008 世界で唯一の生き残りである精霊は簡単に騙される幼女でした。
精霊の丘の一面がルルの放った業火により焼き尽くされていく。
……長年住み慣れた場所を火の海にする精霊って一体……。
『《竜の炎》……! 《竜の炎》……!! 《竜の炎ーー》!!!』
「だから熱ちぃっての!! 落ち着けよルル!! てかヤケクソかよお前!!」
焼け野原の中でどうにか炎を避け続ける俺。
過去にも何度か竜化したルルの攻撃を受けたことがあったけど、その時は大抵火の巨人を召喚して防いでたんだよなぁ。
今は火魔法も習得していないうえに武器も所持していません。
だって勇者の剣をすぐに貰える算段だったし。
陰魔法の緊縛もまだまだ習得できるレベルじゃないからルルを拘束できないし。
……うん。どうしてこうなった。
「はあ、はあ、はあ……。あ、危なかった……。流石の私も死ぬかと思いましたぞ、カズハ……殿おおぉーーー!!? なんじゃこれはあぁぁーーーーーー!!?」
「あ、ちょうど良い所にカモが来た」
「……はい? ……カモ??」
俺は炎の中を潜り抜け、崖の下から(?)生還したばかりのグラハムの元へ駆け付けます。
ホントこういうときは頼りになるよね、こいつ。
『……仲間を引き連れていましたか。しかし無駄な事です。私の炎を防ぐことができる魔族は四魔将軍か魔王くらいでしょうから』
そう言ったルルは標的を俺とグラハムに定め、再び大口を開きました。
もうこれ以上は正直、動けません。腹痛いし。意識が飛びそうだし。
武器も無い。火魔法も無い。緊縛も無い。
そんな俺にまだ残っているもの――。
「どどどどうなさるおつもりですか、カズハ殿!! あの巨大な竜は何なんですか!? 先ほどの可憐な精霊の少女はどこに行ったのですか!?」
「うるさいグラハム。ちょっとそのまま後ろから俺を抱きしめて。で、ちょっと俺の胸の辺りを軽く右手で掴んで」
「…………はい?」
「いいから。もうこれしか方法が無いから」
「……………………はい??」
目が点になっているグラハムを無視した俺は、無理矢理奴に後ろから抱き付かせます。
そしてゴツゴツした奴の右手を自分の右胸に押し付けて、準備完了。
『……?』
「た、助けてくださぁーい(裏声)↑ ぜ、全部この悪漢の命令だったんですぅーー(裏声)↑↑」
「…………」
『…………』
硬直したまま動かないグラハム。
大口を開けたまま瞬きだけしているルル。
……何かコメント下さい。この無言の時間が何よりも苦しい。
『……その大男が、貴女に命令をして私に二度も抱き付かせた、と言いたいわけでしょうか?』
「そ、そのとおりなんですーーー!」
『……では、貴女は魔王の手下でも、勇者でも無い?』
「はいーー! 全部、でたらめなんですぅーー! ちょっとこの悪漢の人、あたまおかしいというか、そういうシチュエーションとかが好きみたいでーーー!!」
俺は嘘泣きをしながら精一杯の裏声でルルに懇願します。
グラハムはまだ状況が掴めていないのか、石のように固まったまま動き出しません。
まあ何か言おうものなら、このまま奴の折れているあばらにグーパン入れて黙らせるんだけどね☆
『…………』
何やら考え込んでいる様子のルルさん。
これが上手くいかなかったら、このまま二人で崖を飛び降りて作戦を練り直さなきゃいけないし……。
そんなことをしてたら大幅に時間をロスしちゃうし、どうかルルが昔のままの馬鹿で単純で純粋な幼女でいてくれたら助かるんだけど……。
「…………はっ! か、か、カズハ殿……!! 胸、お胸、柔らかいこのお胸が、俺の、この俺の掌に、ぴぴぴったりと、おおお収まって――」
「(静かにしてろ! 今良い所なんだから!!)」
「痛だだだだだだ……! あばら、あばらぁぁーーーーー!!!」
二、三回あばらを肘打ちすると悶絶しだすグラハム。
いちおうゆっくりと後ずさっておいて、すぐに飛び降りれる準備をしておかないと――。
『……ふう。分かりました』
そう小さく答えたルルは竜化を解き、元の幼女の姿に戻って行きます。
あ。簡単に騙された幼女。
これぞ俺の知るルル。すっごい扱いやすい。精霊、簡単に乗せられるし、簡単に落ちる。
「この丘の先に『最果ての街』と呼ばれる人間族の街があります。その男を拘束し、街の警備兵に受け渡しましょう。……どうやらその男も、私の竜の姿を見て戦意を喪失している様子ですし」
俺の後ろで蹲っているグラハムに軽蔑の眼差しを向けてそう言い放つルル。
……あばらの怪我が痛くて蹲ってるだけなんだけど、ルルが馬鹿で助かった……。
「あ、あの……。実は私、先日、たまたま魔屍王に襲われちゃって……」
とにかく今は、魔屍王から受けたこの腹の傷を治してもらうことが先決です。
こうやって立って話しているのもしんどい。ていうか、普通の人間だったらとっくに死んでる。これ。
「……たまたま、魔屍王に襲われた? 貴女が一体何を言っているのか意味が分からないのですが、確かに貴女のそのお腹の傷には『破理』の波動を感じます。よくそれで生きていられますね」
「あ、ええと、たまたま、というか……。この変態の大男が魔王軍に私を奴隷として売って、魔屍王様に一度は私も飼われたのですけれど、妖杖を使った、そのなんていうか、プレイ? みたいなので『破理』が発動しちゃって……。で、私、死にかけちゃって、もう要らないって言われて、またこの大男に、その、返品された、みたいな? ハハハ……」
俺はしどろもどろになりながら、とにかく適当に言葉を並べます。
自分でも何を言っているのかさっぱりなんだけど、まあルルだったら騙されてくれると思うんだけど……。
……いや、流石にちょっと無理があるか?
「……そうでしたか。貴女も大変な目に遭われたのですね」
……信じちゃった。
「その男はもう降参しているようですから、私の元に来て横になってください。貴女の『破理』を私の力で解いてあげましょう」
ルルに言われるがまま、俺はふらつく足で彼女の元に歩いて行きます。
あぶねぇ……。本当にギリギリだった……。もう歩くのすらしんどい……。
彼女の目の前に到着した俺は地面に横になり目を瞑ります。
俺の頭を優しく撫でてくれたルルは、そのまま手を俺の腹に翳しました。
温かい光が丘を照らし、腹部にじわじわと力が注ぎ込まれるのを感じます。
あー……めっちゃ気持ち良い……。
このまま寝て、起きた頃には腹の傷が塞がってたらいいなぁ……。
――そして俺は微睡の中に落ちていきました。