007 本当の愛情表現は言葉なんか必要無いって言ってた奴、出て来い。
「……ん……」
……あれ?
俺、いつの間にか寝てた……?
どれくらい寝てたんだろう……。
今何時? ここどこら辺……?
「ふわあぁ……。なあ、グラハム。今ここ、どの辺――たっかっ!!?」
目を覚ました俺は寝ぼけ眼のまま下を覗きました。
……うん。断崖絶壁。標高何メートルなのここ……。
どおりで寒いと思ったわ。
「お、お目覚めになりましたか、カズハ……殿……! うおりゃあぁぁ……!!」
「うわめっちゃ頑張ってるグラハム。俺をおんぶしたまま断崖絶壁登ってる。かっけー」
ようやく状況が掴めた俺はそのまま首をすぼめてもう一度目を閉じます。
「え! また寝るんですか!? まだ崖の半分くらいですし、私もそろそろ体力の限界というか……!!」
グラハムがなんか叫んでるけど、お腹は痛いし猛烈な睡魔が襲い掛かってくるから、ここは君に任せるよ。
まあこの様子だと俺の今の現状に気付いちゃったんでしょうね。
つまり、勝手に俺の裸を見た、と。
頂上着いたら後でケツバットの刑にしよう。逆に喜びそうで怖いけど。
◇
「は、はぁ、はぁ……あぁ……。つ、着きました、ぞ……。カズハ、殿…………キュゥ」
断崖絶壁を見事登り終えたグラハムは、そのまま気絶。
俺も寝ようと思ってたんだけど、俺をおぶって歯を食いしばって頑張ってるグラハムに丸投げするほど悪魔ではないんですよ。
だから耳元で優しく息を吹きかけてあげたり(※グラハム「うおおぉぉぉ!!!」)、
無事に頂上に到着できたらご褒美をあげるとか言ってみたり(※グラハム「むおおおぉぉぉ!!」)、
やる気を出させるための方法を色々と考えて実践してたんです。
……まあそれくらい俺が弱ってるってことなんだけどね。
「っ――」
俺は気配を察知し、周囲を見回します。
先ほどまで吹いていた丘の風は止まり、小鳥の囀りも聞こえてきません。
耳鳴りにも似た劈くような音が頭蓋骨に響き渡り。
そして例の如く少女の声が脳内に聞こえてきました。
『貴女は……まさか……』
凛としていて澄まされた少女の声。
一体俺は何度、この声を聞いてきたのか分からない。
彼女の笑い声も泣き声も。
これまで幾度となく共に過ごしてきた俺には、それら全てが大切な思い出なんです。
『……この波動……。もしや、あなたは……勇者様?』
次の瞬間、精霊の丘を覆っていた結界が解かれ、俺の耳鳴りも止みます。
そしていつの間にか俺の目の前に一人の少女が出現しました。
「選ばれし者――勇者様。お待ちしておりました。私は精霊。名をルリュセイム・オリンビアと申します。勇者様のお名前――ふぁっ!?」
俺は長々と一人で喋っているルルに何も言わずに歩み寄り。
そして両手を広げて、目一杯に抱き締めました。
ああ、これこれ。このサイズ感。感触。少女というか幼女特有のもちもち感。そして香り。
母性本能を擽るってやつなのかな、これが。もう説明不要だよね、こういうのって。
……ていうか俺に母性本能が存在するのかどうかが分からんけど。
「な、な、なっ……何――」
「ルル。勇者の剣ちょうだい。それと俺、腹にデカい穴開いちゃってさぁ。これ『破理』の呪いを受けてるから治らなくてさ。お前の聖なる力でちょちょいって治して」
「う……。……はっ! カズハ殿、申し訳御座いませぬ! ようやく頂上に到着したというのに、どうやらそのまま気絶してしまっていブーーーーーッ!!!!!」
「あっ」
断崖絶壁の淵の辺りで気絶していたグラハムが目を覚まして鼻血を噴き出しました。
そしてそのまま落下していきます。
あー……大丈夫かなあいつ。
この高さから鼻血を噴き出したまま真っ逆さまに落ちて行ったけど……。
「は、放してください! あ、あ、貴女は、一体どういうムギュッ」
今度はルルの頭を押さえて自分の胸の中に抱き締めます。
あぁ……。この安心感。幸福感。多幸感。
でもやっぱ丘でずっと一人で暮らしているだけあって、あんまり頭とか洗ってないよね、ルル。
ちょっとだけ臭いというか、頭から獣臭みたいなのがするから、あとで最果ての街に到着したら一緒に風呂に入って頭を洗ってやろう。
こいつ精霊のくせに自分で頭とか洗えないからなぁ……。
「ムグ! ムググ! ……ぷはっ! ちょ、何なんですか! さっきから! 貴女は! 馬鹿なんですか!! 馬鹿なんですね!? 馬鹿としか言いようがありません!!!」
何故か馬鹿の三段活用みたいな事をのたまうルル。
いいから文句ばっかり言ってないで、早く勇者の剣と俺の腹を治してください。
「手を放してと言っているでしょう!」
「いでっ!! おま、腹を思いっ切り――」
あろうことかルルは俺の大怪我してる腹を腹パンして、俺の熱い抱擁から抜け出してしまいました。
お前、精霊だろ! 死にかけてる人間の傷口に腹パンはエグいだろ!! 悪魔か!!
ゴゴゴゴゴ――。
「あ、やべ」
はい、来ました。例のやつ。
目の前の少女、もとい精霊のルルは顔を真っ赤にしながら何やらブツブツと呟いています。
そして徐々に全身が膨らんでいき、巨大な竜に変化してしまいました。
……どうして、いつもこうなるの?
これ以上ないっていうくらいにスキンシップしてるのに……。
『……初対面で精霊の私を侮辱するとは、さては貴女は魔王の手先ですね? 私としたことが、貴女のような人間を勇者と見間違えてしまうとは情けない』
「いやだから勇者――」
『御託はもう必要ありません。私を懐柔しようと目論んだところまでは良かったですが、その負傷した身体で私の目の前に現れたのが運の尽き』
「いやだから『破理』――」
『《竜の炎》!!』
「なんでっ!!??」
というわけで何故か竜化したルルと戦う羽目になっちゃいました。
……いやいや。
『勇者だ』って言ってるのに、どうして戦う流れになるの?
過去の失敗から学んでスマートにやったつもりなのに……。
誰か、正解が何なのか教えてください……。




