三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず顔を隠すことでした。
港町オーシャンウィバー。別名『食材の街』。
世界中の様々な食材がこの街の市場に仕入れられ、各地に送られる。
当然、厳選された品を手に入れるために料理人らもこの街に足を運び。
また彼らの作る料理を目当てに各地より舌の肥えた食通らも訪れる。
「うほほー! ここは私達料理人にとったら天国みたいな場所アルよ……! ルルちゃん! さっそく食材を探しに行くアル!」
「ちょっと、タオ……! そんなに引っ張らないで下さい! 服が伸びてしまいます……!」
なんか知らんけど、興奮したチャイナ娘が幼女を引っ張ってどこかに行っちゃいました……。
まあいいや。あいつらは放っておこう。
「もう今日の船の便は終了みたいですね。明日の便の予約をして、この街の宿に泊まりましょうか?」
「うん。そうだな。船が無いんじゃ仕方がないし、タオは興奮してどこかに行っちゃったし……」
あの様子だと今夜はフルコース料理でも食べさせてくれると期待しよう。
タオの料理はマジで旨いから、外食する気にもならんし……。
「ならば我はこの街の酒場に向かうとしよう。カズハ。小遣いを頼む」
「到着して早々、酒かよ……。ホント仕様がない奴だなお前……」
セレンが手を出して金をせがむので、俺は所持金から5000Gを手渡しました。
前みたいに浴びるほど酒を飲んできたら承知しないからな!
ちゃんと5000G以内におさめるんだぞ!
「……ふふ、これで邪魔者はいなくなりましたわ」
「へ……? 何か言った? レイさん?」
「いいえ。何も言っておりませんわ。さあ、宿に向かいましょう」
ニコリと笑ったレイさんは俺の腕をがっちりと掴み、強引に宿のほうへと連れて行きます。
……なんか、今ちょっと鳥肌が立ったんだけど。
気のせい、ですよね……?
街の西にある宿屋に到着した俺とレイさん。
ちょうど五人部屋が空いていたので、そこを一晩借りることにしました。
素泊まりで一泊2000G。
五人でこの価格だったら良心的ですね。
「とうっ!」
部屋に入るなり、さっそくベッドにダイブします。
ああ、この感じ……。フカフカのお布団……洗いたての枕カバー……。
これだけで一日の疲れが癒される……。
「お茶をお淹れいたしますね。カズハ様はゆっくりと休んでいてください」
鎧を脱ぎ、手持ちのエプロンに着替えたレイさんは台所に立って湯を沸かし始めた。
あー、マジで勿体ない……。
こうやって見ていると、理想のお嫁さんにしか見えないのに……。
「ええと、お茶菓子もありますわね。まだ夕飯には早いし、タオさんも食材探しに出掛けましたから、帰って来られる前にこれとこれの準備を……」
テキパキと準備を進めるレイさん。
俺はその後ろ姿に見惚れてしまう。
サラサラの綺麗な金髪。引き締まった身体……。
出るところは出ているし、抱きつかれるたびに良い匂いがしてくるし……。
もしも彼女が腐女子じゃなくて、俺が男の姿だったら――。
「? どうかされましたか?」
俺の視線に気づいたのか。
レイさんは俺を振り返り、首を傾げた。
「あ、いや、その……」
つい口籠ってしまう俺。
なんだよ! ドキドキしてるんじゃねぇよ俺!
目の前にいるのは、理想の嫁でも何でもないぞ!
気をしっかり持つんだ! 騙されたらアカン!
「……ああ、そういうことですか。私としたことが、気付きませんでしたわ」
「へ……?」
何故か納得したようにぽんっと手を叩いたレイさん。
そしてそのまま備え付けのクローゼットのほうに向かって行きました。
……なにしてんの?
「モゾモゾ……」
……うん。
急にエプロンを脱ぎ始めました。
どうして脱ぐの。今着たばっかりなのに。
あ。上着も脱ぎだした。ちょっとこっちをチラ見しながら。
うん。下着も脱いだね。何故かウインクまでしている。
……。
……………。
「……って、おいいぃぃぃ!? なにしてんの、レイさんっ!?!?」
俺は慌てて後ろを向きます。
いやいやいや! 意味が分からん!
どうしていきなり全裸になるの! 馬鹿なの!?
「これでよし、と……。もう良いですわ、カズハ様」
「……はい?」
良い、とはナニが良いのでしょうか……。
俺はそーっと後ろを振り向きます。
「ぶっ!?」
「やっぱりエプロンといったら、『裸エプロン』ですわよね。すいません、気付かなくて」
少し照れつつそう言ったレイさん。
いやいやいや! お気遣いなく!
……じゃなくて、俺が求めたみたいに言わないでもらえますか!
「違うから! そういうんじゃないから!」
「違う……? うーん、エプロンが違うということは……。あ、そういうことですわね。エプロンはいらないというわけですね?」
ニコリとほほ笑んだレイさんはそのままエプロンを脱ぎ出し……おいいぃぃ!
どうしてそう、俺に裸を見せたがるんだよ! この変態腐女子がっ!!
「脱がなくていいの! ああもう……! 早く帰ってきてくれタオ、ルル……!」
もうアカン!
このままじゃ、俺……! レイさんの餌食になっちゃいそう!
「もう、カズハ様ったらそんなに興奮なさって……。まあ、お楽しみはこれからということで」
「楽しくない! 身の危険しか感じない!」
「あ、お湯が沸きましたわ。お茶を淹れますわね。お茶菓子はどれが宜しいですか? 私ですか?」
「うん! レイさんを摘まんでお茶を……アホかあああぁぁぁ!!」
ついうっかり乗ってしまった……!
俺も頭がおかしくなってる……!
「だだいまアルー。珍しい食材がいっぱい手に入ったアルよー……って、レイ!? なにアルか、その恰好……!?」
か、帰って来た……!
救世主、タオ先生が俺の窮地を救ってくれた……!
「うわああぁぁん! タオーー! 恐かったよおおぉぉ!!」
「なっ……! ちょっと! 服に鼻水を付けるんじゃないアル! 離れるアルよ!」
「何を騒いでいるのですか……。重いから早く私も中に入れてください」
後ろで荷物を持ちながら立ち往生している幼女がひょっこりと顔を出してきた。
そして俺とレイさんを見た瞬間、眉間に皺を寄せました。
「……カズハ。どうしてレイはお尻が丸出しなのでしょうか」
「俺が聞きてぇよ! きっと馬鹿なんだよ! でも帰ってきてくれて助かった!!」
そのまま幼女をハグしようとしたけど、荷物を盾代わりにして回避されました……。
「せっかく良いところでしたのに……。残念ですわ……」
そう呟いたレイさんは観念したかのように、クローゼットに向かい服を着始めました。
はぁ……。マジで疲れた……。
もう金輪際、二度とレイさんと二人っきりになるのはよそう……。
――俺は固く心にそう誓ったわけでして。




