018 さすがのレイさんもゾンビプレイだけは嫌なようです。
――白い、世界。
その無限に広がる世界に、突如正方形の亜空間が形作られていった。
透明なシールドで囲まれた場所に足を踏み入れると地面が出現し、それが正方形に広がったところで増殖は止む。
「こ、これが……亜空間……」
「うん。まあとりあえずそのドロドロの鎧を脱いで、持ってきた服に着替えようぜ。レイさん」
正方形の空間の真ん中くらいまで歩いて行った俺はそこで腰を降ろして汚れた服を脱ぎ捨てます。
別に着替える必要もないかもしれないけど、さすがに初っ端からヘドロ姿で訓練を開始するのも嫌だし……。
黒装束も何着か買ってあったから、一応新品の衣装に着替えておきましょう。
「…………」
「? レイさん? 着替えないの? 結構臭いよレイさん、今」
「…………はっ! く、臭い……? こ、これは大変失礼致しましたわ……!!」
俺をガン見したまま微動だにしなかったレイさんが意識を取り戻して慌てて着替えを始めます。
まあ汚れた服は端っこのほうに置いておけば邪魔にはならないだろ。かなり広い空間だから。
「か、カズハ様に見られながらお着替えなんて……。嗚呼、どうしましょう……これは夢……?」
なんかぶつぶつ言ってるレイさんを無視し、俺は軽く準備運動をします。
どうせそのうちすぐに軽口なんて叩けなくなるからな……。今は大目に見ておきます。
「き、着替え終わりましたわ」
「よーし、じゃあ軽くエンジン掛けておかないと危ないから、あいつらが出現するまでウォーミングアップをしておこうぜ」
「? あいつら……?」
俺は軽くニコリと笑い、目を閉じます。
そして呼吸を整えてゆっくりと両手を横に伸ばしました。
「え? え? ハグ、ですか? 宜しいのですか!!」
「違う。目を閉じてイメージしてるの。レイさんも真似して。今、手本を見せるから」
両の掌に刀をイメージします。
そこにエネルギーが集約し、徐々にそれらが形作られていきます。
俺がイメージしたのは、かつての最強の剣――血塗られた黒双剣だ。
「そ、その禍々しい剣は……?」
「まあこんな感じで両手に二本の剣をイメージすれば具現化できるから。でも強そうなのは見た目だけで、あくまでこれはハリボテ。訓練用の木刀みたいな感じかな。ほら、レイさんもやってみて」
「二本の剣をイメージ……。はい、やってみます……」
さきほど俺がやったように目を閉じて両手を広げたレイさん。
……うん。今気付いたけど、レイさんの白い訓練着……あからさまに胸元を強調しています。
あんなの激しい運動とかしたら見えちゃうじゃん。
……いや、レイさんのことだからわざと見せようとしているに違いない。これは間違いない。だってレイさんだから。
徐々にレイさんの両手に剣が具現化していきます。
彼女がイメージしたものは……勇者の剣、聖者の罪裁剣か。
「……あ……。す、すいません、つい勇者の剣を……」
「いや、いいよそれで。確かにあっちの世界だと勇者の剣はレイさんに譲ったんだし。白のレイさんと黒の俺。色合い的にも丁度いいじゃん」
イメージとはいえ、勇者の剣を二本構えるレイさんもぶっちゃけかなり格好良いし……。
これは良い訓練になりそうな予感。……胸元以外は。
「ルールを決めようか。魔法は禁止。使えるのは片手剣スキルのみ。……って言っても、どうせこの空間じゃ魔法は使えないんだけどね」
「か、畏まりました。よろしくお願い致します」
お互いに礼をし、俺達はいざ特訓前の準備運動を開始しました。
◇
「《レイニースラッシュ》!」
地面を蹴り突進してきたレイさんは無数の突きを繰り出す。
俺は後退しながらそれらを黒剣で受け流し逆手に持った剣を下から振り上げた。
「《ライジングソード》!!」
「ぐっ……!」
カウンター攻撃をかわし切れないレイさんは左手に持った勇者の剣で攻撃を防ぐ。
が、力が入らずにその剣は弾かれてしまった。
「はい、やり直し。全然力が入らないだろ、レイさん」
俺は弾かれた勇者の剣を拾い上げます。
レイさんは左腕を押さえたまま苦痛の表情を浮かべたままですね。
いや、苦痛というか困惑してる感じ……?
まあ無理もないか。初めて二刀流の訓練を受けているだから、今。
「こ、こんなにも力が入らないものなのですね……。これが本当にたったの三日で習得できるようになるとは、想像も付かないのですけれど……」
「うん。まあレイさんの実力だったら普通にやったら一年も掛からないと思うよ」
「……いや、でも三日で習得させるのですよね?」
「そうだよ」
「……で、ですよね」
腕の痺れから解放されたのか、レイさんは俺が差し出した勇者の剣を再び掴みました。
それと同時に亜空間にアラーム音が響き渡ります。
「! こ、これは?」
「あーもう時間切れか。全然準備運動出来ていないけど、仕方ないかぁ」
白い世界の上空に大きな穴が開き、そこから無数の魔物が降りてきます。
翼を生やした赤黒い悪魔の群れ。うわ、一発目からこいつらかよ……。最悪。
「で、鬼翼魔人!? 魔人王の配下の中でも五本の指に入ると言われている上級魔物ではないですか……! それがあんなに沢山……!!」
「大丈夫。本物じゃないから。ゼギウスの爺さんが言うには、あの転移魔石に蓄積されたデータを元に亜空間にコピーを作り出しているらしいね。強さは本物と変わらないけど」
「ああ、本物では無いのですね。それは良かった――強さは本物と変わらない!?」
「うん。あれ百体くらいいるよね。だから一人五十体ずつ。血反吐を吐きまくると思うけど、この亜空間の中じゃ死ねないから。瀕死の重傷になっても倒すまで終わらない。……あれ? 言ってなかったっけ」
「ききき聞いておりませんわそんなこと……!!! 血反吐を吐くとは聞きましたが、あんな数の上級魔物と戦って無事でいられるはずがありませんわ!!!!」
「うーん、普通は一体ずつなんだけど、それだと十年コースだからなぁ。俺が一ヶ月で習得したコースだと二十体だったから……三日コースで二人だと百体くらいになっちゃったのかもね」
「なっちゃったのかもね!!?」
『『『人間ドモヨ……。我ラ魔王軍ニ逆ラウトドウナルカ、ソノ身ヲ以テ思イ知ルガ良イ……!』』』
「レイさん……! お喋りはここまでだ! 血だらけのゾンビになりたくなかったら全力を出してくれ!!」
「うぐっ……! さすがの私もゾンビプレイだけは勘弁ですわ……!! こうなったらヤケクソです!!!」
――かくして俺とレイさんの過酷な三日間が幕を明けたのでした。