043 結局どこに行っても俺は皆に迷惑をかける存在みたいです。
「まずは現状の整理……と言いたいところなのだけれど」
その場にいる全員(へそを曲げちゃったゼギウス爺さんは居ないけど)が席に集まったのは良いけれど、いきなり不穏な空気を醸し出すリリィ先生。
……あれ、もしかして俺が寝てた間に色々と事態が進展しちゃったのかしら……。
「タオとセレンさんが貴女の傷を介抱している間に、世界ギルド連合に対し魔王軍から宣戦布告があったのよ」
「宣戦布告!?」
リリィの口から急に出てきたワードに驚いた俺はつい椅子から立ち上がってしまいました。
ていうか今更『宣戦布告』って意味わかんないんですけれど……。
「カズハ。貴女は自分のしたことの意味をきちんと理解しているの?」
リリィに続いてイーリシュからも鋭い視線を向けられる俺。
え? 責められてる、俺……?
「……確かに。あれだけの屈辱を味わった魔王であれば、怒りのあまり世界に対し総力戦を仕掛けてきてもおかしくない話ではあるな」
「屈辱って……そんなにヒドイ事したっけ俺……」
セレンの言葉に納得がいかない俺は胸に手を当てて、先の魔王戦のことを順を追って思い出してみました。
①地下牢に捕らえられていたリリィとイーリシュを救出。でもすぐに罠に掛かって魔王の間に転移
②そこで魔人王とタイマンで戦ったけど正体がセレンで、チューしたら仲間に戻った
③セレンと魔鳥王は引き分け、無慚状態になったタオは魔屍王に善戦して聖杖と妖杖の宝石をゲット
④俺は魔王と戦って陰魔法で口を縫ったり暑苦しい力士二体と魔王を緊縛で融合させたり大口女の魔力解放で魔王も魔鳥王も魔屍王もまとめて吹き飛ばしたりして目的達成。皆で魔王城を脱出に成功
…………うん。
「明らかにカズハの行動のせいで魔王セレニュースト・グランザイム八世は怒りで我を失っているでしょうね。ある意味これは人間族からしたら『チャンス』と言えるのかも知れないわ。でも、一つだけ問題があるの」
「……問題?」
何となく嫌な予感がした俺は顔を上げ、リリィの表情を確かめます。
彼女は真っすぐと俺に視線を合わせ、こう先を続けました。
「……カズハ。貴女はこれから先の戦いを最初から予想していたわよね?」
「え? ……まあ、そりゃ知ってるし……。魔獣王ギャバランの軍勢が仕掛ける『帝都殲滅戦』。それと残りの魔王軍が仕掛ける『竜人族殲滅戦』だろ?」
俺に残された二つの大事な戦い。
それらをクリアすることで、『世界』が描いたシナリオに抗うことが俺の最大の目的だ。
セレンを救い、俺達のいる世界の滅亡も防ぐ。
俺は誰も見捨てないし、全員一緒に、新たな未来を掴み取ろうとしている。
「……カズハ……」
何故かイーリシュが泣きそうな表情を浮かべて俺の手をそっと握った。
その瞬間に、俺はリリィが何を言おうとしているのか瞬時に理解してしまったのだ。
「……まさか……同時に、それらが起こるとでも言うのか……?」
「!」
俺の言葉の意味を理解したのか、セレンが驚きの表情を浮かべた。
そして、それが何を意味するのか――。
魔獣王ギャバランの帝都侵攻により、史実ではエリーヌが命を落とす運命にある。
俺はそれを阻止するために奴と戦うつもりだった。
しかしそれと同時に竜人族殲滅作戦が実行されるとなると、そちらも阻止できなければ俺がこの世界に飛んできた意味が失われてしまう。
魔獣王も他の四魔将軍らも、破理の効果を持つ武器が無いとダメージを与えることは不可能だ。
つまり、現時点ではこの魔神剣しか頼みの綱が無いことになる。
――俺はまた『選択』を迫られるのか?
この世界でのエリーヌの命か。それとも元の世界の俺達の未来か――。
「……カズハ。分かっているとは思うが――」
そこまで口にしたセレンだったが、俺の表情を見た直後に口を噤んだ。
理解は、している。
この世界でのエリーヌが命を落としても、竜人族の殲滅を防ぐことが出来れば俺達の世界のエリーヌは死ぬことは無い。
これは俺の物語なのだ。
元の世界に戻ってしまえば、もう二度とこの世界に戻る事など無いのだろう。
もしかしたら、今いる世界は俺が居なくなった瞬間に消滅してしまう可能性だってある。
――でも、彼女は、エリーヌは、俺を信頼している。
そして恐らく、自身に起こるであろう出来事も、すでに勘付いているのだろう。
彼女は俺にこう言うはずだ。
『私は大丈夫ですから、世界を、未来を救ってください』と。
俺に選択の余地など無い。
ここで全てを台無しにすることなど、できるわけが無い。
だから、俺は――。
「ようやく起きましたか、カズハ。兵士達から色々と情報を聞くことが出来ましたよ」
意を決し口を開きかけたところで小屋の扉が開き、一人の少女の言葉が聞こえた。
ルルは俺の表情を見て首を傾げているが、特段気にすることも無くテーブルの前の席にちょこんと腰を下ろした。
「ルルよ。今はそれどころでは――」
「いいえ、重要な話です。カズハのその表情から察するに、どうせまた暴走しようとか考えていたのでしょうからね」
「へ……?」
まるで俺の心などお見通しとでも言わんばかりに幼女が鼻の穴を大きくしてそう言いました。
そして周囲をゆっくりと見回して、ゆっくりと口を開きます。
「カズハ。覚えていますか? 最果ての街の道道飯店で聞いた例の事件のことを」
「例の事件……?」
ルルの言葉に興味深々といった様子のリリィ。
同じくイーリシュやセレンも彼女の言葉の続きを待っている。
「事件……あー……アレか。ラクシャディア共和国の古代遺跡から『精霊王の聖杯』が盗まれたってやつ」
俺がそう口にするのを待ってましたとばかりに、その時のギルド広報の記事をテーブルに広げたルル。
え、お前ずっとこの記事を持ち歩いてたの……?
「それが今、一体何の関係が――」
「あの事件の首謀者は『ユリィ・ナシャーク』。貴女とセレンが居た世界では『ユウリ・ハクシャナス』という名の青年でしたよね。彼にそれを依頼した人物が判明しました」
「え」
「私が精霊ルリュセイム・オリンビアだと話したら街の兵士長がすぐに教えてくれましたよ。まだ他国には極秘扱いされている情報ですが……帝国の魔法データに魔法便の痕跡が残されていたようです。ユウリに依頼した人物はエリーヌ・アゼルライムス王女で間違いありません」
「……え。え?」
「彼女はもう、自身の未来を悟っていたようですね。そして恐らく、カズハが決断に迫られることも予知していた」
淡々と話すルルに頭が追い付いて行かない俺。
「そしてもう『全てのピース』を揃え終わったようです。もうすぐエルフィンランドからの全援軍が帝国に到着するようですから」
「エルフィンランドからの全援軍って……もしかして王都の正規軍以外に妖竜兵団とかも?」
堪らず口を挟むリリィ。
え、じゃあエアリーとかアルゼインとかも来るってこと?
うそーん。
「エーテリアル・ユーフェリウス女王自ら指揮を執っているようです。当然彼女の持つエルフ族の至宝――『妖精剣フェアリュストス』も彼女と一緒に帝都に来ているというわけですね」
「妖精剣フェアリュストス!!! 忘れてた!! もう一本あるじゃん!! 『破理』の剣が!!!」
……いやいやいや、忘れてたわけじゃないし!!
ジェイドとの死闘で大活躍したあの剣が、女王やエルフ族の精鋭軍と一緒に帝都防衛に参加してくれる――。
「ふふ、一気に顔色が良くなりましたね、カズハ」
「な、何だか凄すぎてよく分からなくなってきたけど……。これで私達は心置きなく竜人王ギルロバース・オルドラドの救出に迎えるというわけね?」
リリィの言葉にその場にいる全員が首を縦に振った。
――俺以外は。
「……まさか、とは思いますが……カズハ?」
沈黙したままの俺の顔をおずおずと見上げるルル。
条件は全て、揃った。
これはエリーヌからの『メッセージ』だ。
未来を紡げ、と。私のことは気にするな、と。
世界を、セレンを、救う――。それが貴女の目的なのだから、と。
「…………あー…………」
頭をクシャクシャにして俺は椅子から立ち上がりました。
結局、いつも、俺はこう。全部、何もかも、台無しにする。
でも気持ちが収まらない。理屈じゃない。
俺が、エリーヌを助けなくて。それで世界を救ったって。
この世界の『彼女』に対して、俺の本当の気持ちとか感謝とかって伝わるのかなって。
馬鹿なことを考えているのは分かってる。元々馬鹿だから。後先なんて考えていないから。
こんなに影で彼女に準備をさせて。最後まで彼女に甘えて。何一つしてやれない、駄目な奴。
――そんなんじゃ元の世界に帰った時に、エリーヌに会わせる顔がねぇっつうの。
「ち、ちょっと……カズハ……?」
「おい、そこの竜姫。この馬鹿を抑えるのを手伝ってくれ」
「え? あ……えええ!?」
全員の腕が俺の胴体を拘束します。
それでも俺は無理矢理小屋から外に出ようともがきます。
「はぁ~~。ようやく材料の調達が終わったアル。そろそろ昼時アルし昼食の下準備が整ったから宿で皆で食べる……ってどういう状況アルかこれっ!!?」
「タオもこの馬鹿カズハを止めるのを手伝って下さい!! 早く!!」
「え、ええええええぇぇ!?」
――とまあ、そんなこんなで。
しばらくの間、その場に居た全員に押さえつけられる羽目になったわけで。