三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず絶叫することでした。
「……げっそり」
……駄目だ。もう死ぬ。
なにこの船。どうしてこんなに揺れるの……。
「ほらカズハ。もう港が見えてきたアルよ。さっさと起きて下船の準備をするアル」
タオお母さんに肩を貸してもらい、俺はヨロヨロと起き上がる。
船に乗ってから一日半。
最初の数時間は調子が良かったのに、途中から船酔いしちゃって、ずっとこの有様でした……。
もう二度と船には乗らないと誓おう。
こんな思いをするくらいだったら、泳いで渡ったほうが百倍マシだ……。
「カズハは本当にだらしないですね。船に乗ったのが初めての私でさえ、全然平気だというのに」
「うるせぇ! どうせアレだろ! お前、精霊だから『船酔い耐性』みたいなチート能力とか持っているんだろう! ……あっ、駄目だ。吐きそう……」
幼女の煽りについ反応したせいで、余計に気持ち悪くなりました……。
早くどこかで休ませてください……。
「リンドンブルグの街に降りたら少し宿で休みましょう。首都までは目と鼻の先ですが、カズハ様がこの調子では宰相に会うことができませんし……」
「そうだな。ならば我は酒場に向かうとしよう。カズハの調子が戻ったら迎えに来てくれ」
レイさんの提案にさっそく乗っかったセレン。
お前、主がこんな状態なのに放っておいて酒を飲みに行くんだな……。
ていうか、日に日に飲んだくれになっていっている気がするのは気のせいだろうか……。
「私はお風呂に入りたいです。どこか良い温泉宿を探してください、レイ」
「そうですわね。それで宜しいでしょうか、カズハ様?」
「うん……。何でもいいから、早く休みたい……」
船が港に到着し、次々と下船していく乗客を眺めながら俺はそう呟いた。
アカン。歩いた途端に吐きそう……。
お願いタオ……。おんぶしてください……。
港町リンドンブルグ。
ラクシャディア共和国の最西端に位置する小さな港町だが、利用客は結構多い。
その理由のひとつが、首都であるアムゼリアにほど近い港町であるということだ。
世界三大宗教のひとつ『アムゼリア教』の発祥の地でもあるこの国には、毎年大勢の参拝客が訪れる。
その首都の地下で発見された重要文化財――。
それが一体何なのかは気になるところだが、今は気持ちが悪いので考えないことにします……。
「はぁ……。やっぱ風呂だよなぁ……。まだ頭の中がグルグルしてる感じだけど、ちょっとずつ解消してきてる気がする……」
タオに抱えられ、そのまま温泉宿に到着した俺はお風呂に入ることにしました。
だって身体中ベトベトなんだもん。船旅ってこれだから嫌だよね。
「あの船はお風呂が付いてなかったアルからねぇ。そんな汚い格好のまま宰相さんに会うわけにはいかないアルし……」
「そうですわね。一応、あちらに到着したら正装に着替えましょう。アムゼリア教といえば青を基調とした宗教服ですから、それに近い礼服が洋裁店などで用意されているでしょうからね」
「青、ですか……。その服に私も着替えないといけないのでしょうか……」
納得のいかない表情をしている幼女を宥めるタオとレイさん。
俺はそれをボーっと眺めています。
……。
…………。
「…………っておい!! どうしてお前らまで、俺と一緒に風呂に入ってるのっ!?」
慌てて全身を隠し、瞬時に三人から離れます。
だからアカンと言っているだろう!
俺は中身が男なんだからっ!!
「まーた恥ずかしがっているアルか……。普段はあれだけやりたい放題しているアルのに、どうして裸の付き合いになった途端にそうなっちゃうアルか?」
ニヤニヤしながらそう言うタオ。
お前……! わざと言っているだろう……!
俺が皆と風呂に入るのを嫌がっていることを知っているくせに……!
「タオさんの言う通りですわ。女同士、恥ずかしいことなんて何ひとつありませんもの」
そう言ったレイさんは徐々に俺に近づいてくる。
……うん。
その台詞を最も言っちゃいけない人が、俺の目の前にいるんですが……。
「そーれ!」
「ちょ、ばふっ!?」
そのまま両手を広げ、俺に抱きついたレイさん。
俺の顔はレイさんの胸に埋まり、まったく息が出来ません。
……じゃなくて! なにしてんの!!
「あ、ちょっと……動いたら駄目っ……はああぁんっ!!」
甲高い声を上げたレイさんは、更に俺の頭をロックし凄い力で締め上げてきた。
首……折れる……。
「……あの二人は何をしているのでしょうか」
「スキンシップじゃないアルかね。いつもの事だし、放っておくアルよ」
「……ぷはっ!! 放っておくんじゃねぇよ! 助けろよお前ら!! ……ばふん!?」
再び驚異的な力で俺の頭を胸に押し付けたレイさん。
その腕力は一体何なんですか……!
どうして俺が力負けしてるの……!?
「逃がしませんわ、カズハ様……! 私の身体を存分に味わっていただくまで、決して離しませんわ……!」
訳の分からないことを叫ぶレイさん。
逃げられない俺。
助けない仲間達――。
お前ら、みんな後でまとめてぶっ飛ばす……!
「……前から思っていたのですが、レイはどうしてここまでカズハのことを気に入っているのでしょうか? 理解に苦しみます」
「うーん、どうしてアルかねぇ。私やルルちゃん、セレンは仕方なくカズハの仲間になっているだけアルのに……」
俺とレイさんをそっちのけで、何やらヒソヒソ話を始めた二人。
俺はその間も、自身の貞操を守るために必死の攻防戦を繰り広げている。
「もしかしたら、勇者の血族……? だったアルか。カズハもレイも遠い親戚みたいなものアルから、お互いに惹かれあう運命なのかもしれないアルね」
「……確かにそれはあるかも知れません。ということはレイの兄であるゲイルとかいう勇者も、あの二人と同じような性格なのでしょうか」
「う……。それはあまり考えたくないアルね……。まともな勇者様であることを願うしかないアル……」
ちょっと! もういい加減に離してよ!
この怪力変態女め……! 俺の身体を好きに弄びやがって……!
本気出すぞコノヤロウ……!
「タオ、そろそろ出ましょう。のぼせてしまいそうです」
「そうアルね。カズハ達は…………楽しそうだし、そのままにしておくアルか」
よそよそしく風呂から上がる二人。
ちょっと! お前ら!
この状況で俺とレイさんを二人っきりにしたら、どうなるか――。
「ふふ……ふふふふ……! さすがの私もお二人がいたから遠慮しておりましたけど、ここからが本領発揮ですわ……!」
……え? まだ本気じゃなかったの……?
ちょっと待って……!
あれ、なんだろう。勝てる気がしない。
俺の本能が『ごめん。無理です。逃げられないです。美味しく食べられちゃって』って告げている。
レイさんの指が別の生き物のように滑らかに動き出した。
「ひっ……!」
俺の全身に鳥肌が立つ。
あれ、どうしよう。大切なものが失われそう。もう大部分が失われているけど。
エリーヌ、ごめん。俺、奪われちゃう。
まさかこの三周目の本当のラスボスが、今目の前にいるレイさんだったとは――。
「カズハ様っ! 今こそ! 私とひとつに…………!!!」
「………………なるわけ、あるかあああぁぁぁぁぁ!!」
「ひゃんっ!?」
一瞬の隙を突き、レイさんを上空に放り投げた俺。
そのままお星さまになってください。戻って来なくていいから。




