
「? ……あー……なるほどアルね」
ルルの顔色で全てを察した私は周囲を見回し、彼女をそっと部屋の中に招き入れる。
たぶん、いや間違いなく、ルルが逃げてきたのは『変人王』の異名をもつカズハ・アックスプラントか。
もしくは『変態メイド』の異名を持つレインハーレイン・アルガルドのどちらか――。
「……で? どっちの変態アルか?」
「……両方から、です……」
そうげんなりした表情で呟いた彼女は厨房の奥から椅子を引き台所の前まで持ってくる。
そしてその上にちょこんと乗り、今しがた作っていた料理を物珍しそうに眺めていた。
「今日はハンバーグですか?」
「うん、そうアルよ。カズハが今日は絶対『和風が良い!』って駄々を捏ねるアルから和風にしてみたアル」
「私も手伝ってもいいですか? タオ?」
そう言った彼女はは水道の蛇口をひねり手を洗う。
「…………」
「……何故そこで無言になるのですか? 私だって料理のお手伝いくらいは出来ますよ」
ふくれっ面でそう言ったルル。
この目は本気の目だ。……仕方ない。
「じゃあ、今ちょうどハンバーグのたねを捏ねるところだったアルから――」
「ではこれを捏ねれば良いわけですね? 任せてください、タオ」
そう張り切った彼女は威勢良くハンバーグを捏ねりだす。
(……混ぜるだけだから、流石にルルちゃんでも大丈夫アルかな……)
とりあえずその場をルルに任せた私は献立の二品目の準備に取り掛かる。
先程の玉葱の残りを今度は細切りに刻む。
次に人参を綺麗に皮むきをし、へたを取り一口大にカット。
さらにじゃが芋の皮を剥き、芽を綺麗に取り、こちらも一口大にカットする。
その様子をハンバーグを捏ねりながらルルが興味深そうな表情を浮かべて覗き込む。
「……この工程はもしや……私の大好きな『カレー』ですか?」
「へ? ……ああ、まあ、カズハがうるさいアルから和風のカレーうどんにしようと思っているアルけど……」
うどん好きのカズハはカレーライスよりもカレーうどんが良いといつも駄々を捏ねる。
「ええぇ? 私は断然カレーライスの方が良いのですが……」
ルルはうどんがあまり得意ではない。
いつもここで『カレーライス』か『カレーうどん』かでカズハと喧嘩が始まってしまうのだ。
「安心するアル。ルルちゃんの分はちゃんとカレーライスにするアルよ」
鍋に油をしき、野菜を炒め始める。
そして玉葱の色が変わり始めた所で鶏の腿肉を投入し、再び炒める。
昨日アルゼインが調達してくれた新鮮な鶏肉だ。
今朝捌いたばかりだから身が引き締まっていてカレーに使うのが勿体無いくらいだが。
「でもなんか……。私だけカレーライスというのも子供じみていて嫌ですね……」
「そうアルか? ああ、じゃあ和風カレーうどんの後に『カレー風味おじや』を作るから、そっちを食べるアルか?」
「『カレー風味おじや』……! 何でしょう……。その、私の心をくすぐるネーミングの食べ物は……!」
「う、うーん……。まあ……食べてみてからのお楽しみ……アルかね……」
鶏肉の芯まで火が通ったところで水を加え煮込み始める。
その間に本日の献立の三品目に着手する。
「……まだ何かおかずが出るのですか? 少し贅沢すぎやしないでしょうか」
少し心配そうな顔をするルル。
確かに出来立てほやほやのこの国は常に財政難に見舞われている。
ギルドで傭兵業を営んでいた時に稼いだ金はほぼ全て領土を買い取った時と城を建てた時の費用として消費してしまった。
今現在の我々の収入源は他国に義勇軍として参加するか、傭兵を請け負って金を貯めるかのいずれかしかない。
「まあ、大体はアルゼインとセレンの酒代、レイの洋服代、あとはカズハの趣味に使う費用で財政を圧迫しているアルけどね。……はぁ……」
「……やはり今すぐつまみ出しましょう、それら『ごく潰し達』を」
そう言ったルルの目が怪しく光る。
たまにこういう怖い顔をするから、ルルの実年齢はかなり高いのだと思い知らされるアルのだが。
残りの皮付きの鶏肉に包丁の先端で細かく穴を開けフライパンで焼き始める。
皮の部分がキツネ色まで焼けたら裏返し、しっかりと火を通す。
「すごく良い匂いがしてきました。……これは何を作っているのですか?」
「これもカズハのリクエストアルよ。『鳥の照り焼き』アル」
十分に火が通った所で醤油、酒、みりん、砂糖で作った調味料を流し込む。
ジュワ、と良い音が鳴り、厨房に香ばしい匂いが立ち込めた。
その間、中火で煮込んでいた鍋のアクを取り、ルルの様子をちらりと覗く。
「ルルちゃん、捏ねるのはそれぐらいで大丈夫アルよ。助かったアル」
「……いいえ、こんな事くらい朝飯前なのです」
にい、と笑顔を見せるルル。
こういう表情は幼女そのものなのだが。
一旦火を止めカレーのルゥを取り出し割りながら鍋に入れる。
「今度はこっちを混ぜ混ぜすれば宜しいのですか?」
手を洗ったルルは身を乗り出し聞いて来る。
「そうアルよ。頼んでも良いアルか?」
「ガッテンなのです」
お玉をルルに渡し、火を弱火に調整する。
そして良い感じに焼けてきた鶏肉に鍋の中で温まった調味料を何度も掛け、照り焼きを完成させて行く。
と、また厨房の扉が開いたのでそちらを振り向く私とルル。
「おお、随分と良い匂いが漂ってくるからつい来ちまったよ」
目の前には酒瓶を持った女剣士が立っていた。
「げ……。匂いに釣られて来ちゃいましたよ……。飲んだくれの剣士が」
ジト目で今しがた入ってきた女剣士に睨みかけるルル。
「もう、また昼間っから飲んでるあアルか、アルゼイン。少しはルルちゃんを見習って欲しいアル」
女剣士――アルゼイン・ナイトハルトは豪快に笑いながら厨房へと入って来る。
「まあまあ、そんなお堅い事を言いなさんなって。この『剣士長』アルゼイン・ナイトハルト様がいれば、怖い物なんて何もありはしないんだからねぇ」
そう言いグビ、と酒を煽るアルゼイン。
どうしてカズハはこのような飲んだくれを幹部になど招きいれたのだろうか。
……まあ、大体の事情は知ってはいるが、どうにも府に落ちないこともある。
綺麗に焼き上がった照り焼きチキンを皿に盛り、次にうどんを湯掻くためのお湯を準備する。
「お? 今日はうどんかい? それと……照り焼きチキンとハンバーグか。これはこれは、酒が進みそうなラインナップで」
「いいからアルゼインは皆を呼びに行って下さい。そろそろお昼の準備が出来ますので」
ルルが厳しめな口調でアルゼインにそう言い放つ。
「へいへい、分かりましたよーっと」
酒を煽りながら厨房から出て行くアルゼイン。
私はルルの混ぜている鍋を横目にうどんを次々とお湯へ投入して行く。
そして良いタイミングでお釜で炊いていたおコメに蒸気が舞った。
「あとはソバつゆをお湯で割って、煮込んだカレーと混ぜれば出来上がりアル。で、うどんのつゆを残しておいて、二杯目は炊きたての御飯を入れて、卵を落とせば『カレー風味おじや』が食べれるアルよ」
私のその一言で目を輝かせたルル。
カレーに卵。
やはりルルはお子ちゃまだ。
◇
「「「いっただきまーす!!」」」
食卓にはカズハ、レイ、ルル、アルゼイン、セレン。
そして遅れてグラハム、ゼギウス、リリィが集まる。
私を含めて九人しかいないアックスプラント国のいわば『国民』。
(……しかしこう見ると相変わらず変わった人間ばっかりが集まったものアルよねぇ……。人間じゃ無い者も混ざっているアルが……)
変人王。
変態メイド。
拘束された精霊。
お持ち帰りされた元魔王。
最凶の魔剣を手に入れた魔道戦士。
伝説の武器を作るドワーフ族の鍛冶職人。
そしてどういう経緯なのか未だに詳しくは知らないがアゼルライムス帝国一の槍使いと、世界で五本の指に入ると言われる大魔道士。
「…………はぁ」
つい、溜息を吐いてしまう。
このメンバーの中でどう考えても『最弱』なのは私だろう。
「あ、こらルル! それは俺の鳥だろうが!」
「カズハ様ぁ!/// でしたら私の鳥を口移しで!///」
「おいセレン、その酒美味そうじゃないか。ちょっとこちらによこせ」
「……お前が今その両手に持っている酒は何なのだ?」
「お嬢さん方。今夜の見張りは私と御一緒に月を眺めながらぶはあっ!?」
「……グラハム……食事中くらい女性に手を出すのは控えなさいよ、全くもう……」
「フォッフォッフォ。相も変わらず騒がしい食卓じゃて」
「……はぁ。あ、おかわりが欲しかったら――」
「「「おかわりっ!!!」」」
「…………はぁ」
――きっと、これからもずっとこうなのだろう。
ここにいるメンバーは全て、カズハが各地から集めてきた猛者達だ。
今もなお、右に座る幼女にビンタされ、左に座る百合娘にキスを迫られている変人王。
そう。きっとこれからこの国は――。
「…………」
――いつ滅んでもおかしく無いかも……知れないアル。




