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三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず裸になることでした。  作者: 木原ゆう
第十部 カズハ・アックスプラントと竜人族の姫(後編)
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014 せっかく気を利かせて手短に話したのに台無しにしないでください。

「げっふ……。美味しかったです……」


 食事に満足したのか、ルルは腹をさすりながら背もたれに身を預けます。

 あれから結局替え玉を注文して、更に餃子も二枚追加しました。

 なんだかんだ食えちまうんだよな……。この店で食べると。


「お待ちどう様アル。お持ち帰りの炒飯弁当と餃子のセットアル。伝票、ここに置いておくアルね」


 そう言ったタオはテーブルの上の空いた食器を片付けてくれました。

 周囲を見回すといつの間にか店内に残っている客は俺達で最後みたいです。

 そろそろ店じまいで、夕方の分の仕込みに入る頃ですね。


「なあタオ。悪いんだけど親父さんを呼んできてくれない?」


「? 別に良いアルけど、夕方の仕込みがあるからそんなに時間は取れないと思うアルよ」


「大丈夫。すぐに終わるから。俺、要点だけまとめて話すのとか得意だし」


「??」


 テーブルを拭き終わったタオは小首を傾げながら親父さんを呼びに行ってくれました。

 その間もルルはお腹を押さえながら「うーん、うーーん……」と唸っています。

 どう考えても食い過ぎだろお前……。


 しばらくするとねじり鉢巻きを解いた道玄がお座敷に顔を出してきます。

 その後ろには三人分の水を盆に用意してくれたタオもいます。


「おう、俺に話があるっつうのは嬢ちゃん達かい?」


 ドスの効いた声でそう言った道玄は乱暴に畳に腰を降ろしました。

 夕方の仕込み前だから若干機嫌が悪そうに見えますね。

 ていうか毎日こんなに激務だったら気が休まる日なんか無さそうだけども。


「うん。あ、飯、最高に旨かったぜ、親父さん。で、忙しいだろうから簡単に説明するわ」


「おうよ。俺の飯が旨いっつう奴の言葉は大概信用できるからな。言ってみろ」


 そう言い豪快な笑みを見せた道玄。

 この感じだったらイケそうかな。


「お水、ここに置くア――」「俺、勇者。こいつ、精霊。親父さんとタオの二人に頼みがあってきた」


「へぶ!?」


ガッシャーン!!


「おいタオ! いきなり盆をひっくり返すんじゃねぇ! 何しやがんだ!」


「ご、御免アル……! すぐに拭くアルから……!!」


 盛大に水をぶちまけたタオは慌てて布巾を用意してテーブルと畳を拭き始めます。

 ていうかほとんど親父さんのハゲ頭にぶっかかってたけど大丈夫か。


「しかし、嬢ちゃんが『勇者』……? そんな大層な奴には見えねぇけどな。まあ、この街には勇者を目指す奴なんざごまんと来やがるから、別に驚きもしないがな」


「さすが親父さん。話が早い。で、頼みのほうなんだけど」


 俺がそう続けると身を乗り出してきた道玄。

 その間にタオは新しい水を用意するため、厨房のほうに戻って行きました。

 なんか若干足が震えていたように見えたんだけど、気のせいかな……?


「勇者様直々の『頼み』っつうくらいだから、よほどのモンなんだろうな? この俺に面と向かって交渉するだけの価値がある話にしてくれよ」


「うん。こんなことは親父さんにしか相談できないし」


 そう切り出した俺は再び要点をまとめて説明します。


「さっきは悪かったアル。新しいお水――」「タオを魔王城に連れて行く。親父さんは闇ブローカーの瑠燕に共和国首都の神器を盗ませて欲しい」


「はぶっ!!?」


ガシャシャーーーン!!


「だから! 冷めてぇって言ってんだろうが!! さっきから何してやがんだ、タオ!!」


「い、いや……。『何してる』って……『何言ってる』の間違いアルよそれ……」


 もはや声が震えたまま、ひっくり返したお盆さえ拾う気力も無い様子のタオ。

 いやいや。親父さんびっしょ濡れだから。川から上がったばかりのカッパみたいになってるから。


「シオ! ミオ! タオルと布巾を持ってきてくれ!! あと水はもういらん!!」


 放心状態のタオを見限った親父さんはそう怒鳴り声を上げます。

 すぐに厨房から飛び出て来た二人の姉妹はぶちまけられた水を拭きコップを片付けてささっと奥に引き上げて行きます。

 『面倒に巻き込まれたく無い』という明確な意思表示……。

 あれぞ完璧なリスクマネジメント。


「……ふぅ。でもまあ、今のはさすがの俺も度肝を抜かれたけどな。タオを魔王城に連れて行くっつうのはまあ良いとしても」「よ、良くないアルよっ!! 意味が分かんないアル!!!」


「共和国首都の『神器』っつうのは、アレだろう? 古代図書館の地下に眠る遺跡の奥にあるっつう――」


「……はい。精霊王の亡骸と共に棺に納められている『精霊王の聖杯』のことです」


 いつの間にか身体を起こしていたルルが道玄の言葉に続く。

 もう何が何だか訳が分かっていないタオは二人の顔を何度も交互に見るしかできないみたいです。


「共和国政府が管理しているそんなヤバい代物を、これまたヤバい組織の代表みてぇな闇ブローカーのトップの瑠燕に俺が頼み込んでそのブツを盗ませて、お前らはそれを一体どうするつもりだ?」


「あれは元々あなたがた人間族ではなく、精霊族の生き残りである私が所持しておくべき代物です。それを私がどう使おうが貴方には関係がありません」


「ほう? それが人に物を頼む態度かい? 精霊の嬢ちゃんよ」


「精霊の言葉は人間族にとって『絶対』のはず。この街も私の聖なる力の加護があるからこそ、凶悪な魔族やモンスターから守られています。今すぐ加護を解くことだってできるのですよ? これは『交渉』ではありません。『命令』です」


「はーい、ストップー。シオさん、ミオさーん! やっぱお水ちょうだーい! 二人とも頭に血が上ってるからー!」


 睨み合いを始めた道玄とルルの間に身体ごと入った俺は厨房に聞こえるように大声でそう叫びます。

 ていうかルル、やり過ぎ。

 お前記憶が完全に戻ってるってことは、親父さんの性格も十分理解してるってことだろ。

 ……もしかしてあっちの世界で道道飯店でアルバイトをしているから、その時の仕事の恨みをこっちで晴らそうとか考えてるんじゃないだろうな……。


「ちょ、ちょっと待つアルよ……! もう何が何だか理解が追い付かないアル!」


「あ、タオさん。今は話に割って入らないほうが良いよ」


「はぁ!? 私だって魔王城に連れて行かれるとか訳の分からないことをサラっと言われ――」

「うるせぇタオ! お前は話に入ってくるんじゃねぇ!」「タオは黙っていてください!!」


「うっ……」


 二人の剣幕に押され、口を閉ざすことしかできないタオ。

 ほーら怒られた。俺の言うことをちゃんと聞かないからこういうことになる。

 そしてタイミング良く、今度こそお水がテーブルに用意されます。

 俺は一番に手を伸ばしゴクゴクとそれを飲み干しました。

 あー旨い。塩辛い物を食べた後の水は最高ですね。


「……嬢ちゃんよぅ。あまり人間様を舐めねぇほうが良いぜ。精霊だか何だか知らねぇが、こちとら毎日命張って飯作ってんだ。聖杯を奪いたきゃ自分の力でやるんだな。街の加護を解きたきゃ勝手に解けばいい」


「ちょ、親父……! 本当にそんなことになったら街の人やこの店だって……!!」


「うるせぇ!! どこの精霊が人間を脅して盗みの片棒を担がせるっつうんだてめぇは!! 道玄一家は脅しには屈しねぇファミリーだって何度も教えただろうが!!」


「で、でも……! ちょっとそこの勇者! 何とか場をおさめるアルよ!!」


「え? なにが?」


「聞いてろよ!!! 話を!!!!」


 急に怒りの矛先が俺に向いてきて、俺はびっくりした顔でタオを見ます。

 ていうか唾飛びすぎ。顔近すぎ。目、引ん剥きすぎ。

 まあでも、確かに話が終わりそうにないよねこれ。

 せっかく俺が気を利かせて要点だけまとめて話したのに……。

 仕方ねぇなぁ、お前ら。


「ルル。お前が加護を解いたら、道道炒飯がもう食えなくなるけど、それで良いの?」


「……それは……」


「親父さん。こいつさぁ、精霊のくせにここの炒飯が死ぬほど好きなんだって。道道飯店の信者よ、信者」


「……んなこたぁ、今は関係ねぇだろ」


 俺が語り始めると、ちょっとだけ落ち着いた様子の二人。

 ほーら、やっぱり俺がいないと駄目なんじゃん。

 まとめ役、兼、主人公。やっぱ世界は俺を中心に回ってるってことだよねこれ。


「まあ、これ以上は夕方の仕込みに支障が出ちゃうだろうし、また明日寄らせてもらうよ。せっかく作ってもらった弁当も冷めちゃうと勿体ないし」


「え? ここまで来て、保留アルか?」


 俺は席を立ち、まだ何か言いたげなルルを強制的に起き上がらせます。

 お前も一回あたまを冷やしなさい。何をそんなに焦ってるのかは知らんけども。


「……嬢ちゃんよ。お前さんは、勇者なんだろう? あの魔王を倒すつもりなのか?」


「ううん。連れ戻しに来たんだよ俺は。魔王を」


「は?」「なんだって?」


 俺の言葉に固まる二人。

 うーん、何だかこの様子だとタオの一家は俺の事ほとんど覚えていないっぽいよなこれ……。

 だとしたら作戦を練り直さないと協力してもらうのはちょいキビシイかもしれぬ。


「お勘定、ここに置いておくね。あ、それとタオ」


「? 何アルか?」


「ようこそ、カズハファミリーへ」


「…………はい? え? あ、ちょ、ちょっと……え??」


 動揺したまま固まっているタオの手を引き、店を後にしようとする俺。


「お、親父! ちょっと! この変な勇者かぶれが私を連れ去ろうとしているアルよ!!」


「行ってこいタオ。店のほうは心配しなくていい。そこの精霊が変な事をしでかさないか見張っておけ」


「はぁ!??」


「この街の未来はお前に掛かっている。この店の未来もだ。頼んだぞ、タオ」

「頑張ってお姉ちゃん!」「ニオ姉ちゃんとリオ姉ちゃんにはちゃんと言っておくから!」


「ちょ、ちょっとあんた達まで……!」


 俺に強制連行されるタオを誰も引き止めない道玄一家。

 ……あれ? もしかしてルル、これが狙いで親父さんに喧嘩を吹っ掛けた、とか?

 まあ確かにタオの記憶が戻っていなかったら、魔王城に連れて行くのも結構面倒なことになるし……。

 前も精霊幼女誘拐の共犯者に仕立てあげて無理矢理連れて行ったけどね。うん。


「……上手く行きましたね。その代わり、明日の再交渉のほうは宜しくお願い致しますよ、カズハ」


「あ、やっぱり演技か。お前無茶するなぁ」


 俺がそう言うと軽く笑みを零したルル。


 一方、タオのほうはというと――。



「嫌アルーーーーーーーーーー!!! 離すアルぅぅぅーーーーーーーー!!!」



 ――そんな彼女の叫びが最果ての街に響き渡ったのは言うまでもなく。




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[一言] タオが出荷された( ˘ω˘ )
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