三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず出発することでした。
ラクシャディア共和国からの依頼を受けることに決めた俺達はすぐに出発の準備を始めた。
依頼内容どおりであれば、古代図書館の地下に眠る重要文化財を見つけ、回収するだけで終わりという超単純なクエストだ。
所要期間はたったの一日。
しかし、ここからラクシャディアまでは徒歩と航路を含めて、早くとも二日はかかる。
つまり最短でクエストを達成しても、再びアゼルライムスに戻ってくるには五日ほどかかる計算だ。
なるべくアゼルライムスから離れたくないとはいえ、いつ始まるかも分からない王都襲来のためにずっとここを離れずに生活するのはかなり厳しい。
過去の経験からいうならば、まだ数年先のイベントなんだけど、こんなに早く勇者が誕生するとなると一年以内に発生する可能性だってある。
まあそんなことを言ったって始まらないし、数日王都を離れただけでタイミング良く魔王軍が襲ってくるとは考えづらいからなぁ……。
――というわけで、一応保険は掛けておいて、俺はしばし海外旅行を楽しむことにします。
「じゃあ、爺さん。ちゃんとアルゼインに渡しておいてくれよー」
エーテルクランの街外れ。
出発前にゼギウス爺さんの工房に寄った俺は、魔剣を爺さんに託し小屋を出た。
つまり、これが『保険』。
もしも俺が不在の際に魔王軍が襲来してきたら、アルゼインに代わりに守ってもらうという計画だ。
「ああ、確かに渡しておく。カズハも気を付けるのじゃぞ」
「はーい」
表まで俺を見送ってくれた爺さんに手を振り、俺は仲間の待つ大通りへと向かった。
まあ、たった数日留守するだけだし、俺らが帰ってきてもアルゼインが爺さんのところに寄らない可能性のほうが高い気もするんだけど……。
それでも緊急時には王都から全ギルドに召集命令が下されるから、そのときに魔剣が役に立ってくれることを期待するしかない。
「お、戻って来たな。それでは出発するとしよう」
俺の姿を確認したセレンは皆にそう伝えた。
これが傭兵団『インフィニティ・コリドル』としての初の海外遠征だ。
なんかピクニックに行くみたいでドキドキしますね。
「でも、宜しかったのですか? アルゼインさんに直接魔剣をお渡ししなくても……」
「うん。いいの。どっか行っちゃってるあいつが悪いんだし。それに爺さんは信頼できるからな。昔は片手剣の使い手としてブイブイ言わせていたらしいし、賊に奪われることも無いだろ」
適当にそう答えた俺は大きく伸びをした。
いやー、これでようやく肩の荷が下りたよ。
ここからが本番です。
ちゃちゃっと金を稼いでカズハ王国を建国してやるぜコノヤロウ……!
「で、どうやってラクシャディア共和国まで向かうのですか?」
俺の後を付いてきている幼女が駄菓子を食べながら俺に尋ねてくる。
お前……。一人だけそんな旨そうなモンを食べてるんじゃありません!
俺にもちょうだい!
「ここからだと港町の『オーシャンウィバー』まで向かって、そこから船で共和国に渡るのが一番早いアルよ」
「お、さすがは共和国出身のタオさん。ついでに運賃がいくらだったかも教えてもらえると助かる」
「確か……片道1500Gくらいだったと思うアル。普通の客船アルから、速度はそこまで出ないアルよ。一日半くらいの船旅アルね」
タオの説明を聞き、俺は金勘定を始めた。
一人1500Gってことは、五人で……7500Gかぁ。
事前に地図で調べた限りだと、エーテルクランからオーシャンウィバーまでの距離は約1200UL。
オーシャンウィバーから共和国にある港町『リンドンブルグ』までは航路で約3000UL。
そこから首都アムゼリアまでは徒歩で約400ULくらいだったから……。
「うーん……。やっぱ片道で二日はかかるなぁ……」
顎に手を乗せて唸っていると、幼女が不思議そうな顔で俺を見上げているのが見えた。
何か言いたそうな顔をしているけど……。何でしょうか?
「一度聞きたいと思っていたのですけれど、カズハはどうしてアゼルライムスから離れるのを極端に嫌がるのですか?」
「あ、それは私もずっと思っていたアル。何か理由があるならば教えて欲しいアルけど……」
まさしく今、俺が考えていることをズバリと言い当てた二人。
うーん。理由を教えてくれと言われても、説明しようが無いんだけど……。
「カズハよ。我らはもう仲間であろう? 秘密にしておきたいことがあっても構わんが、もっと我らを頼ってくれても良いと思うぞ」
「そうですよ、カズハ様。キナ臭いじゃないですか」
……うん。レイさん。
それはきっと『水臭い』の間違いだと思います……。
でもキナ臭い事情だから遠からず近からずなんだけど……。
「……よーし。みんながそこまで言ってくれるんなら、話そう」
そうだよな。俺達はもう仲間なんだ。
本当のことを話してもきっと信じてくれる。
ゼギウス爺さんやアルゼインにも、ある程度は話してあるし、そろそろこいつらにも真実を打ち明けても良いかも知れない。
俺は全員の目を見つめ、重い口を開いた。
「俺はな……未来の出来事が分かるんだ。まあ予知能力とはちょっと違うんだけど」
「……」
驚きのあまり、口が開いたまま黙ってしまう仲間達。
誰でも最初はそうさ。俺の身に降りかかった現象を信じることは容易ではない。
だがしかし! お前らは俺が集めた仲間達だ!
俺の今までの発言! 強さ! 知識!
それらを総合して考えれば、色々と辻褄が合ってくるだろう!
さあ、何でも質問してくれ!
包み隠さず、丸裸になる覚悟で俺はお前らに全てを話すぞ!
「……カズハ」
「なんだ!」
「頭に悪い菌が入ったのですね。……可哀想に」
「……なんだって?」
幼女が溜息交じりにそう言ったのが聞こえました。
え? あれ? 俺の聞き間違えかな……。
「あー、この前、熱が出ていたアルもんねぇ……。あのときの後遺症が……可哀想に」
「……」
……何だろう。この空気。
ルルもタオも俺を遠い目で見つめている……。
「か、カズハ様。やはり今回のクエストは破棄致しましょうか……?」
「レイさんまで!? ちょっと! 俺、正気ですから! おい! セレンもなんかこいつらに言ってやってくれよ!」
「……すまない。我が主がこのような妄言を吐いてしまうのも、我の瘴気に当てられたことが原因のひとつかも知れん」
「妄言ちがうから! 本当だっつうの! 信じろよお前ら!」
……うん。
誰ひとり俺の目を見てくれない……。
せっかく丸裸になる覚悟を決めたのに、なんなのコレ!
「さあ、馬鹿は置いておいて先に進みましょう。私達だけでもクエストを達成し、報酬を山分けするのです」
「おお! それは良い案アルね! 四人で分けても3500万Gくらいになるアルし、それだけあれば一生遊んで暮らせるアルよ!」
「……」
……うん。
俺を街道のど真ん中に放置し、勝手に盛り上がっている仲間達。
仲間、達……?
……お前ら……! 信じていたのに……!
いいもん! 俺もう不貞腐れたもん!
絶対に本当のことなんて、教えてやんないんだもん!
◇
口を尖らせたまま、俺はオーシャンウィバーへの道をゆっくりと歩いています。
前方では俺の代わりに道中のモンスターと戦っているレイさんとセレンの姿が見えます。
「はああぁぁ!」
『グアアアァァ!!』
「せいっ!」
『ギョエエェェ!!』
勇者の剣と魔剣が次々とモンスターを斬り刻んでいきます。
どうせ、この二人がいれば俺の出番なんて無いんだもん。
俺、いらない子だもん。
「……カズハはいつまで拗ねているアルか。面倒臭いアルねぇ」
「放っておきましょう。どうせすぐに機嫌が直りますよ」
レイさん達のすぐ後ろで二人の戦いを見守っているルルとタオ。
なんか俺のほうを振り向いてはぶつくさ言っているけど、どうせまた俺の悪口だろ。
いいもん。お前らキライだもん。
謝っても許してあげないもん。
「……ん?」
なんか前のほうでセレンが俺を手招きしている。
何だろう。内緒話でもあるのかな……。
不貞腐れているのも飽きてきたし、ちょっとだけ話を聞いてみようかな。
「悪いな、カズハ。少し相談があるのだ」
レイさんは空気を読んだのか、ウインクをして先に進んでいった。
まあこの辺りのモンスターだったら、レイさん一人でもまったく問題ないとして……。
「どうした? お小遣いを増やせという相談だったら断るぞ」
「……真面目な話だ。茶化さないで聞いて欲しい」
俺とセレンの横を通り過ぎようとしたルルとタオが聞き耳を立てているのを発見し、俺はしっしっと手を振った。
そこの女子二人!
内緒話なんだから、聞き耳を立てるんじゃない!
「……今の戦闘で確信したのだが、どうやら我の魔力が落ちているようなのだ」
「え? マジで? 全然そういう風には見えなかったけど」
恐らく今のセレンとレイさんの強さは互角だろう。
現役の勇者や魔王と遜色ないほどの強さを秘めていると思う。
「いや、違うな……。魔力が落ちているというよりも、魔力の『質』が変わったというべきか……」
「魔力の質が変わった? …………あっ」
きっと、あいつだ……!
あのラスボスが復活して、新たな魔王になったからだ……!
王都は当然、その事実を知らないけれど、勇者の任命を早めるとかの措置をとっているし……。
「恐らく、先日レイが言っていた『王都からの調査部隊』の件と関係があるのだろう? あの時は聞きそびれたが、魔王城の異変は我もずいぶん前から感じておった。……だから、教えて欲しい。我が力の源――『魔力』は本来、魔族特有のもの。その質が変わるということは、我が変わったということに他ならない」
「……」
「……言い辛いのであれば、我から言おう。……我は……セレニュースト・グランザイム八世は…………『魔王』か?」
……もう気付いているか。
これもいつかは話さないといけないことだったし。
でも今がその時期だ。
「お前はもう、魔王じゃない。お前が座っていた玉座。あの下に空洞があって、そこに化物が眠っているんだ」
俺はひとつひとつ、丁寧に話してやった。
もちろん俺がチート転生者だとか、セレンが元は男だったとか、そういう話は抜きにしたけど。
「……我よりも遥かに魔力の強い、『本当の魔王』――」
明らかにショックを受けた様子のセレン。
でもそういう仕様になっているから仕方がない。
誰がこの世界を作ったかは知らんけど、俺もループの呪いを掛けられた被害者のひとりなんだから。
「でもそいつは、本当は復活しない予定だったんだ。俺がお前を仲間にしたから、復活せざるを得なかった……とでも言うべきかな」
ここは俺のミスでもある。
魔王を倒さなければ問題ないと勘違いをしていた。
神様は世界のパワーバランスが崩れるのが相当嫌らしい。
つまり、俺みたいな人間は大嫌いなんだろうね。
「……くくく」
セレンが下を向き、笑いを堪えている。
ヤバい。怖い。急に襲い掛かってきたらどうしよう……。
「くははは! そうか! 我はすでに魔王ではないか! ……しかし、これでスッキリしたぞ。魔族の王としての責務から解放され、新たな主であるカズハの眷属として生きていけば良い」
「え? あ、うん。まあそういうことだな」
……良かった。
もっと引きずるかと思っていたけど、元魔王様は逞しい方で……。
「ほら、さっさと付いて来るアルよー! 置いて行っちゃうアルよ!」
話が付いたところで、タオが良いタイミングで声を掛けてくる。
俺は手を振り、セレンと一緒に仲間達の元に駆けていきました。




