035 俺のやることに納得しない奴がいたら、こうしちゃいます。
「…………」
「…………」
――静まり返った魔王の間。
誰も、何も、言ってくれません。
え、なにこのシラけた空気……?
限られた時間の中で精一杯頑張って、でもなるべく地雷を踏まないようリスクマネジメントを考慮しての発言だったのに……。
ていうか『思い付いたことを言えば良い』ってセレンが言ったから、その言葉を信じて勇気を振り絞って恥を忍んで思いの丈をぶちまけたのに……。
…………ひどくね?
だんだん腹が立ってきた俺は援護を求めようと背後にいるルル達に視線を向けました。
…………あっ。今あからさまに視線を逸らしたルル。え、お前味方じゃないの?
リリィは……顔を赤く染めて頭を抱えて下を向いてる。それだとなんか、俺がやらかしたみたいな感じに映っちゃうじゃん。
竜姫は……うん。口を開けたまま硬直してる。ぽかーんてしてる。
タオは――あろうことか俺に短刃拳を投げようとしてるし。お前それ投げたら意味無いやつやろ。落ち着け。殺意を抑えろ。向ける相手を間違えるな。
魔王と四魔将軍のほうは…………まあ竜姫と似たような感じか。
つまり誰も俺の真意を理解していないということだろう。
どうしよう。泣いてもいいかな。でも泣く前に文句を言いたい奴がいる。
――俺の目の前で眉間に皺を寄せ、険しい表情に逆戻りしちゃったセレンに対して。
「……コホン。ええと……何と言いますか、まずはその……セレンさん。貴女の御機嫌を……直して、いただいて――」
文句を言おうかと思ったけど、俺が喋り出した瞬間に黒剣の切っ先を俺の喉元に突き付けたままセレンさんが顔をぐいっと近付けてくるものですから、そりゃぁもう怖くて怖くて。
もう目と鼻の先まで顔を近付けてきて、俺の声はどんどん小さく細くなっていって、終いには俺のほうが目を逸らして全身が汗だくになる始末。圧。圧ヤバい。
「…………我が欲しいと、そう申したのだな?」
セレンが俺の耳元に囁きかけるようにそう言いました。
その声を聞いて俺は震え上がります。圧。圧がしんどい。もう逃げたい。本当に怖い。
ていうか俺、初めてセレンに会った時もこの場所で同じようなことを言った気が……?
あの時は本当に気まぐれでそう言っちゃっただけだったけど、今回は全然意味合いが違う。違うと信じたい。自分をもっと信じたい。
「何故、我を欲す? 我の気持ちも考えず、己が命も顧みず、世界を敵に回し、その先にお前は何を見ているのだ?」
セレンの左手が俺の頬に軽く触れる。
その手はとても冷たくて、俺の火照った顔を優しく包み込んでくれる。
彼女の赤い瞳が俺の目を捉える。
まるで心の中を覗き込むかのように。彼女は俺の真意を確かめようとしている。
……? いや、違う……?
真意を確かめる必要なんて、最初からありはしない。
本来、セレンはこの世界には存在しない『イレギュラーな存在』だ。
つまり俺と同じく、三周目の世界から飛ばされてきた可能性が高い。というかそれしか考えられない。
あちらの世界で俺とセレンは『新たな魔王』と『眷属』という関係性だ。
つまり俺の眷属であるセレンは俺の心の中を全て把握し、そして理解している。
だから彼女の質問の『何故』は矛盾しているのだ。
何故なのか、はすでにもう理解しているのだから。
そう――。
つまり彼女は納得をしていないだけなのだ。
――主である俺の行動、理念、感情に。
世界とセレンの命を天秤に掛けられても、セレンを見捨てない俺の行動に――。
自らの命よりも仲間の命を優先する俺の理念に――。
魔王がごとく『世界』の全てをぶち壊そうとする俺の感情に――。
「…………あー…………メンドクセェ」
「!」
考えるのが面倒臭くなった俺は逸らしていた顔を戻します。
一瞬驚いたような表情になったセレンだけど、もう遅い。
こんだけ顔を近付けて俺に圧を掛け続けたお前が悪いだろ、どう考えても。
だから俺は――当たり前のようにセレンの唇を奪いました。
「か、かかかか、カズハ!!??」
「何しとんじゃーーーーー!!!! 本当のアホがいるアルよーーーーーー!!!!」
外野がガヤガヤうるさいけど、もうこうするしかありません。
俺、主。こいつ、眷属。黙って言う事聞かせるのが、最も大事。
数秒の間の接吻。
最初は驚いたような表情をしたセレンだったけど、別に抵抗するわけでもない。
というか俺がセレンにキスをした瞬間、黒いモヤみたいなのがセレンの身体から離れて行ったのが見えたし。
もしかしたらあれが本物の魔人王の霊とか魂? みたいなやつなのかしら。
そいつがセレンの身体の中に憑依していて、ある程度は魔王軍の幹部としての行動を強制されてたとか。ありそう。
「……っ」
「はい。これが俺の『答え』。文句ある?」
唇をゆっくりと離した俺はセレンに目を向けたままそう言い放ちました。
軽く唇を人差し指で拭った彼女は、どこか憑き物が落ちたようなスッキリとした表情でこう続けます。
「…………上出来だ」
その言葉を聞いた俺は阿吽の呼吸が如く互いに背を預け剣を構えます。
「チィッ!」
すでに背後から奇襲を掛けようとしていた魔鳥王ブレイズベルグが三叉の槍を振りかざしたところでセレンがそれを弾きます。
それが戦闘再開の合図となり魔屍王ゼロスノートも魔杖を構え詠唱を開始しました。
魔王セレニュースト・グランザイム八世もゆっくりと王座から立ち上がり、世界最恐と言われる魔剣――咎人の断首剣を腰に差した鞘から抜き、構えます。
「ルル! 竜姫とリリィを連れて先に魔王城から脱出してくれ! すぐに追いつくから!」
「わ、分かりました……! ……いや、良く分かりませんが、とりあえず大丈夫なのですね!?」
急展開を見せる出来事に慌てふためくも、今の状況は理解してくれた様子のルル。
ここから無事に脱出できたら後でゆっくりと説明するから、今はただ指示に従ってくれるだけで助かります。
「イーリシュ、リリィ! こちらに早く……!」
「いやいやいやいやいやいや!! 私は!!? 魔王やら四魔将軍やらがいる場所に置いて行かれても――」
「《激昂》」
「へ――」
どさくさに紛れて一緒に逃げようとするタオに俺は無詠唱で陰魔法を発動しました。
対象を強制的に興奮状態にさせる、いわばドーピングみたいな便利な魔法。
だってタオを『無慚状態』にさせて魔屍王から妖杖を奪わせるってのがラストミッションだったからね。
これで人数的にもちょうど三対三。
相手は三人ともラスボス級の強さだから分が悪いっちゃ悪いんだけど、文句も言っていられません。
「……ひ……ひひひ…………ヒヒャッハーーーーー!!!」
周囲に溢れんばかりの殺意を撒き散らし、タオが覚醒。
何度見てもおぞましい……。でも今は頼りになります。がんば、タオ。
目標はたったの一つ。
魔屍王ゼロスノートが持つ妖杖を奪い、魔王城から無事に脱出すること――。
タオが大きく地面を蹴ったのを合図に、俺とセレンは互いの相手に向かい攻撃を開始しました。




