038 こんなチャイナ娘は嫌だ。こんなチャイナ娘は嫌だ。
――そしてもう一方の戦いの行方。
魔屍軍幹部にして極悪非道、『不死』の名を持つ魔屍王ゼロスノートに相対するは、『無慚のタオ』。
狂気と狂喜の戦いは、果たしてどちらに軍配が上がるのか――。
「ヒヒャッハーー!! 殺すぅ……! 殺して、捌いて、奪ってやるアルぅ……!!」
「ケケケ! 面白い娘じゃのう! 気に入ったぞ、その溢れんばかりの『狂気』……! 貴様もワシのコレクションの一つにして進ぜよう……!!」
歪み朽ちかけた顔で不気味な笑みを浮かべたゼロスノート。
彼は高笑いを上げながら上空に向かい両手を大きく伸ばした。
そこには宙に円を描くように三本の杖が揺らめいている。
『聖杖フォースレインビュート』。
『魔杖ダグラスローベルト』。
そして、『妖杖フェルスグリアモール』。
世界三大魔法杖と呼ばれたこれらを一同に所持した彼は、紛れもなく世界最強の大魔導士だった。
「ぁあ? そうかぁ……アレが……。ひ……ヒヒヒ……」
魔屍王を前にして怯むことなく、こちらも不気味に笑う一人の少女。
『恐怖』という感情が欠落した今の彼女にとって、目の前の敵はただの獲物としてしか映ってはいない。
だが力の差は歴然。
それを本能的に感じ取っている彼女は、それでも尚、舌舐めずりをして隙を窺っていた。
「さあ、どの杖でヌシの柔い肌を抉ってやろうか。……ケッケケ! よおし、これに決めたぞ!」
宙に浮く三本の杖の中から聖杖を選択したゼロスノートはゆっくりと眼前にその杖を下ろしていく。
そしてそれを手に掴んだ瞬間、他の二本の杖は音も立てずに消え去ってしまった。
「……チッ」
「……おやおや? この聖杖では満足できないとでも申すか。ヌシも随分と欲しがりじゃのぅ。……ケケッ! 心配せんでもすぐに昇天させてやるわ!! 何度もヌシの身体を貫いて、な!!」
「!」
言い終わるや否や、聖杖を勢い良く振り抜いたゼロスノート。
その杖の先から巨大な炎の玉が出現し、一直線にタオに向かい襲い掛かる。
炎の塊は空中で徐々に形を変え、次第に狐の様相に変化して行った。
「ヒヒャハ!!」
一瞬地面に大きく屈んだタオは次の瞬間上空へ跳躍する。
そのあまりの跳躍力にゼロスノートは空虚となった瞳で目を丸くした。
「ほうほう。流石にこの城に乗り込んでくるだけのことはありそうじゃ。しかし上空では逆に身動きが取れなくなるのでは無いのか?」
再び聖杖を上空に向かい振り抜いたゼロスノート。
今度は杖の先から猛烈な風が舞い上がりタオに襲い掛かる。
「《裂空脚》ぅぅ……!!」
回避不可能だと察したのか。
タオは空中で身体を捻り、蹴りによるいくつもの衝撃波を発生させた。
それらが竜巻のような暴風とぶつかり合い互いに霧散していく。
「ケケケ! まだまだじゃぁ!!」
続けざまに二度聖杖を振り抜いたゼロスノート。
一度目は巨大な氷塊を。そして二度目は鋭利に尖った無数の木の矢を飛ばす。
「チィ……うぜぇ……うぜぇんだよ!!!」
耳を劈くような声で叫び散らしたタオは迫り来る巨大な氷塊に拳を振り下ろした。
中空で粉々に砕け散ったそれの隙間を縫うように、鋭利な木の矢がタオの肩や足に突き刺さる。
「ぐぅっ!! 痛ってぇぇ!!!」
「ほれほれ! そのまま落ちて来い娘ぇ!! ケーッケッケ!!」
被弾したタオは無残にもそのまま落下していく。
しかしゼロスノートの攻撃は止まない。
再び聖杖を構えた彼は、落下の着地に合わせて今度は詠唱を開始した。
「くっ……! この……! !?」
「《ゴレムス・バインド》!!」
地面に着地と同時に左右に視線を向けたタオ。
彼女を中心に地面から生えた巨大な岩石のような腕が眼前に迫ってくる。
しかし足にダメージを受けた彼女はそれらを回避することができない。
次の瞬間、ドゴォンというけたたましい音と共に彼女は土塊の中に消えて行った。
「ケッケッケ! 捕まえたぞ娘……!! なあに、殺しはせんよ……! ヌシは生け捕りにしてワシの玩具にするんじゃからなぁ!! ケケケ、ケーッケッケッケ!!!」
周囲に響き渡る不気味な笑い声。
だがその声は突如として鳴り潜む。
「……まさか……」
ひゅん、という風のような、微風に近い微かな音が聞こえ、ゼロスノートの表情が曇る。
彼は確かに手応えを感じていた。
一体何処で間違えたのか。彼には皆目見当もつかなかったのだ。
「ヒヒヒィ……。まずは、一本目ぇ……!!」
彼の背後から聞こえるもう一つの不気味な笑い声。
その声の主を確認する前に、彼は自身の手に聖杖が無いことに気付かされる。
そして今しがた召喚したゴーレムの手に潰されたはずの娘の行方を目視する。
「……貴様……このワシでさえ習得しておらん体魔法の最上級魔法、『空蝉の極』を……!!」
先ほどまでとは打って変わり、ゼロスノートに怒りの感情が芽生え始める。
魔屍軍の長として。大魔道士として。
自身が未習得である魔法を他者が一つでも習得していることなど、彼にとってあってはならない事。
たとえそれが達人クラスの者であっても、魔王であっても彼の考えは変わらない。
「はぁ? だから何だよ。こちとら赤ん坊の頃から鬼だって逃げ出すような極悪親父から暗殺術を仕込まれてんだよ……。てめぇのプライドなんか知ったことかよぉ……! ヒヒャア!!」
「許さぬ……許さぬぞ娘ぇ……!!!」
再び上空に両腕を伸ばしたゼロスノートはそこに出現した二本の杖のうち一本を抜き取る。
それが妖杖だと確認したタオは妖艶な表情を浮かべ唇を歪めた。
彼女はすでにカズハとセレンの戦いを横目で見て状況を把握している。
つまり、どうあがいてもゼロスノートに攻撃を通すことは叶わない。
あの青白い表記が何なのか、彼女は本質は理解していないが本能がそれを上回っている。
そして、それが自身の戦い方に好都合だということも――。
勝利する必要は無い。
ただ、奪えばいい。それだけだ。
「ひひ、ヒヒャハハハ!! 面白くなってきたぜぇ……!!!」
タオの狂喜の歓声が周囲に響き渡っていった。
ファイアフォックス/炎を纏った狐が敵に襲い掛かり状態異常をばら撒く火魔法
ウイング・ブリザード/強風と共に刃が出現し敵を斬り刻む風魔法
裂空脚/蹴りによる斬属性の衝撃波を飛ばす格闘スキル
アイスバースト/巨大な氷塊を具現化し対象に物理ダメージを与える氷魔法
ウッドシャワー・アロー/無数の鋭利な木の弓を具現化し対象を貫く木魔法
ゴレムスバインド/巨大な岩石のような腕を地面から出現させ対象を押しつぶす上級土魔法
空蝉の極/一定時間自身の分身を出現させ身代わりにさせる最上級体魔法