020 仲間が世界で一番大切な俺は可愛いチャイナ娘を奈落の底に突き落とします。
眼前に迫り来る鬼翼魔人の群れに勇者の剣――聖者の罪裁剣を真一文字に構えた俺は静かに目を閉じます。
あ、そうそう。言い忘れてたけどこの勇者の剣。世界最強の剣ていう異名どおり、攻撃力が255もある凄まじい剣なんですよ。
この世界の武具の最高値がその255だから、簡単に言えばこれ以上強い武器はこの世に存在しないってわけですね。
でもそれはあくまで『一周目の世界』の話の中であって、俺が三周目の世界でゼギウスの爺さんに無理言って打ってもらったいくつかの武器はそれを凌駕する性能を持っていました。まあチート武器っていうやつ?
この剣も十分チートっちゃあチートなんだけど、この無茶苦茶なループ世界とあってはそれ以上の性能の武器もわんさか存在するんだろうなーとか思っています。
ちなみに魔王が持っている最『凶』の魔剣――咎人の断首剣も同じく攻撃力255の片手剣で、この剣を扱える者は基本的には魔王しかいないっていう設定みたい。この一周目の世界では。
「く、来るアル……! こうなったら私も覚悟を決めるしかないアルね……!」
若干震える声で気合を入れ直したタオは得物の短刃拳を構え臨戦態勢に入ります。
そういえば彼女が戦う姿を見るのはめちゃくちゃ久しぶりな気がするなぁ。
いつ以来だっけかなぁ……。もう遥か昔すぎて全然記憶に無いんだけども……。
「カズハ。考え事をしている暇などありませんよ。なんたって相手はあの上級魔物である鬼翼魔人が十四体なのですから。私とカズハはまだしも、タオには大分荷が重い相手です」
勇者の剣を構えたままぼけっと考え事をしている俺に喝を入れるルル。
でも俺はその声が耳に届いてもなお目を閉じたまま動き出そうとはしない。
「? ……カズハ?」
「……なあ、ルル。タオって俺達のいた世界だと何番目に強い仲間だったっけ」
「は?」
そのままゆっくりと目を開いた俺はすぐ横に立つルルに視線を下げ問うてみる。
そしてかつて(ほぼ全員強制的に)仲間にしてきた俺の大切な者達の名前を記憶の中に強く蘇らせてみた。
グラハム・エドリート。リリィ・ゼアルロッド。
ルリュセイム・オリンビア。タオ。アルゼイン・ナイトハルト。
セレニュースト・グランザイム八世。レインハーレイン・アルガルド。ゲイル・アルガルド。
ユウリ・ハクシャナス、エアリー・ウッドロック、デボルグ・ハザード、ルーメリア・オルダイン。
ミミリ。セシリア・クライシス。
まあざっと戦力になるメンバーといったらこんな感じだろうか。
ゼギウスの爺さんとかメビウスの婆さんとかは戦ったら強いかもしれんけど今は除外したとして、だ。
「……この緊急時にそんなことを聞いてどうするのですか?」
「いやさ、お前、精霊の丘で俺に言ったじゃん。『どうやって世界そのものに打ち勝つのか』って」
「確かに言いましたが……。それが一体何だと言うのでしょう?」
ルルの返答を聞き、俺は少しだけ逡巡した挙句に勇者の剣をそのままそっと鞘に仕舞いました。
「な、何をしているアルか勇者かぶれ!! 戦わないアルのか!?」
「しかしこの急な山道では逃げ道もありませんし、相手は鬼翼魔人です。その名の通り翼が生えているのですから空からだって急襲されてしまいますよ?」
焦りの色を隠そうともせずにそう口にした二人に、俺は意を決した表情で言の葉を零す。
『世界そのものに打ち勝つ方法』――。
今の俺が思い付くものは、もうこれしかありません。
まあ精霊の丘でルルが言っていたのを丸パクリしただけとも言うが。
「タオをれべるあっぷさせる」
「「………………はい?」」
一瞬の静寂。
いや鬼翼魔人がぎゃあぎゃあ叫びながら山道を駆け下りてきているんだから静寂とは程遠いんだけども。
「かつての俺達の仲間の中で最弱だったのはタオとミミリだろう? まあ仲間内で誰が一番とか誰が弱いとか言ったって仕方がないとは思うんだけど、ここはすでに一周目の世界だ。俺もチート能力を全て封じられてレベル1からコツコツやってきたけど、魔屍王にボコボコにされて死にかけて竜姫もリリィも攫われた。もう二度と負けるわけにはいかないんだよ」
そこまで一気に話した俺はルルのおかげで完治した腹を無意識に擦りました。
ホント、生きているのが不思議なくらいだもん。だってマジもんの大穴が空いたんだから。腹に。
「……つまり、ここでタオが鬼翼魔人の群れを一人で倒せないと、この先に待ち構えている強敵との戦いに支障が生まれる、と。そういうことですか」
「うん」
「いやいやいやいや!!! この先に待ち構えているどころか!!! 今目の前にいる上級魔物自体が私にとったら支障だらけアルけども!!!」
俺とルルの間に全力で割って入ってくるタオ。
いや別にタオがめちゃくちゃ弱いとか言っているわけじゃないんだよ。
盗賊稼業をやっていた道玄一家の主戦力だったのはもちろん、闇ブローカーでも一目置かれていたような一家の中心人物だしね。
でもここでタオが飛躍的にレベルアップをしてくれればそれだけ魔屍王の杖を盗める確率が上がるのは確実だし、『世界』を相手に渡り合う上でも戦力増強はこの上ないほど有難いわけだし。
レイさんやゲイル、リリィ、そしてルルはぶっちゃけこの世界に於いて超戦力になっているわけだし。
まあ不甲斐ない俺が全部悪いっちゃぁ悪いのは事実なんだけども、タオもこの際めちゃくちゃ強くなってもらえたらラッキーだなーって思ったのよ。今さっき。
「……そうですね。確かにカズハの言う事にも一理ありますね」
「あるわけないアルよ!!! 一理どころか一片たりとも!!!」
まさかのルルの裏切りに泣き声にも似た叫びを漏らすタオ。
いやもう泣いてるし。涙も鼻水もめっちゃ出てる。
「ちなみにあの鬼翼魔人。弱点属性のひとつに体属性があるんだよね」
「そしてタオの得意属性は『風』と『体』……。これはもう行くしかない流れではないでしょうかタオ」
「いやいやいやいやいやいやいや!!!! 十四体!!!! 上級魔物!!!!」
「俺とレイさんって人、亜空間って場所で二人で百体の鬼翼魔人と戦って勝ったよ? ほぼ攻撃力ゼロの武器しかない状況で」
「ああ、そういうことでしたか。二刀流の試練の一環ですでにその数を倒してきた、と。そこから更にレベルアップをしているでしょうし、今は勇者の剣もあるわけですから、カズハが戦ったら余裕というわけですね」
「余裕だったら今すぐ何とかしてくれアルよ!!! 二人ともあたまおかしいアル!!!!!」
もう形容しがたいくらいに顔が色々な液に混ざりぐちゃぐちゃになっているタオ。
そうこうしているうちに、もう目と鼻の先まで鬼翼魔人達が迫ってきていますね。
「ルル。さすがに可哀想になってきたからタオに防護魔法くらいは掛けてあげて」
「OKです。では私も補佐くらいにして奴らに手は出しません」
俺の呼びかけとほぼ同時に無詠唱で防護魔法を唱えたルル。
精霊自ら加護を与えてくれたんだから、これで心置きなく戦えるだろう。がんばっ。
『喰ラッテヤル……! 愚カナ人間ドモヨ……!!』
『グオオオォォォ!!!』
「ひいいぃいぃぃぃぃぃぃぃーーーー!!!!」
――かくして始まりました。鬼翼魔人の群れVSチャイナ娘のタオ。
ほら、ライオンの親は子を奈落に突き落とすって言うでしょう? ……違ったかな。まあいいや。
もしも危なくなったらすぐに助けられる位置に陣取るつもりだし、まあ良い訓練になるだろう。きっと。
というわけでして。
タオのレベルアップを賭けた超スパルタ教育が幕を明けました。
LV.23 タオ
武器:短刃拳(攻撃力59)
防具:体鳳鳥の旗袍(防御力63)
装飾品:風刃蝶の髪留め(魔力15)
特殊効果:ぬすむ/うばう確率アップ(中)、斬撃攻撃力強化(中)、打撃攻撃力強化(中)、体魔法発動時間短縮(大)、火属性耐性(大)、風属性強化(大)
状態:正常
魔力値:352
スキル:『裂空脚(格) LV.8』『華閃刃(短) LV.6』『ぬすむ(盗) LV.28』『うばう(盗) LV.19』
魔法:『ウイング・ブリザード(風)』『速度上昇魔法(風)』『波動衝(体)』
得意属性:『体属性』『風属性』
弱点属性:『火属性』『土属性』
性別:女
体力:456
総合結果:『正常』
※格/格闘スキル 短/短剣スキル 盗/盗賊スキル




