三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず唇を奪うことでした。
港町リンドンブルグから政府専用船に乗り、最短でアゼルライムスに渡った俺達は王都の東にある海岸に到着した。
通常であれば二日はかかる道のりを、およそ半日で帝国に到着できたのは良いが――。
「何アルか……。このモンスターの死骸の数は……」
唖然とした表情でタオが海岸の先に転がる死骸を眺めている。
その間に船長に挨拶を済ませたレイさんが俺達に追いついてきた。
「グズグズしている暇はありませんわ。王都が魔王軍に襲撃されてからすでに半日が経過しております。ガロン王やエリーヌ姫が無事であれば良いのですけれど……」
レイさんが表情を曇らせている。
彼女のこんな姿を見るのはたぶん初めてだろう。
「きっと大丈夫だ……! レイさんのお兄さんやアルゼインが守ってくれてるさ! 行こう!」
俺の言葉に全員が首を縦に振った。
そして城に向かい全力で走り出す。
「……ここに転がっているモンスターの死骸は魔獣系が多いですね。つまり――」
「ああ。確実に『奴』が指揮をしているな。――『魔獣王ギャバラン』が」
「……」
ルルとセレンの言葉を聞き流し、俺は真っ直ぐに目的地に向かい走る。
――まだだ。まだ間に合う筈だ。
帝都はこの国で最も守りの堅い首都だし、アルゼインが魔剣を受け取っていれば半日は凌いでくれる。
もう、二度と死なせるわけにはいかないんだ。
俺の大事なエリーヌを――。
「前を見るアル! お城の方から狼煙が上がっているアルよ……!」
タオの言葉で全員が城の上空に視線を向けた。
あれは城内に敵軍が侵入してきた合図だ……!
「生きてる……! まだエリーヌは生きてるぞ……!」
俺は全力で地面を蹴った。
仲間には悪いけど、俺は一足先に城に向かわせてもらう……!
「あ、ちょっと! 一人で行く気アルか! さすがのカズハでもこの軍勢を相手に無理アルよ……!」
「いいえ! 行って下さいませ、カズハ様! 皆さん、カズハ様を援護致しますわよ!」
剣を抜き、こちらに気付いた魔王軍の意識を逸らせてくれたレイさん。
後ろに視線を向けると、セレンがタオを説得してくれているのが確認できた。
「行け、我が主よ! ギャバランに一撃見舞ってやれ!」
「元魔王が言うセリフでは無いとは思いますが……。カズハ! 王都を頼みましたよ!」
セレンとルルの声援を背に、俺は軽く頷きウインドウを開いた。
そして魔法欄から陰魔法の『隠密』を選択。
たちまち透明になった俺は魔王軍の軍勢の隙間を縫うように走り抜ける。
――エリーヌを、もう一度救うために。
◇
王都アルルゼクト。城壁前にて。
「闇を払いし光の槍よ! 《ライトニングスピア》!!」
『グワアアアアァァァ!!!』
褐色の肌をした女剣士が光魔法を駆使し魔王軍の軍勢を凌いでいる。
まさに一騎当千。
彼女の周囲には何百ものモンスターの死骸が積み上げられていた。
「まったく、キリがないねぇ……! こんな割りに合わない依頼なんか、受けるんじゃなかったよ……! はああぁぁ!!」
『ギョエエエエェェェ!!!』
――キラリ。
「ん……? なんだい、あの光は……? 何かが物凄いスピードでこっちに向かって来る……?」
……見つけた!
やっぱり最前線でモンスターの軍勢を防いでくれてた!
もう、大好き! 愛してる!
「アルゼインーーーーー!! ようやくお前に会えたあああああああ!!」
『隠密』を解いた俺は大きく地面を蹴り、モンスターの軍勢を飛び越えた。
そしてはち切れんばかりの巨乳に向かい飛び込んでいく。
「……!? お前、カズハか!!」
「うわあああん! 会いたかったよおおお! アルゼインーーー!!」
「あ、おいこら! 胸に顔を埋めるな! ちょ、ふざけている場合かっ!! うわっ、鼻水を付けるな……! 離れろ……このっ!」
強制的に身体を引き剥がされた俺は、モンスターの集団に放り投げられました。
その瞬間、俺は乱舞をして一気に五体のモンスターを蹴散らしてやりましたが。
「っと、こんなことをしている場合じゃないんだった! エリーヌはどこ!」
「姫か? 姫ならば宰相のザイギウスと共に屋上のテラスに――」
「屋上だなっ! ごめん、あとは宜しく!」
そのまま大きく跳躍し、城の城壁を飛び越えました。
このまま壁を伝って行ったほうが無駄な戦闘をせずに済む。
それに大きく削られた城門の跡――。
あれはきっと魔獣王の持つ斧で壊されたのだろう。
奴は真っ先にエリーヌの元に向かっているはずだ……!
「くそっ! よく分からんが、あんたが来たなら千人力だよ……! ここは任せな!!」
魔剣を大きく振り下ろし、周囲のモンスターを一掃したアルゼイン。
もうすぐ俺の仲間達も到着するだろうし、ここは彼女らに任せても大丈夫だ。
早く……! 早くエリーヌに会わないと……!
『ふははは……! 貴様の命はここで終わりだ……!』
一際大きな身体の獣人が身の丈の倍もある巨斧を振り上げている。
その先にいるのはこの国の皇女と宰相の男。
「姫様……! お逃げくだされ! 姫様のお命は私が――」
ザンッ――。
「ザイギウス!」
「姫……様……」
力なくその場に崩れ落ちた宰相。
辛うじて息はあるが、もう立ち上がることは出来ない。
『非力な人間よ! 我に立てつくからこうなるのだ! 己の無力さを知るが良い……!』
再び巨斧を振り上げた獣人。
しかし死の恐怖に怯える宰相を身を挺して守ろうとする姫。
「お逃げ……下され……」
「駄目です! 貴方も我が帝国の大事な民なのです! 姫である私が逃げたら、この国は……この国はっ!」
『二人とも、死ねえええぇぇぇい!!』
無情にも振り下ろされる巨斧。
姫もろとも真っ二つになるかと思われたその瞬間――。
「おらあああああああぁぁ!」
ガキィィン!
『なっ……!? 我が最強の斧が……!?』
「《フルスイング・バースト》!!」
『ぐはあああああぁぁぁ! こ、この我が……この我が一撃で……!!! ぐわああああああぁぁぁ!!!』
大剣を大きく振り、星の彼方まで吹き飛んで行った獣人。
何が起きたのかさっぱり分からず、キョトンとしている姫と宰相。
「あっぶねぇ……! マジでぎりぎりだった……! 心臓止まるかと思った……!」
緊張が解れて、その場で膝から崩れちゃいました。
いやマジで焦った。あと一秒遅かったら終わってた。
なにこのギリギリのタイミング。
まるで神様が俺を嘲笑っているかのような……。
「魔獣王を一撃で……。貴女は一体……」
「いいから喋んな、おっさん。エリーヌ。早く回復を掛けてやってくれ」
「あ……。は、はい!」
唖然としていたエリーヌだったが、俺の言葉どおり宰相の傷を治癒し始めた。
かなり深い傷だけど、命を失うことは無いだろう。
落ち着いたらちゃんと治療すれば、ある程度は回復すると思う。
「申し訳御座いません……姫様……」
「大丈夫。貴方がいてくれたから、私は生きていられるのですよ。すぐに兵が来ますから、少しの間休みなさい」
「……はい」
エリーヌの優しい言葉を聞いて安心したのか。
宰相はゆっくりと目を閉じて気を失った。
それを確認したエリーヌは俺に向き直る。
「あ、あの……。助けて頂いてありがとうござい――んんっ!?」
目を丸くして硬直してしまったエリーヌ。
まあ仕方ないよね。
俺がいきなり彼女の唇を塞いじゃったから。
――俺の唇で。
「ん……んん……」
顔を真っ赤にしながら、しかし目がトローンとしている彼女。
特に嫌がる様子でもなく、俺の舌を口内に受け入れている。
うーん。もしかして彼女も本能的に覚えているのかな。
俺が夫だったってことを。
彼女と共に暮らしていたことを。
ていうか、我慢できなくてすいません。
俺の煩悩が弾けちゃいました。
「…………ぷはっ! あ、貴女は一体何を……!」
「ごめん。欲情した」
「…………はい?」
俺の言っている意味がさっぱり分からない様子のエリーヌ。
でも俺を突き飛ばすとか、罵るとか、そういうのはしない。
「うっし! エネルギーが満タンになったぞ!」
俺は両頬を叩き、気合を入れる。
魔獣王をぶっ飛ばしたとはいえ、まだ魔王軍の軍勢は城内で暴れ回っているだろう。
そいつらを一掃しないと全てが終わったとは言えない。
「……私……どうして、こんなことをされて……嫌じゃないのでしょう……?」
なんかエリーヌが呟いた気がするけど、聞こえなかったからまあいいや。
久しぶりに魔獣王の顔を見たらムカムカしてきたし、大暴れでもしてやりますか!




