021 みんな俺の事大好きなはずなのにどうして殺そうとするのか理解できません。
「ちっ……。本当に何処に行きやがったんだよ、あの変態妹は……」
街の酒場で酒を飲み、誰に話し掛けるわけでもなく愚痴を漏らす。
マスターを呼び追加の酒を頼んだ俺は、まだ客入りがまばらな店内をゆっくりと見回した。
エーテルクランに到着してからというもの、どうにも何故か気分が落ち着かない。
それこれも全て、あの『悪夢』が原因であるのは分かっているのだが――。
悪夢――そう。あれはそうとしか表現することができない。
脳髄にまで響き渡るほどの恐ろしい声。
俺が俺で無くなっていく、あの感覚。
恐怖という感情とはまた違った別のなにか。
心と体が支配され、俺はその驚異的な力に溺れてゆく――。
「なあ、聞いたか? アゼル湖での勇者候補の最終試験の噂」
「ああ、聞いた聞いた。ヤバいよなあれ。最終試験の受験者五十一人全員が、たった一人の女冒険者に潰されたって話だろう?」
ふと向かいの席で酒を飲んでいる冒険者二人の話し声が聞こえ、俺は我に返る。
一人の女冒険者が、勇者候補生を全員潰した……?
「潰された受験生の中にはあの『重剣』のデイラスと『火遁』のヒューメルも居たって言うじゃねえか。試験官達も何者かに気絶させられてたっていうし、一体どうなってんのかね。今回の試験は」
「おいおい、その二人ってあれだろう? 最近連邦国で名を上げてるっつう新鋭ギルドのエースだろう? 魔王軍の動きも活発になってきてるこの時期に、他国のギルドのエースを潰すとか……。ていうかどんなゴリラなんだよ、その女冒険者って奴は」
「それがよ、小柄な女冒険者らしくってよ。どうやらそいつ、一次試験も過去最速でクリアした奴らしいぜ。……それに、これも噂なんだが」
急に小声になった男は周囲を見回し、もう一人の男の耳元で小声で話し始める。
俺は気付かないふりをしながらその二人の会話に耳を傾けた。
「……その女冒険者、東の海上にある無人島で魔王軍の幹部とも戦って死にかけたんだとか」
「えええ!? 魔王軍の幹部!??」
男が叫び声を上げ席を立ち上がる。
当然周囲の客は何事かと振り返り、二人に視線が集中した。
「……こ、コホン。すまん、ビックリしたからつい……」
咳払いをして席に座った男は再び小声でもう一人の男に話し掛けた。
「あまりデカい声を出すなよ。まだ噂の段階で魔王軍の話とか広めたら帝都の兵士に睨まれちまうだろ」
「す、すまねぇ……」
男はテーブルの上の酒に口を付け、気持ちを落ち着かせようとしている。
冒険者同士のたわいもない噂話――。
しかし俺は先ほどからずっと胸騒ぎが収まらない。
悪夢に登場する少女――。
その少女の像が噂話に出てくる女冒険者と俺の頭の中で一致してゆく。
傍若無人。破天荒。
――自身の命を顧みず、他者を巻き込み、全てを解決しようとする無敵の少女。
「でもよ、『死にかけた』ってことはまだ生きてるっつうことだろう? 魔王軍の幹部に戦いを挑んで死にかけたくらいだから、まだ帝都かどこかの診療所で昏睡状態にでもなってんのかね、その阿呆な女冒険者は」
「……それがよ」
再び男は周囲を見回し、もう一人の男に耳打ちをする。
「……どうやら今ここ、エーテルクランに来ているらしいぜ」
「ええええ!? ここに来てる!!?」
「だから! 声がでけぇっつうの! お前は!!」
さすがに酒場のマスターの表情が険しくなったのを見た男はテーブルに勘定を置き、もう一人の男を連れてその場を後にしようとした。
そして俺の席の横を通過しようとしたその時、俺はふいに腕を伸ばして男の手首を掴んだ。
「うおっ!? な、何だよ兄ちゃん……。騒いじまったのは謝るから、その手を離し――」
俺はそのまま立ち上がり、男の言葉を遮るようにこう言った。
「もう少し詳しく聞かせてくれねぇか? その女冒険者の話」
◇
酒場の裏通りで男二人に謝礼を渡した後、俺は中央通りまで向かいベンチに腰を降ろした。
そして懐からメモを取り出し、それを日の光にかざしてそっと口を開く。
「――『カズハ・アックスプラント』」
男らから聞き出した女冒険者の名前を口に出しただけで、俺の全身の毛が怒りで逆立つような錯覚さえ覚えてしまう。
怒り。崇拝。恐怖。復讐心。
しかしそれらの感情を遥かに超える、別の感情――。
この少女は妹の夢にも出てくる『魔王』だ。
『堕落した勇者』となり果てた俺を倒し、『神』となった俺を倒した、魔王。
徐々に夢の内容が鮮明化され、俺は頭を抱えて項垂れる。
「――俺は一体どうしたい? この女を――」
様々な感情が入り乱れ、心が張り裂けそうになる。
夢の中ではあれだけ殺したいと願ったのに。
ズタズタに斬り裂くと誓ったのに。
奴は俺を打ち倒し、そして俺の全てを受け入れた。
何故? 俺に対する憎しみは?
大切な者を傷付けた俺にどうして情けをかける――?
「…………あー…………クソ、頭いてぇ…………」
メモを懐に仕舞い、深く息を吐く。
感情の波が押し寄せては引いて行き、俺の心はグチャグチャに掻き乱される。
しかし、一つだけはっきりとしたことがあった。
妹は――レイは、きっとあの少女の元にいる――。
「……ドワーフの爺さんがどうのこうのとか言ってやがったな、レイの奴」
彼女が見た夢に出て来たという鍛冶職人の男。
この街に住んでいるというその男を見つけ出せば、妹の問題も、俺の心を乱している『悪夢』も同時に解決できるかもしれない。
ベンチから立ち上がり、俺は天を仰ぎ見る。
そしてふと思いを馳せた。
もしも俺が再び少女と出会い、夢の中と同じように彼女を殺そうとしたら。
その時はまた、俺を止めてくれるのだろうか。
それとも俺は今度こそ、彼女を――。
「――殺すかもしれねぇなぁ、ズタズタに斬り裂いて」




