三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず襲来することでした。
遺跡から聖杯を運び出した俺達は地上に出たのち、二手に分かれた。
レイさんとタオ、魔道士達は聖杯を宰相に届け。
俺とセレンはルルを宿に運び、そのままベッドに寝かせた。
道中でまったく目を覚まさなかったルル。
何かに怯え、うわ言のように聖杯の名を口にしていた。
うーん……。
なんかとてつもなく嫌な予感がする……。
「……ん」
「おお、目を覚ましたぞ。セレン、水を持ってきてくれ」
現状が把握出来ていない様子のルルに、俺は事の次第を説明してやった。
するとルルは困惑しつつ口を開いた。
「カズハ……! あの『聖杯』は――!」
「いいから。まずは水を飲めって。ほれ」
セレンが持ってきてくれた水をルルに手渡す。
あれだけ汗だくで魘されていたんだから、きっと喉がカラカラだろう。
素直にコップを受け取ったルルは一気に水を飲み干した。
「ただいまアルー。ルルちゃんの様子は……あっ! ルルちゃん! 目が覚めたアルか!」
「良かった……。こちらは無事、宰相に聖杯を納品して参りましたわ。クエストはこれで完了です」
タイミング良くタオとレイさんが宿に戻ってきたので、これで仲間が全員揃ったわけだ。
俺は腕を組みながらうんうんと満足気に頷いてみた。
「棺の件は大丈夫だったのか? あの宰相は中身を我々に知られたくなかったのであろう?」
「ええ。最初は少し揉めましたが……。でもあの魔道士様たちが私達に代わり、宰相を説得して下さいましたわ。またいつか御一緒にクエストを受けたいとも仰っておりました」
ニコリと笑い、そう言ったレイさん。
まあ上からの命令に従わなかったんだから、それなりに処罰を受けちゃうんだろうな、あいつら……。
今度会ったら少しだけ謝っておくか。少しだけ。
「……で? ルルよ。我らに話したいことでもあるのだろう?」
「……」
セレンの言葉に一瞬だけ目を逸らし、躊躇したルル。
どうやらあまり俺達には言いたくない話らしい。
でも、別に話したくなければ無理に話さなくても構わないんだけどね。
俺もお前らに秘密にしていることあるし。
「……あの聖杯の名は『精霊王の聖杯』と言います」
「精霊王の聖杯? そういえばルルちゃん、気絶する前にそんなことを言っていたような気が……」
首を捻りそう答えたタオ。
ていうかそもそも『精霊王』って誰やねん。
「――『精霊王』。精魔戦争時代に精霊軍を指揮していた、精霊族の王のことか。つまりあの棺に眠っていたのは……」
「……はい。皆も見たと思いますが、あの棺に眠っていた骸骨は精霊王の亡骸だと思います。彼は死後、精霊族らに埋葬され、一族の宝である『聖杯』とともに遺跡に封印されたと聞いています」
「あー、あの消えた骸骨のやつか。でもあれってどういうトリックなんだ?」
俺の見間違いかと思ったけど、どうやら皆もあの骸骨を見たようです。
一瞬で消えちゃったから何が何やらなわけなんだけど……。
「精霊族の皇族の埋葬については我も聞いたことがある。いずれ訪れる『復活の日』のために、若い生贄の血と肉を捧げた聖杯を手に棺の中に眠る、と」
「ひぃぃ! どうしてそんな野蛮なことをするアルか! 頭おかしいアルか!?」
顔面蒼白で叫んだタオ。
まあ古代の種族が考えそうな儀式だとは思うけど、確かに趣味は悪いな。
「……私も先祖が考えていたことが全て正しかったとは思いません。しかしそれよりも、今はあの消えた精霊王の亡骸のほうが重要だと――」
「大変です!! 『インフィニティ・コリドル』の皆さんはおられますか!!」
急に宿の扉が開き、ラクシャディア兵のひとりが部屋に飛び込んできた。
ビックリした……。心臓が止まるかと思ったじゃないか!
何なんだよ一体……。
俺達今、重要な会議中なんだけど……。
「あ、アゼルライムス帝国の首都アルルゼクトが、たたた大変なことに……!!」
「………………へ?」
◇
大した説明も受けないまま、俺達は再び宰相のいる官邸に呼び出されました。
まさか……。俺の嫌な予感って、これのことだったのか……?
「宰相! 『インフィニティ・コリドル』の皆様をお連れ致しました!」
応接室に招かれた俺達は、厳しい表情のまま椅子に座っている宰相と目を合わせた。
そして深く溜息を吐いた宰相はゆっくりと重い腰を上げ、口を開いた。
「皆さん、落ち着いて聞いて下され。アゼルライムス帝国の首都アルルゼクトが今、魔王軍より襲撃を受けているとの報告を受けました」
「襲撃……!」
宰相はテーブルに一通の手紙を広げた。
これは……帝国側から各国に送られてきた『魔法便』……!
緊急時の連絡手段としてしか使用されない、高位魔法で作られた手紙が送られてきたってことは――。
「まだ敵の本体は首都に到着していないようですが、時間の問題でしょう。なにせ、あの『魔獣王』が指揮をしているそうですから」
「――ッ!」
……魔獣王。やっぱりそうか。
過去にエリーヌを殺した魔王軍の幹部。
俺がこの世で最も憎んでいる魔族――。
――魔獣王、ギャバラン!
「ギャバランか……。奴は我の指示を一切聞かない男だからな。私利私欲のためにしか動かない奴が、何故軍を率いて首都を攻める……?」
セレンは俺の表情を気にしてそう答えた。
でも、俺はもう全部知っている。
あの襲撃は魔王の指示じゃない。
ギャバランが自己の判断で軍を率いて、エリーヌを殺したのだ。
理由など無い。
これはそういう『イベント』で、そして一周目の俺では絶対に倒せない仕様になっていたのだから――。
つまり、エリーヌは最初から死ぬ運命だったというわけだ。
俺はそれを二周目で回避させた。
だから、今回も――。
「ど、どうするアルか……! 首都を落とされたら、アゼルライムス帝国が魔族に乗っ取られちゃうアルよ……!」
「……いや、それはないな」
俺がぼそりと呟くと皆が俺に視線を向けた。
ギャバランの目的はあくまでエリーヌだ。
彼女を殺したら、敵軍はあっさりと魔王城に帰っていく。
「もっと詳細な情報は無いんですか?」
「……え、ええ。ここに記載されている内容だと、首都周辺にいた冒険者、及び城に駐在しているアゼルライムス兵で今は凌いでいるそうです。それと、エーテルクランの闘技大会で二位の成績を残したアルゼイン殿も参戦されているとのことですが……」
「アルゼイン……! そうだ、あいつがいるじゃん!!」
彼女の名を聞き、一気に希望が湧いてきた。
首都に召集されたのであれば、きっとゼギウス爺さんから魔剣を受け取っているはず……!
俺が戻って来ていないか、爺さんのいる鍛冶小屋に顔ぐらい出すだろうし……!
「いける! あいつだったら絶対に時間稼ぎをしてくれる……!」
あとは少しでも時間を短縮して首都まで戻る方法を考えないと……!
普通に定期船を待っていたら、どれだけ急いでも丸二日は掛かっちまうし……!
「ハウエル宰相。確かこの国には政府専用船が御座いましたわよね? クエストの報酬は半分で構いませんから、残りの分で船をお貸しいただくことは可能でしょうか?」
「レイさん! ナイス提案!」
政府専用船といえば、一般の定期船の何倍もの速度が出る船だ。
それに乗れば時間を短縮できるはず……!
「ええ。勿論、我々もご協力させていただきます。帝国とは六カ国同盟を結んでおりますからな。有事の際には援助は惜しみませんぞ。報酬もそのままの額をお支払い致します。遠慮せずに船を使って下され」
「おお! マジで! じゃあさっそく向かおうぜ! グズグズしていられねぇ!」
宰相の言葉を聞き、すぐに部屋を飛び出した俺達。
向かう先は港街リンドンブルグに停めてある政府専用船――。
頼むぞアルゼイン……!
すぐに向かうから、何とか持ちこたえてくれよ……!




