三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず活動することでした。
――傭兵団『インフィニティ・コリドル』として新たに活動を開始してから数日が経ちました。
俺の予想通り、ギルドには連日100万を越える報酬を示すクエストがずらりと並んでいます。
それらを端から端まで受け続け、現在の所持金は2億、飛んで15万4250G。
この調子ならば、ひと月に3000万くらい稼げるかも知れません。
よだれが止まりませんなぁ……!
それにしても、アルゼインの姿をまったく見かけません。
あいつ……。俺との約束を忘れているんじゃねぇのか……?
まあ魔剣をいらないって言うんだったら、それはそれでラッキーなんだけど……。
「皆さん。お茶が入りましたわ」
台所のほうからレイさんの声が聞こえ、俺は金勘定を一旦中止する。
ここのところ働きづめだったし、たまにはゆっくり休暇をとって海外にでも遊びに行きたいんだけどね。
でもあんまり長い時間アゼルライムスを離れるわけにもいかないし……。
「良い香りですね。新しい茶葉に変えたのですか?」
「はい。この前のクエストの追加報酬が高級茶葉の素材でしたから……。そこに別の茶葉をブレンドして、オリジナルのお茶を作ってみました」
少し照れた表情でそう答えたレイさん。
ああ……。これで変態じゃなかったら理想のお嫁さんなのに……。
「ふむ。この苦味がちょうど良いな。我も気に入ったぞ」
「ふふ、有難う御座います。そう言っていただけると作った甲斐があります」
どうやら魔王様もご満悦のようです。
でも味にうるさいセレンがそう言うんだから、よっぽど旨いお茶なんだろうね。
「カズハ様も如何ですか? カズハ様の分は少し冷ましてありますから大丈夫ですよ」
「うん。もちろん、いただきまーす」
ウインドウを閉じ、ベッドから降りる俺。
すでにレイさんは俺が猫舌なこととか、酒が苦手とか食事の味付けは濃い方が好きだとか。
細部に至るまで情報を収集し、それを日々の生活に生かしている。
……うん。
中には、どうやって情報を集めたのか知るのが怖いようなものも沢山あるんだけど……。
「あ、マジだ。超うまいなー、このお茶。……ていうか、タオはまだ帰って来ないのかよ。おっせぇなー、あいつ」
ギルドにめぼしいクエストが無いか確認するのがタオの主な仕事だ。
まあ、雑用とも言うが……。
「ここ最近、片っ端からクエストを受けていますからね。そろそろ高報酬のクエストが少なくなってきたんじゃないでしょうか」
「いや、それは無いな。エーテルクランのギルドには世界中から様々なクエストが集まってくるから、高報酬に限定しても俺らだけで全てこなすのは無理だろ。あれじゃね? ついでにどこかで夕飯の材料でも買ってるんじゃね?」
そう答えた瞬間、タイミング良く部屋の扉が開いた。
そこには息を切らしたタオの姿が――。
「つ、ついに来たアル! ラクシャディア共和国から直々に依頼が……!」
「お帰り、タオ。どうした? そんなに焦った顔して……」
俺はレイさんが用意してくれたお茶菓子に手を伸ばし、そう答える。
「ぜぇ、ぜぇ……! ど、どうしてそんなに落ち着いていられるアルか……! ラクシャディア共和国アルよ!? 一国の宰相が直接、私達『インフィニティ・コリドル』に依頼してきたアルよ!」
「ふーん、そうなんだ。で? 報酬額は? 依頼内容は?」
俺が質問するとタオは懐から依頼書を取り出した。
どうやら興奮しすぎて説明するのが困難みたい。
まあ、タオのこの様子から察するに大方予想は付くんだけど……。
「タオ。少しは落ち着いたらどうですか。ちょうど今、レイがお茶を淹れてくれましたから席に座って下さい」
「わ、分かったアル……」
幼女に諭されたタオは素直に席に座り、一度深呼吸をした。
彼女が落ち着くのを待ってから、俺は皆の前に依頼書を広げる。
「ええと、なになに……? 『ラクシャディア共和国中東部、首都アムゼリアに於ける重要文化財の回収依頼』?」
「首都アムゼリアといえば、アムゼリア教の聖地ですね。私はあまり好きではありませんが」
身を乗り出し依頼書を眺めていた幼女がここぞとばかりに文句を言った。
……お前、自分以外に神と崇められる奴らが全員嫌いなだけだろう。
これだからわがままな精霊は……。
「依頼内容は単純明快だな。つまりアムゼリアにある『古代図書館』とやらの地下に潜り、重要文化財を回収すれば良いわけだ」
「そんな簡単な依頼をラクシャディアの宰相が私達に……?」
セレンの言葉を聞き、首を捻ったレイさん。
まあ確かに単純すぎて怪しさ満点なんだけど……。
「内容なんてどうでもいいアルよ! この依頼書の最後に書いてある報酬額を見るアルよ!」
居ても立ってもいられなくなった様子のタオが依頼書の最後の項目に指をさした。
そこには報酬額――145,000,000Gという表記が。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……。……い、一億ですか!?」
幼女がそう叫ぶとレイさんやセレンも驚きの表情に変わった。
桁違いの報酬額。
怪しい……絶対に何かあるぞこれ……。
「……どう思われますか、カズハ様」
「うん。まあ大体レイさんが考えていることと同じかな。報酬が高すぎる。裏に何かあるのは明白だな」
「え? じ、じゃあこのおいしいクエストは受けないアルか……!?」
急に立ち上がったタオ。
お前はちょっと落ち着きなさい。
それを今から皆で決めるんだから。
「ここに記載されている依頼内容だけでは詳細が分からんな。詳しいことは直接、ラクシャディア共和国の宰相から聞くしかあるまい」
「そうですわね。しかし『重要文化財』という言い回しと桁違いの高報酬から考えてみても、国家機密に関わる依頼である可能性が高いと思いますわ。クエスト難易度は恐らくSランク――」
「Sランク……!」
レイさんの言葉でタオが生唾を飲み込みました。
Sランククエストなんて滅多にお目に掛かれるものじゃないしなぁ……。
タオがびびっちゃうのも仕方がない。
「どうするのですかカズハ。……私は何か嫌な予感がします。出来れば今回は断って欲しいのですが……」
あれ?
珍しくルルが消極的になっている……。
いつもだったら『こんな高額報酬のクエストを受けないなんて考えられません!』とか言うパターンなんだけど……。
「だ、大丈夫アルよ! うちには化物レベルの剣士が三人もいるアルし! それに危険だと感じたら途中でクエストを破棄すれば良いアルし……!」
「確かにタオさんの言う通りですわ。お話しだけでも宰相からお聞きして、その時にまた判断をすれば良いのではないでしょうか」
タオとレイさんは賛成。ルルは反対。
残るは俺とセレンだけど……。
「我も賛成だな。カズハが掲げた目標に少しでも早く近づくためには、多少危険を冒してでも金を稼がねばならぬ。精霊の娘が何を怖がっておるのかは知らんが、ここは依頼を受けるべきだろう」
「べ、別に怖がっているわけではありません! 少し『嫌な予感がする』と言っただけです! ……良いでしょう! 皆がそう言うのであれば、私は反対しません! 精霊は民主主義には寛容ですから!」
……うん。
精霊族のどこが民主主義に寛容なのか、突っ込むのは止めておこう……。
「よーし、全員一致で賛成だな。まあ、俺もあまり無茶をする気はないから、話を聞いてみてヤバいと感じたら断ればいいし。個人的にはアゼルライムスからそんなに離れたくないんだけど、ちょっとの期間だけなら問題ないだろ」
「……」
……あれ?
どうして急にみんな黙っちゃうの……?
「いつも無茶をして私達を引っかき回しているのはどこの誰アルか……」
「カズハが言うと一気にしらけますね」
「なんで!? 今せっかく、まとまったと思ったのに!」
幼女はともかく、タオまでそんなことを言うのか!
お前だけは俺の味方だと思っていたのに!
「ふふ、カズハ様と海外旅行……。ふふふ、これはきっと新婚旅行と考えても良いですわね……」
「ラクシャディアには良い酒があると聞く。我も今から楽しみだぞ」
「お前らは目的をはき違えるんじゃない! 遊びに行くんじゃないんだぞ!」
……俺がそう叫んでも、誰も聞いてくれません。
どうしよう。このパーティ。
レイさんが加入してから、さらに酷くなっている気がする……。




