033 別に秘密を暴露するつもりは無いんだけど知っているんだから仕方ないよね。
静まり返る湖。
まるで何事も無かったかのように辺り一面は平穏を取り戻していた。
「五十四、五十五、五十六……で、こいつで五十七人、と。これで受験生と試験官が全部だな」
俺の目の前には縄でぐるぐる巻きにされた冒険者らが全員気絶して眠っています。
いやーこうやって見ると壮観ですね……。
さすがは元魔王だな、俺って!(自虐)
「……大丈夫のようだな。帝都への連絡も行われていないようだ」
さっきから魔法便を操作していたグラハムが安堵の溜息を吐きます。
あーなるほど。試験官とかが俺やリリィ達の反逆を通報していないかの確認をしていたのね。
……まあ反逆っていうか、世界を元に戻すために仕方なくやったことなんだけどね。
それを説明して理解してもらうのは不可能だろうけど。
「でもモタモタしてたらすぐに帝都から調査部隊が飛んでくるわよ。グラハムがザイギウス宰相に送った報告書の内容も、ちゃんと調べたらデタラメだってすぐにバレちゃうはずだから」
「な、なんだかドキドキしてきました……。こんなとんでもないことをしでかしているというのに、何故か心が弾んでしまって……」
「……はぁ。姫様。これは遊びじゃないの。本当の本当に、とんでもないことをしでかしちゃってるのよ、私達は」
頭を抱えているリリィとは裏腹に何故かエリーヌは若干頬を赤く染めて目を輝かせています。
元々彼女は好奇心旺盛だし、普段城から公務以外で外に出ることなんて無かったんだから大目に見てあげてください。俺に免じて。
「カズハ殿。我々も『立場』というものがあります。それを押してまで貴殿に協力するからには、確固たる『理由』が必要となることをお判りいただけますかな?」
グラハムが真面目な表情を浮かべて俺を問い詰めてきます。
それに続いてリリィやエリーヌも俺に無言の視線を向けてきました。
うーむ……。もうそろそろ『予言者』じゃ通用しなくなってきたかなぁ。
でも本当のことを言うわけにもいかんし……。
どないしよう……。
「……じゃあ質問を変えるわ。貴女はどこまでのことを知っているの? 予言やら何やらはこの際どうでもいいわ。私は貴女が知っていることを知りたい」
「わ、私もです……! カズハ様の仰ることは全て信じていますが、本当にこれから未来に起こる出来事を予知できるのであれば、教えていただきたいです……!」
二人とも真剣な面持ちで俺に質問を浴びせてきます。
あー……もう無理そう。誤魔化しきれなくなってきた。
それ以上に仲間達にここまで協力させておいて、嘘を吐き続けるのがしんどい。
……うーん、もう、いいかなぁ。
どうせ元から変な奴だと思われているだろうし、この際全部言ったところで何が変わるわけでもないかもしれないし。
何よりも三人のこの真剣さに応えないのもどうかと思うから。
「グラハム」
「……はい。ようやく『理由』を教えて下さる気になりましたか」
俺はまずグラハムに向き直り、一瞬溜めた後におもむろに口を開きました。
「お前は昔から女好きでこれまでに女に振られた回数はすでに九十九回。頭の中は常にエロいことでいっぱいで、帝都の南区四丁目にある自宅の倉庫にはエロ本が山のように積まれている。その中で最もお気に入りなのが『帝都美女百合シリーズ』の最新刊だ」
「……。…………。………………ふごっふっ!?」
グラハムの口から謎の濁音が聞こえてきました。
たぶん驚き過ぎて口が開いたまま変な呼吸をしたせいで器官を詰まらせたとかだと思います。
「リリィ」
「……へ? あ、え? 私? ていうか、今のは、何……?」
グラハムが北極海にある永久凍土のように完全凍結をしているうちに俺はリリィに向き直り続けます。
「昔から完璧主義、冷静沈着。帝国魔道兵の誰よりも信頼され、学術でも常に最高成績。そんな表向きの評価とは別にお前の苦手分野は洗い物、家の片付けなどの家事全般だ。冷静とか言われていても人の見ていないところで熱くもなるし、誰かのために泣いたりもする。物事を頼まれたら断れない。甘いものが死ぬほど好き。前に帝都のケーキ店で全種類のケーキを制覇したものの食べ過ぎてお腹を壊して次の日の魔道学術試験を欠席したこともある。ちなみに恋愛よりも友情を優先する性格がたたり、未だに男性と付き合ったことすらない」
「……。…………。………………おえっ、げ、げほっ!? ゲホゲホッ!!」
同じようにリリィも数秒の硬直後、器官を詰まらせて謎の咳を連発します。
どうしよう。なんか楽しくなってきた。
こいつらのリアクション芸で三日くらい腹を抱えて笑えそう。
「エリーヌ」
「ひ、ひゃいっ!?」
エリーヌに至ってはビビり過ぎて何故か股を抑えて少し飛び上がる始末だし……。
なんだろう。俺の暴露に恐怖しておしっこ漏らしそうになってるとかかな。
「……いや、エリーヌはやめておこう。嫁の秘密を暴露する趣味は無いし」
「……ほっ」
安堵の表情を浮かべたエリーヌさん。
まあ彼女は俺のことを何の疑いも無く信じているのは分かってるから別に良いだろ。
問題はゾンビみたいな真っ青な顔で硬直しているこの二人。
きっと俺のことが怖くて仕方が無いんだろうな……。
だって仕方がないじゃん。
確固たる理由がないと困るとか、知っていることを教えろとか言うから……。
「うーん、無言のままだっていうことは、まだ足りないってことかぁ。じゃあグラハムが酒場で姉ちゃんのお尻を触って牢屋に入れられそうになったときの話とか、リリィが友情を優先したばかりに初恋の男をその女友達に譲っちゃって、今でもそのときのことを引きずっている話とか――」
「やめてくれああああああああ!!!」
「やめてええええええええええええ!!!」
「あ、戻った」
急に叫びだした二人。
そして両脇からすがるように俺の腕をがっしりと掴みます。痛い。
「お、おぬしは、おぬしは、どうして知っているのだそのことを!!!」
「ねえ、なんで!? どうして!? その話はまだ誰にもしていないし、するつもりだってないのに!! ねえ、どうしてよ!!?」
「いや、どうしてって言われましても……。知ってるんだから仕方ないじゃん」
「「仕方ないじゃん!?!?」」
もうなんか、顔がすごいことになっております……二人とも。
人って驚きと恐怖が混ざるとこういう顔をするんですね。勉強になります。
「あー、もう分かったから! どうして知ってるのか話すから! 最初にこういう話からしておけば、きっと信じるだろうと思っただけだし」
もう両腕がもぎとれそうです……。
いや、もしかしたら本当にもぎとろうとしているのかもしれない……。
――というわけでして。
俺は三人にこれまでの経緯を全て話すことにしましたー。
……まあ信じるかどうかは分からないけど。
どう考えてもカズハが最強ですよね(笑)