三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず紙に書くことでした。
次の日の早朝。
朝一番の船の便を予約した俺達は、出航時間ちょうどに港に向かった。
ここからラクシャディア共和国にある港町リンドンブルグまでは、およそ一日半の船旅だ。
「ここからが長いんだよなぁ。俺、あんまり船とか得意じゃないんだけど……」
実は乗り物に弱い俺は、現実世界でも船酔いや車酔いが酷かったし……。
あんまり揺れないでもらえると助かるんだけど……。
「船で海外にバカンスなんて最高ですわぁ……! これがカズハ様との初旅行……いいえ! 新婚旅行っ!」
「……レイさん。バカンスでもないし、新婚旅行でもないです……」
ガックリと肩を落とした俺は一応レイさんに突っ込んでおくとして。
万が一、この船がモンスターに襲われたときのために浮き輪の場所とか確認しておかないと……。
「なにをキョロキョロしておるのだ。早く乗らんか、カズハ」
「いて! ケツを突くな! ケツを!」
乗船中に後ろから魔剣の柄で俺のケツを突いている魔王様。
危ないだろ! 海に落ちたらどうすんだよ!
「タオ。私は泳げませんから、もしものときは宜しくお願いしますね」
「え……? わ、分かったアル。私は泳ぎが得意アルから、真っ先にルルちゃんを助けるアルよ」
タオがそう言うとルルは安堵の溜息を吐きました。
確かに精霊が海で溺れてたらシャレにならないしな……。
出航したらちゃんと浮き輪を確認しておこう……。
船室に向かった俺達は、とりあえず各自が好きなことを始めました。
俺は当然のようにベッドに横になり。
レイさんは台所で皆のお茶を準備し、タオは昼食の下ごしらえ。
ルルは船室の窓から外を眺めてワクワクしてるし、セレンは腕組みをして目を瞑っています。
「うーん、ラクシャディアの港に到着するまで暇だなぁ。なんか本でも用意しとけば良かった」
「本、ですか? でも船で本を読むと酔ってしまうと聞きますよ」
外を眺めているのが飽きたのか。
幼女が俺のベッドに近づき、俺に話しかけてきた。
「まあ、そうなんだけど……。でもやることなくて、暇じゃね?」
「そうですね……。レイが仲間になってから、台所仕事はタオと二人で十分になりましたし……。でもたまにはこうやって、ゆっくりとした時間を過ごすのも悪くないと思いますが」
そう言って大きく伸びをした幼女。
確かに今まで忙しかったし、あっちに到着したらまた忙しくなるだろうし。
こういう暇な時間をゆったりと過ごすのも良いかもしれない。
「なあ、セレン。お前、魔王城にいた頃は暇なときってどうやって過ごしてた?」
ゴロンと寝転がりセレンのほうを向いて尋ねます。
こいつも魔王をやってた頃は、四六時中冒険者と戦っていたわけじゃないだろうし……。
オフの時の魔王は何をしていたのか、純粋に興味が湧きます。
「我は……そうだな。世界各地の為替相場を調べていることが多かったかな」
「為替相場!? お前が!?」
一体どこの世界の魔王がFXで儲けようと企むんだよ!
やっぱおかしいだろ! この世界!
「そんなに驚くことではなかろう。魔族とて生きていくためには金がいる。短い時間で効率良く稼ぐには、世界の為替を知っておく必要がある――。ただそれだけのことだろう」
「あ、はい……」
なんか知らんが妙に説得力があって、何も言い返せませんでした……。
いつか建国したら、セレンを財務大臣にでも任命しようかな……。
「もしかして、あの魔王城も為替で儲けた金を使って建てたのでしょうか」
「ああ、そのとおりだ。冒険者から奪った金もあるが、それらは魔王城の各所に宝箱を設置する費用と、その中身に充てておるからな。何故、そのようなものを城の中に用意せねばならぬのかは分からぬが、先祖代々受け継がれてきた伝統みたいなものだからな」
「……」
……魔王様も色々と大変だったみたいです。
ていうか俺ら冒険者のために、わざわざ宝箱を設置していたのが魔王様本人だったなんて……。
やっぱどうかしてるね! この世界!
「……意外か? どうせ人間どもは我が一切苦労をせずに金を奪い、人々を殺し、世界を恐怖に陥れているという世迷言を信じて疑わないのであろうな。我からすれば、人間どものほうがよほど醜悪で残忍だと思うのだがな。……ふっ、今更何を言っても意味はないか」
「……そうでしょうか。中にはそういう人間もいるかも知れませんが、私はまだこの世界はそこまで腐っていないと思います。魔族である貴女を許す気はありませんが、今の話を信じてあげないこともありません」
……あれ?
また喧嘩に発展するかと思ってたけど、意外にすんなり会話が成立してる……。
こいつらも少しずつ変わってきてるってことなのかな……。
もしかして俺の影響か?
ついに冷戦に終わりが告げられた……?
「カズハー。ルルちゃんもセレンも、お茶が入ったアルよー」
台所からタオが俺達を呼ぶ声が聞こえてきた。
俺達は一旦話を止め、キッチンへと向かう。
「今日は紅茶にしてみました。昨日、タオさんとルルさんが珍しい茶葉を買ってきて下さったので」
「お茶菓子も紅茶に合うようにケーキを用意したアル。もちろん、昨日の夜に下ごしらえしておいた、私特製のケーキアルよ」
「おお……!」
テーブルには紅茶と三種類のケーキが用意されていた。
お前らホント大好き!
さっそく、いただきまーす!
「うっわ、なにこれ超うめぇ……! こんな旨いケーキ食ったの初めてだ……!」
「分かったから、食べながら話したら駄目アルよ……。もう少し落ち着いて食べるアル」
タオお母さんに叱られた俺は、言い付けどおり黙って食べることにしました。
うん。幸せ。日々の疲れが一気に吹き飛ぶ。
あっという間に平らげてしまった俺は、レイさんに紅茶のおかわりを催促して椅子に深く寄りかかった。
あー、旨かったぁ……。
「それよりも、さっきは三人で何のお話をされていたのですか? 何やらすごく楽しそうに見えましたけど……」
お茶を淹れつつレイさんが俺達に聞いてくる。
でもルルもセレンも話したがらないから、俺は適当に誤魔化しました。
魔族が正しいのか。それとも人間や精霊族が正しいのか。
そんな議論を交わしたところで何も解決しないんだから。
ていうか『正しい』とか『間違っている』とか、俺からしたらどうでもいいし。
楽しく平和に暮らせれば、それが一番なんです。
「あ、そうそう。そんなことより、今一度、俺らの属性や装備の確認をしておこうぜ。今後どんなモンスターに襲われるか分からないからな。より一層連携して、お互いに安全マージンを確保しておいたほうが良いだろうし」
……まあ『どんなモンスターに襲われるか分からない』という部分はほぼ嘘なんだけど。
ラクシャディア共和国に出現するモンスターは帝国よりも強力な奴らばかりだから、俺が仲間を守るためには情報を共有しておいたほうが良いに決まっている。
「確かにそうアルね。カズハにしては良いことを言うアル」
「タオは一言多いの! じゃあ、俺から行くね!」
俺は紙とペンを用意し、そこに自身の属性と装備を記載していく。
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お名前:カズハ・アックスプラント
得意属性:『火』『陰』
弱点属性:『光』『闇』
武器:ツヴァイハンダー(大剣/偽物)
防具:属性なし
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「……完全にふざけた装備だな」
「はい……。馬鹿にするにもほどがあります」
……魔王様と幼女が同時に溜息を吐きました。
だって仕方ないじゃん!
勇者の剣と魔剣はあげちゃったし、防具は元々属性をつけない主義だし!
この大剣だってオーダーメイドなんだぞ!
攻撃力が1しかないけど、この世に二つとない貴重な剣なんだぞ!
「相変わらずの裸属性の装備アルか……。こんな装備でよくレイやセレンに付いていけるアルね……」
ついでにタオまで溜息を吐いちゃいました。
どうしてみんな、そんなに呆れた顔をするの!
俺だって頑張ってるのに……!
「カズハ様が裸属性なのでしたら、私も裸属性にしようかしら……」
「レイさんは駄目! それきっと、違う意味で裸属性だと思うから!」
俺は全力でレイさんを止めました。
きっとレイさんは何も装備しないで、全裸で最前線に立っちゃいそうだから……!
捕まるだろ! 青少年に悪影響だろ! 馬鹿だろ!
「それでは、次は私の番ですね」
ニコリと笑ったレイさんは俺からペンを受け取りました。
……ついでに俺の手を無駄に触ったり、指を絡めたりしてきたけど。
本当、ブレないですね……。




