三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず抹殺することでした。
魔獣王ギャバランを星の彼方まで吹き飛ばした俺は、ルンルン気分で残りの残党を片付けています。
それを唖然とした表情で眺めているしかできない様子のエリーヌ。
「そいやっ!」
『グワアァァァ!』
『ギャギャンッ!!』
次から次へと襲い掛かってくるモンスター共。
指揮官であるギャバランを倒したというのに、執拗にエリーヌの命を狙ってきている。
ていうかどんだけエリーヌを亡き者にしたいんだよ、この世界は!
彼女が一体何をしたっつうんだよ!
「おらぁ!」
『ギィヤアァァァ!!』
今のでちょうど百体目。
しかし一向に敵の数が減る気配がない。
うーん、どうしよう……。
「なあ、エリーヌ。確かあの階段を降りたら、その先に『大聖堂』があるんだったよな」
「え? あ、はい。しかし大聖堂は長い間封印されたままで、中に入ることは禁じられておりますが……」
うん。それは知ってる。前にリリィから教えてもらったから。
でもこの国の王は精霊族が大好きで、神に対する信仰心がゼロだから、使われないまま封印されちゃったらしいんだけど……。
「その封印ってどうにかして解けないかな。中に入ることが出来れば、モンスターは近寄れないだろう?」
「あ……」
俺の言わんとしていることを理解した様子のエリーヌ。
彼女はこの国の皇女だから封印を解くことは難しくない。
そして大聖堂に彼女を避難させている間に、城内と城の周囲にいるモンスター共を一掃する。
俺の仲間達もアルゼインと合流できただろうし、ここを乗り切ればこの『不幸なイベント』は終了するはずだ。
「どうして……私のためにそこまでして下さるのですか? それに、先ほどのキスも……」
思い出してしまったのか、再び頬を赤く染めたエリーヌ。
うん。可愛い。
さすがは俺の嫁。
「まあ、今度ヒマが出来たらゆっくり説明するよ。今はお前の命を守ることしか頭にないからな」
「きゃっ!」
彼女を強引に抱き上げ、俺は階段を全速力で駆け下りる。
前方には四体のモンスターが俺達の行方を阻んでいた。
俺はそれを軽々と飛び越え、大聖堂に一直線に向かう。
「……あれか!」
城内庭園を向かった先に、大きな聖堂が見えてきた。
この広い城の中で唯一の『安全エリア』と言っても良い。
聖堂の壁にはびっしりと魔法陣が描かれていて、ちょっとやそこらじゃモンスターが近寄れないのは明白だ。
「カズハ様……。大聖堂の扉が……」
「へ?」
エリーヌを地面に降ろした途端、彼女は驚いた表情で大聖堂を指差した。
そこには無残にも破壊された大聖堂の扉が――。
「まさか……魔獣王がこの場所の存在に気付き、先に破壊したのでは……?」
「……いや、それはないな」
俺は即答する。
ギャバランがこの大聖堂を襲うことは有り得ないからだ。
奴の狙いがエリーヌであり、そして彼女は決して自分の命を守るためだけに、この聖堂に逃げ込む真似はしないと確信できる。
じゃあ、一体誰が――。
「遅かったじゃないか、エリーヌ」
大聖堂の中から一人の男が現れた。
光のように輝く鎧を纏った男は、ゆっくりと俺達の元に近づいてくる。
「勇者様! 良かった……。生きていらしたのですね」
「勇者……様?」
俺はまじまじとその男を眺めてしまう。
勇者様ということは、つまりレイさんのお兄さん――確かゲイルとか言ったっけ。
俺の代わりに、この三周目の世界で勇者になった男。
そしてエリーヌの婚約者でもあるはず――。
「……くく、そして君がカズハか。我が民がお世話になったそうだな」
「我が民?」
この勇者は一体何を言っているんだろう。
何故、俺の名前を知っている……?
「……長かった。何千年という眠りから覚めてみれば、世界は変わり果てていた。魔族が支配する世界は終わり、代わりに人間族が支配する世界となっていた。我が民らはたった一人の少女を残し、絶滅していた」
一歩ずつ、ゆっくりと近づいてくる勇者は誰に言うでもなく語る。
それを唖然と眺めているしかできない俺とエリーヌ。
「しかし、我は運が良い……。この身体は我の魔力、思想、野望を全て受け入れた。人間族にも骨のある者がいるではないか。まだまだ捨てたものではない……。この世界もじきに我の物となろう」
「勇者様……? 一体何を仰って――」
「!! エリーヌ! 奴に近づくな!」
「え……?」
彼女を抱きかかえ、慌てて後方に飛び退いた。
一瞬遅れで足元から無数の刃が突き出してくる。
「これは……! 無詠唱魔法……!」
「ああ……! 何だか知らんけど、勇者様は俺らと戦う気満々みたいだぜ……!」
だが、奴の狙いはエリーヌではなかった。
確実に俺を一撃で殺すつもりで、魔法を放ってきた。
こいつ……本当に勇者か?
俺に何か恨みでもあるのか……?
――ポタリ。
「!! あの剣から滴り落ちているものは……!」
エリーヌが手を口に押えて軽い悲鳴を上げた。
奴の持つ剣からは赤い血が滴り落ちていた。
あれはモンスターの血ではない。
人間の、血――。
「てめぇ……。誰か斬ったのか……?」
大剣を抜き、奴の背後にある大聖堂に視線を向ける。
破壊された扉の中に数体の蠢くものが確認できた。
あの大聖堂の中に、こいつに斬られた人間が……?
「くく、まあね。この身体に慣れるためには仕方がなかったんだ。ちょうど活きの良い獲物が数人ほど城門前で暴れていたから、ここに連れてきて遊んでやったのさ」
「!! まさか……」
頭に血がのぼった俺は、次の瞬間には地面を蹴っていた。
そして奴の脇をすり抜け、大聖堂の中に向かう。
扉の前に到着した瞬間、俺は絶句する。
血だまりの中で倒れていたのは、俺の仲間達だった。
ルル、タオ、セレン、レイさん。
そしてグラハム、リリィ、アルゼインまで――。
「おい! しっかりしろ!」
彼女らに駆け寄り、傷の状態を確認する。
ぞっとするほどの深い傷だが、皆まだ息があった。
いや、『生かしておいた』と言うほうが正しいのかもしれない。
――この光景を、俺に見せるために。
「くく……くはは! どうだい? 大事な仲間を半殺しにされた気分は? 悔しいかい? 悲しいかい?」
立ち尽くす俺に背後から声を掛けてくる勇者。
……奴は完全に狂っている。
何者かが勇者の身体に憑りついているとしか考えられない。
これは、人間のすることではない。
もっと邪悪な『何か』――。
「ぐっ……。カズハ……。その男は……勇者ではありません」
「ルル!」
目を覚ました彼女の元に近づく。
長い髪も血糊で濡れ、失血により視点が定まらないのだろう。
彼女が伸ばした手を俺はしっかりと握った。
「その男は……精霊王の亡霊に身を乗っ取られた……レイの兄、ゲイル……」
「もう喋るな! 分かったから大人しくしててくれ……!」
俺がそう叫ぶとルルは安心したように軽く笑みを浮かべ、再び眠った。
彼女の腕をそっと戻した俺は、俯いたまま立ち上がる。
「カズハ、様……。お兄様は……」
「ちっ、悪いねぇ、カズハ……。勇者が加勢に来たと思いきや、いきなり後ろから襲われてねぇ……」
同時に目を覚ましたレイさんとアルゼイン。
恐らく城門前でモンスターと戦っている最中に奴に襲われたのだろう。
そしてさっきのルルの言葉。
奴の正体は――。
「きゃああぁぁ! これは……これを、勇者様が……!」
「そうさ、エリーヌ。君にも見せてあげたかったんだ。僕の強さを。偉大さを。ひひ……ひひゃゃ! この国の次期王となる僕は何をしても許される。――くく……くははは! そうだ! 我は偉大だ! 誰も我には逆らえん!!」
目まぐるしく表情が変わる勇者。
顔の右と左で、まったく別人のようにコロコロと表情が変化する。
表情だけではない。口調や笑い声まで違う。
――あの時、遺跡の地下で消えた骸骨。
全身に感じた悪寒の原因はこいつだったのか。
「……なあ、お前。勇者か、精霊王か、どっちだ?」
「あぁ?」
のそりと動き出した俺に怪訝な顔を向けた勇者。
俺は軽く首の骨を鳴らす。
「ふっ、まだ気づかんのか。我は精霊王……! この世の新たな神となりし者だ! くはははは!!!」
勇者――精霊王の笑い声が聖堂内に鳴り響く。
……そうか。勇者じゃないのか。
ならば、問題無いよな。
――カラン。
「あぁ……? 何故、剣を放り投げる? 戦う前から降参か? くく、お前のことはこの男の知識で知っているぞ。強いのだろう? ならば我と戦ってみせよ。なあに、殺すことはしない。こやつらと同じように、家畜として一生飼ってやろう。安心するがよい。くく……くははは!!」
頭に人差し指を当て、再び笑った精霊王。
でも俺はもう奴の話がまったく耳に入って来ない。
もう、遅いんだよ。
お前は俺を完全に怒らせた。
「レイさん、アルゼイン。剣くれ」
俺は倒れている二人に声を掛ける。
他の仲間に比べたら、まだ彼女らの傷は浅いほうだ。
「はい……! お兄様を、止めてくださいませ……!」
「ほらよ、受け取りな! さっさと終わらせてくんな!」
俺に向かい投げられた二本の剣。
レイさんに譲った勇者の剣。『聖者の罪裁剣』。
そしてアルゼインに譲った魔剣。『咎人の断首剣』。
「二本……だと?」
眉をピクリと動かした精霊王。
それを気にせず、俺は剣を同時に掴んだ。
「……《ツーエッジソード》」
すぐさま二刀流スキルを発動。
格段に攻撃力が上昇し、俺は視線を奴に向ける。
「な、何だ……? 貴様は一体、何をして――」
「うるせぇよ」
「!!?」
一瞬で精霊王の背後に周り、奴の首に刃を当てる。
俺の姿が目で追えなかったのだろう。
慌てて俺を突き飛ばし、聖堂の奥へと飛び退いた。
「お前、もう死んでいいよ」
「なっ……!?」
再び背後をとった俺に気付き、表情が恐怖に歪む精霊王。
「うわああぁぁ!! おおお前は一体何なんだ……!! どんな技を使った……!?」
むやみに剣を振り回す精霊王。
俺はそれを難なくかわし、奴の肩や足を攻撃する。
「ぐっ……! こ、この人間風情がああああぁぁぁ!!」
剣を投げ捨て、魔法を詠唱した精霊王。
しかし照準は俺ではなく、倒れている仲間達に向けている。
きっと彼女らを守るために俺が盾になると考えての行動だろう。
どこまでクズなんだ。この野郎は……。
「くく……くははは! 間に合わんぞ! どうする!? 仲間が死んでも良いのか!?」
高笑いをする精霊を睨みつけた俺は、ウインドウを出現させた。
そして魔法欄から火魔法を選択。
選択した魔法一覧にずらりと並んでいる数々の魔法を連続でタップしていく。
「《ファイヤーランス》、《フレイムガトリング》、《エンゲージブレイズン》、《ファイアーバースト》……………………」
ズドドドドド…………!
「!? ななな何なんだ貴様は……!! どういう戦い方をしているのだ……!! ぐぐぅ……! 我の魔法が押されて……!?」
お互いの魔法がぶつかり合い、相殺される。
爆風から逃れるように大きく上空に跳躍した精霊王。
「なんてデタラメな奴だ……! ここは一旦引いて――」
「逃がすかよ。アホ」
その場から大きく跳躍しようとした精霊王にそのまま魔法欄から陰魔法の『鎖錠』を使用した。
異空間から出現した黒い鎖が精霊王の右手首を拘束する。
そしてそのまま空間に固定。
「ひいいぃぃ!!」
恐怖に顔を引き攣らせた精霊王。
俺はそのまま魔力を最大値まで高めていく。
「か、カズハ様……! もうそのくらいにして下さいませ……! でないと、お兄様が本当に死んでしまいます……!」
レイさんの声が聖堂内に響き渡る。
しかし俺は止まらない。
俺の大事な仲間を傷つけた奴を、俺は決して許さない。
ごめんな、レイさん。
俺はこいつを――――殺す。
「一つ、真なる炎の神は我に魂を授け、二つ、円なる紅蓮の神は我に仇名す敵を授け、三つ、業なる太陽の神は我に溢れる慈愛を授け、四つ、………………」
「そそそその魔法は……!?」
精霊王が鎖を外そうと必死にもがいている。
俺が詠唱しているのは、最強の火の魔法――。
禁じられた火魔法を唱える代償として、俺は『火の属性』を失うことになる。
人を殺そうっていうんだ。
それくらいの代償はどうってことはない。
「……じゃあな、勇者」
「ひいいいぃぃぃぃ!!」
魔法が発動する瞬間。
何かが勇者の身体から抜け出していった。
「カズハ様……! あれは……!!」
レイさんが叫ぶ。
俺はそれと同時に照準を『何か』に定めた。
あーあ、俺の策に見事に嵌りやがって……。
まあでも、これで心置きなくぶっ放せるけど。
もう二度と復活してくるんじゃねぇぞ。
――――精霊王。
「《永遠の業火に眠れ》!!!」
「ギヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
ァァァァァァァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」




