三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず分担することでした。
宿で二時間ほど休憩した俺達は首都に向かうため、酒場で酒を飲んでいるセレンを迎えに行きました。
宰相と会う時間も決まってるし、あんまりゆっくりしていると遅刻しちゃうからね。
「おーい、セレン。そろそろ出発するぞー」
「ああ、もうそんな時間か。……ん? どうしたカズハ。船に乗っていたときよりも更にやつれているように見えるが……」
俺の様子がおかしいことに気付いたのか。
セレンは心配そうな顔で俺に近づいてきました。
……おい。その手に持ってる酒は置いていけ。
お持ち帰りは禁止です。
「……色々あったの。察して」
「?」
もう説明するのもウンザリなんです……。
ていうかお前、俺の眷属なんだからそれくらい状況を見て理解してよ……。
俺は無言のまま外で待つレイさんを指差しました。
「……なんだ、あのレイの姿は? あんなに全身傷だらけになって……。それなのに満足そうに笑みを浮かべている……?」
余計に混乱した様子のセレン。
あの変態が考えていることは、誰にも分からないみたいです……。
俺も知りたくもないです。
「何をモタモタしているアルかー? 置いていっちゃうアルよー」
「はーい。今いきまーす」
俺はセレンを連れ酒場を後にしました。
もちろん、お会計は俺が代わりに支払ったんだけど。
リンドンブルグの街を出て東の街道をまっすぐに進むと、前方に大きな時計台が見えてきました。
あれを目印に進めば首都まではもうすぐです。
「あ、そうだ。言い忘れてたけど、ラクシャディア共和国に出没するモンスターは帝国周辺に生息している奴らよりも強敵が多いから気を付けろよー」
俺が『一周目』の頃に、初めてこの国に訪れたときもかなり苦労したからね。
その時はもうグラハムやリリィは仲間になっていたんだっけ……。
懐かしいなぁ。
「その点は大丈夫アル。前も言ったけど、私は共和国出身アルからこの辺のモンスターの強さもよく知っているアルよ」
自信満々にそう言ったタオは、自慢の胸を強調するかのごとく胸を張った。
……なんかちょっと腹が立つから揉んでやろうか。
いや、止めておこう。確実に殺される……。
「でも私達のパーティにはレイとセレンがいますから、タオの出番はないと思いますが」
「うぐっ……。ルルちゃんは相変わらず痛いところを突いてくるアルね……」
がっくりと肩を落としたタオは大人しく幼女と一緒に後衛に回りました。
それを見て苦笑しているレイさんとセレン。
仕方がない。
ここは俺が出ていくとしよう。
「ここまでずっとレイさんとセレンに前衛を任せっきりだったからな。首都に到着するまでは俺がひとりで前衛をやるよ」
そう答えた俺は大剣を抜いた。
相変わらず重いだけで、何の切れ味もない攻撃力が1の剣ですけど……。
「……どういう風の吹き回しでしょうか? 普段からサボることしか考えていないカズハが前衛だなんて」
「きっとあれアルよ。温泉での一件でストレスが溜ったアルから、発散したいだけだと思うアル」
「そこ! いちいちうるさいな! 良いじゃん、別に俺が前衛をやったって!」
図星を指された俺は顔を真っ赤にしてそう叫びました。
だって色々穢されたし、身体を動かさないと思い出しちゃいそうなんだもん!
「ああ、カズハ様……! なんてお優しいのでしょう……! 傷ついた私の代わりに前衛で戦って下さるなんて……!」
……なんか勝手に勘違いしてレイさんが感動している。
もう一回、今度は宇宙まで放り投げてしまおうか……。
「カズハがそう言うのであれば、我らは後衛で楽をさせてもらうとしよう」
魔剣を鞘に収めたセレンは、レイさんの服を引っ張り後ろに下がっていった。
頼んだぞ、セレン。
その変態が暴走しないようにしっかりと見張っていてくれ。
ゴゴゴゴ……!
「あわわ……! カズハ、さっそく来たアルよ!」
まるでタイミングを計ったかのように地面が大きく揺れ、地中からモンスターが這い出て来ました。
うん。こいつはゴーレムだね。大きくてカタイ奴。
この地方じゃ珍しくもなんともない。
「よーし、お前らは後ろに隠れてろよ」
大剣を構えた俺はゴーレムに照準を合わせる。
そして奴が大きく両腕を振り上げた瞬間を狙い、地面を蹴った。
「えい」
『……?』
俺を見失った様子のゴーレムは首を傾げたまま静止した。
そして思い出したかのように剣閃が舞い、轟音が周囲に轟いた。
『……ガ……?』
ゴーレムの首が地面に落ちると同時に全身が大破する。
斬られたことを悟ることなく、ゴーレムは素材と金を残し消えていった。
「うーん、まだ遅いなぁ。やっぱ重いわ、ツヴァイハンダー」
「……見えたか、今の」
「……いいえ。何が起きたのかさえ、分かりませんでしたわ」
なんか後ろで内緒話をしているレイさんとセレン。
タオに至っては口が開いたまま呆然と立ち尽くしている。
ゴゴゴゴ……! ゴゴゴゴゴ……!!
「あれ……? なんか次々と出てきた」
前方を確認すると十体ほどのゴーレムがこちらに敵意を向けているのが分かる。
こんなに地面を穴だらけにして……。
お仕置きしないとアカンな。これは。
「準備運動にもならないけど……。大剣スキルの経験値稼ぎにはなるから、まあいいか」
俺はもう一度剣を構え、地面を蹴った。
◇
「ひい、ふぅ、みい……。おお! 結構金が貯まったな!」
道中を進みながらモンスターを狩り続けて数時間。
約20万Gほど稼ぐことができました。
帝国よりもモンスターが強いんだから、そりゃ落とす金が多いのは当たり前なんだけど……。
「時間もちょうどですね。このまま街に入り、正装に着替えて宰相とお会いしましょう」
レイさんが指差す先には首都の西門が見えている。
まだ日が落ちるには早い時間だ。
さっさと宰相とやらに会って、詳しいクエスト内容を聞いちまおう。
で、俺達じゃ無理だと判断したらすぐに帰る。
まあ金は欲しいけど、仲間の命を危険に晒すことだけはしたくないし。
西門に立つ兵士に依頼書を見せ、西門を通過。
そのまま街の洋裁店に向かい正装に着替えた。
「……やはりこの格好は納得がいかないです」
青色の礼服を着たルルが服の裾をしきりに気にしながらそう言った。
どうもサイズが合わないらしい。
仕方ないけどね。幼女の礼服なんてそんなに沢山用意してないだろうし。
「『郷に入れば郷に従え』ですわ。精霊であるルルさんにそれを押し付けるのは本意ではないのですが……」
「レイさん。甘やかしたら駄目だ。こいつはすぐに調子に乗るから」
俺がそう言うとルルは思いっきり俺の足を踏みました。
何すんの! せっかく新品の靴を買ったばかりなのに!
「何かヒラヒラしてて落ち着かないアルねぇ。私はやっぱりチャイナ服が一番アル」
タオも幼女と同じようなことを言っています。
ていうかお前のチャイナ服も胸元を広げ過ぎてるから、周囲からは見れば目の毒だと思うけどな。
あえて目の保養とは言わない。
「魔族の我がアムゼリア教の信者の真似事か……。世も末だな」
「お前ら、文句を言い過ぎなんだよ! その礼服の金だって、全部俺が出したんだからな!」
五人分の礼服代。しめて20万G。
つまり首都に到着するまでに俺が稼いだ金、全部。
……うん。いくら頑張って稼いでも、こうやって消えていくんですね。
「まあまあ、そう興奮しないアルよ。今回のクエストが成功したら、一気に大金が入るアルし」
「そうですよ。小さいことばかり気を取られているから、カズハは胸が大きくならないのです」
「お前が言うなよ! ていうかタオもセレンもアルゼインも、おっぱいがデカ過ぎるんだよ! なに食ったらそんなにデカくなるの!」
俺がそう叫ぶと、洋裁店の店員さんが慌てて俺達を外に追い出しました。
……ごめんなさい。つい興奮して叫んじゃいました……。
他の客に思いっきり迷惑を掛けてしまった……。
少し落ち着くために街の風景でも眺めてみましょうか。
ていうかどこを見ても青一色。
街ゆく人々も青を基調とした服を着ているし、街の壁も青い色を多く使っていますね。
まあ宗教の街だから当然かも知れないけど。
「あの時計台がリンドンブルグから見えていたものですね。名前は確か『月の秒針』、でしたか」
街の西に聳え立つ時計台を指差してそう話すレイさん。
この街には他にも中央に建つ『古代図書館』や、北に位置する『アムゼリア教会』など観光名所が多数存在する。
ちなみに俺達が向かう先は街の東にある議事堂だ。
その場所でこの国の宰相が首を長くして俺達を待っているらしい。
ラクシャディア共和国はアゼルライムス帝国のような『王』は存在しない。
国を治めているのは、人民から選ばれた『宰相』と呼ばれる代表者だ。
まあ、総理大臣みたいな人ってことなのかな。
その辺はよく分からないけれど……。
「とにかく、話は宰相にお会いしてからですね。ええと、お名前は確か――」
「ハウエル・メーデー宰相アルよ。この国の盗賊団からは、最も恐れられている宰相さんアル」
「……」
……ちょっと待って。
確か、タオって昔は盗賊一家だったんじゃなかったっけ……。
「……タオ。もしかして宰相に面が割れていたりしませんか?」
「へ? あ、いや、大丈夫アルよ。私はそんなヘマはしないアル。……ていうか、どうして皆そんな目で睨むアルか!」
皆に睨まれ、慌てて手を振るタオ。
お前のせいで、いきなり交渉決裂とかになるんじゃねぇだろうな……。
大丈夫か、本当に……。




