030 本当は怖い〇〇ってあるけど、本当に怖くて震えるときがありますよね。
「おい! どこだ! 隠れたって無駄だぞ!!」
「大人しく出てきなさいよ! これだけの人数に貴女一人で敵うわけないでしょう!」
気配を消した俺を見失った冒険者らの怒号がそこかしこから聞こえてきます。
そう。おっしゃるとおり。
俺一人で残りの四十八人をいっぺんに相手できるほどのチート能力なんか、これっぽっちもありませぬ。
巨亀の左後方の足の爪の間で一休みしていた俺は刀を抜き、角度を変えて前方の様子をそこに映し出します。
ちょうど同じく左後方の足の前を男女四人の冒険者が歩いてくるのが確認できますね。
得物はそれぞれ大剣、長槍、杖、鎖鎌。
うーん、前衛中衛後衛でバランス取れているから、いっぺんに相手するのはちょいとしんどそう……。
「くそ! こんなところで時間食ってる暇なんてねぇっつうのに!」
「本当よ。さっさと最終試験に合格して勇者候補の資格さえもらえれば、こんな国には用なんてないのにね」
大剣を構えた男剣士の言葉に共感する杖を構えた女魔道士。
話の内容とあの風貌から察するに、恐らくゲヒルロハネス連邦国の冒険者だと推察できます。
連邦国の魔道士といえば、ルーメリアみたいな無属性魔法の使い手を思い出しちゃうんだけど、さすがにこの過去世界に無属性魔法は存在していないと思われ……。
「帝国滞在許可証が切れるまでにどうにか資格だけでも得られれば、もうこんな生活ともおさらばできるのになー」
「その通りだっぺ。俺らだって好きで魔族と戦っているわけじゃねぇっぺから、さっさと故郷のグランシャリーに帰って浴びるほど酒を飲みたいっぺよ」
男女の冒険者に続いて長槍を構えた青年冒険者と鎖鎌を構えた髭面冒険者が愚痴を零しています。
グランシャリーといえば連邦国の最北端にあるそれなりに栄えた港町だ。
そんな遠方からわざわざ帝国まで勇者候補試験を受けに来るのは大変だっただろうけれど……。
動機は見ての通り。世界平和のために戦う気なんざこれっぽっちもなさそうですね。
「……ちょっと待って。そこの爪の影に魔力を探知」
「ぎくり」
女が手にしているのは魔導探知機のようです。
俺は慌てて刀を仕舞い身を隠します。
むむむ……! でももう見つかってしまったも同然だし……。
「おい!! そこに隠れてやがるのか!!」
剣士が叫ぶと残りの三人が一斉に武器をこちらに向け戦闘態勢に。
一気に緊張が走ります。
……仕方ない。
「はいはいはーい、すいませんねぇ。見つかっちゃったら仕方がない。降参です、降参ー」
俺は両手を上げたまま物陰から姿を現します。
その間も周囲の状況に神経を尖らせます。
どうやらこの四人以外には周囲に冒険者はいないみたいですね。
この巨雷亀、その辺の大型客船の五倍くらいの図体だから、大人しく身を伏せてくれていれば視界が妨げられる上に隠れられる場所も多くて奇襲向きなんだよね。
爪とか腹の鱗(皺?)の隙間とかしっぽとか。身を隠せる場所がめっちゃありますから。
「刀を置け。……いや、こちらにそっと投げてよこせ。変な気は起こすなよ」
「おほー。やっぱりべっぴんさんでねぇか。こんな大層なことをやるなんて、おめぇさんも見た目と違って大胆なおなごだっぺなぁ」
剣士はこちらを警戒しているが、他の三人はもう勝った気でいるのか、注意力が散漫の御様子。
この鎖鎌のおっさんなんて鼻の下を伸ばして俺の素敵太ももとかガン見してるくらいだし……。
……いけるか?
「ほら、さっさと刀をよこせって言っているでしょう? 聞こえないの?」
「もう負けでしょう、この状況だったらさー。こちらの指示には従った方が身のためだと思うけどー?」
俺は少しだけ考えた素振りを見せた後、軽く溜息を吐いて挙げていた両手をゆっくりと降ろします。
そして剣士が注視している中、背中に紐で括り付けた刀の鞘を外し、諦めた様子でそれを剣士に向かって放り投げ――。
「えいっ」
スコーン。
「あいたっ!?」
柄を持ったまま刀を振り抜いたせいで、鞘がまっすぐにすっ飛んでいきます。
そして鎖鎌のおっさんの額に見事ヒットしました。
「て、てめぇ何を――!」
「その怪力は三伸すらも怯ませる! 《力士》!!」
『どすこぉぉぉい!』『はっけよぉぉぉい!』
「え!? えええっ!? な、なに!? 何なの一体……!?」
「ああーもう! 奇襲に決まってるじゃんかよー! あの子やる気だよー!!」
空から降ってきた二体の召喚力士。
これで戦力は四対三。怪異魔法万歳。
「ちぃぃっ! 陰魔法使いか! おいてめぇら! さっさとその召喚獣をぶっ倒してこの女を――」
『のこったぁぁぁ!!』『突っ張り突っ張り突っ張り!!』
「痛い痛い痛いっぺ!!」
「ちょっと、このベトベトぬるぬる……ひっ!? 汗? 汗なのこれ? 気色悪い!!」
召喚力士が二人の冒険者を翻弄しています。
これである程度時間稼ぎができる。
「やるねー君。こうなったらこっちも本気を出さなくちゃ。深遠なる我が炎よ! 業火に焼かれし魂をその身に刻み込め! 《エンゲージブレイズン》!!」
「げっ」
槍の青年が火魔法を詠唱。
俺と四人の周囲にぐるりと火柱が舞います。
「さあ、これで逃げ道が無くなったよ」
「良くやった! ここからが本番だぜ! 剛剣よ! 戦火の旗を燃え上がらせ、その地に紅き印を刻み残せ! 《重力火剣》!!」
「嘘!? ダブルで火魔法かよ!!」
周囲に燃え上がる炎の一部が剣士の持つ大剣に向かって集約します。
そして剣もろとも剣士は燃え上がり、炎の鎧を纏ったままこちらに突進攻撃を仕掛けてきます。
やばい! あの攻撃は今の俺の防御力じゃ耐えられない……!
「ぶっ飛びやがれ!! 《フルスイングバースト》!!」
「あーっぶねぇ!! 死ぬわ!!!」
そのまま剣士は大剣スキルを発動。
炎を纏った一撃必殺剣をぎりぎりでかわしたものの、炎は避け切れずに俺の服に着火します。
「あちっ! あちちちち!!」
「ちぃ! すばしっこい女め!!」
「はーい、次行くよー。炎武の刃よ! 火神の元に全ての非業を燃やし尽くせ! 《ファイアサーヴァント》!!」
「……上か!!」
身体の火消しに躍起になっていた俺はそのまま上空に視線を向けます。
今度は炎を纏った無数の槍が上空にくるくると円を描き、次の瞬間それらが俺を目掛けて降り注いできます。
「わ、と、とと、あちちち!!!」
「あれー、これも避けちゃうかー」
「避けれてねぇし! 熱いっつってんだろがーーー!!!」
怒涛の攻撃に防戦一方。
くそ……! ちょっと舐めてたぜこいつら……!
あの力士に翻弄されている二人は大したこと無さそうだけど、この剣士と槍の兄ちゃんは相性も良いし強い……!
「おい、てめぇら! いつまで遊んでやがるんだ!」
『どすこいどすこいどっすこい!』『のこったのこったのこーった!』
「だってベトベトなんだから……ああもうやだ! 誰か代わって!」
「お、俺だってこんなむさ苦しい召喚獣よりも可愛いおなごと戦いたい――いてててっ! 痛いっつってっぺな!!」
相変わらず力士が奮闘中。
でもそろそろ効力が切れそう……どうする?
《蛇目》を使って蛇を召喚するか、また《塩撒》で目つぶし攻撃をするか……。
いや、ここは――。
「よそ見してんじゃねぇよ!!」
「やっば――」
俺の隙を突いて再び突進してきた剣士。
慌てて刀を抜いてそれを防ぐも、攻撃力の差があまりにもありすぎて防ぎきれない。
「う……」
「ナーイスー。じゃあそのままその子を押さえつけておいてー」
「お、おい……。何をするつもり……」
槍の青年は俺の質問に答えずにニコリと笑うだけです。
いやいやいや! こんな状況でその笑顔は逆に怖いわ!
「はぁぁ~~……。やっとキモい召喚獣が消え去ってくれたわ……」
「お? なんだぁ、加勢しようかと思ったっぺが、ほぼ瀕死でねぇべか」
いつの間にか二体の力士は消滅し、絶体絶命の危機。
槍の青年は両手を天に掲げ、特大魔法を詠唱するみたいです。
「お、おい……。それはやりすぎじゃねぇのか?」
「え? もしかして、あの魔法を使う気?」
剣士と女魔道士の声が明らかに動揺しています。
いやいやいや! 待ってよ!
攻撃後の硬直で全く動けないんですが!
「大丈夫だよー。さすがに手加減はするからー。だって本気で全魔力をこいつに注入しちゃったら、この子の身体なんて影も形も残らなくなっちゃうからさー」
「怖いことをさらりと言った!?」
つい大声で突っ込むも、まだ俺の身体は動きません。
いや……え? もしかしてここで終わり……?
せっかく竜王ルートを発見したのに、その辺にいる冒険者にやられて、それで俺の世界を救うという壮大な計画は全て水の泡に……?
いやいやいや、困る困る!
俺はこんな場所でやられるわけには――。
「――炎神にまつわる全ての紅き力よ。その剛なる鉄槌を今、ここに――」
「ひっ――」
頭上に視線を向けると、まるで隕石のような炎の塊が浮かんでいるのが見えました。
え? あれが落ちてくるの? ここに?
動けない俺の頭上に? 本当に?
「一旦退避だ!」
「ひえぇぇ! 巻き添えくらったら大変だっぺ!」
「可哀想だけれど、手加減しているみたいだから死にはしないわよ。たぶんね」
三人はそれだけ言い残し周囲の炎の円の外に退避します。
たったひとり火の輪の中に残された俺は、ただ呆然と炎の塊を見続けています。
そして、それがゆっくりと。
俺の頭上に落下して――。
◇
あたりはしんと静まり返っている。
轟音がとどろくも、まだ周囲の冒険者らはこの現状に気付いていないようにも見える。
「あーあー、どこが『手加減した』だよ。あたり一面、燃えつくしちまってるじゃねぇか」
「……やばい」
「やばい? 何が?」
槍の青年の声には覇気が無かった。
疑問に思った女魔道士は下から青年の顔を覗き見る。
「おい! あ、あれを――」
鎖鎌の男が指を指して叫ぶ場所には大きなクレーターが出来上がっていた。
先ほどの隕石のような火魔法で抉られた地面には、焼け焦げた無数の塊が散乱している。
「……まさか、お前……」
「ち、違うんだ……。確かに僕は手加減を……」
槍の青年の声は震えていた。
そして顔を覆って跪いてしまう。
その様子を見て悟ったのか、その場にいる全員の顔が蒼白に染まる。
「こ、こ、殺しちまったっぺか? 手加減するって言ったっぺ!」
「あ、あの子……。あそこにあるのは……あの子の……腕……? い、嫌あああああ!!」
「ぼ、僕のせいじゃない! 僕はちゃんと手加減を、したはずで……だから!」
言い合いを始める三人を尻目に、剣士は意を決したように深く息を吐く。
そして周囲に視線を配り、現状の把握を始めた。
「おい、聞け。あれだけの轟音でも、まだ誰もこの場所に駆け付けてこねぇ。つまり、まだ俺らが『冒険者殺し』をしたことに気付かれてねぇ」
「……え? ま、まさか貴方……」
「お前ら全員手伝え! 今ならあの女のバラバラの燃えカスさえ処分できれば、俺達の犯行かは分からねぇはずだ!」
「分からねぇって……。この会場には五十人の冒険者と六人の試験官がおるっぺよ……」
「ぼ、僕が……この手で……人を……女の子を……」
「いいから、俺の言うとおりにしろ! 試験官に見つかったら、俺達全員ムショ行き決定だぞ!! やるのか! やらねぇのか!!」
剣士の叫びに立ち尽くすしかできない三人。
――しかしここで異変が起こる。
「……ね、ねぇ……あれ……」
女魔道士が指を指すと、そこに全員の視線が集まる。
そこには塊となった遺体が蠢く姿が――。
「ひ、ひいいいぃぃぃ!! う、動いているっぺ!! どういうこった!?」
『……どうして……』
「な、何だ!? お前今、何か言ったか!」
「え? わ、わたしじゃないわよ……」
動揺する四人。
すでに周囲の異常には気付けず、彼らはただ慌てふためくしかできないでいる。
『……どうして……殺した……の?』
「あ……ああ……ああああああ!!」
「落ち着け! ちぃっ! 何であのアマ、生きてやがるんだ……!!」
ボコ、ボコ、ボコ、という音が大穴から聞こえてくる。
手。足。耳。腕。指。そして、首。
全てがバラバラになり、血は蒸発し、焼け焦げた肉塊となった、元人間の姿。
それらが別々に動き、四人は目を見開いたまま、ただ恐怖に打ち震えているしかできない。
「ゆ、許して……。ねえ、許してよ! 別に殺すつもりなんて――」
『どうして殺した』
「――!!」
女が振り向くと、そこには首だけになったカズハ・アックスプラントの姿が――。
◇
「あー、あぶなかったぁ」
はい、どうも。カズハです。
俺の目の前には失神している四人の冒険者がおります。
とりあえず他の奴らに見つかると面倒だから、さっき俺が隠れていた亀の爪の間に四人ともぶん投げておきましたー。
めでたし、めでたし。
……え? 何が起きたか知りたい?
どうしようかなー。教えようかなー。やめようかなー。
まあもうみんな分かるっしょ。
俺もあと四十四人と戦わないといけないから、忙しいのよ。
――というわけで、次いきましょう、次に、ね。
LV.17 カズハ・アックスプラント
武器:無秒の細剣(攻撃力100)
防具:魔道服【煉陰の繍】(防御力12)
装飾品:火撃の指輪(魔力3)
特殊効果:斬撃強化(小)、居合強化(大) 、居合速度(大) 、火属性強化(小)、陰属性強化(小)
状態:正常
魔力値:242
スキル:『ファスト・ブレード LV.5』『スライドカッター LV.12』『アクセルブレード LV.8』『スピンスラッシュ LV.3』
魔法:『力士(陰)』『蛇目(陰)』『塩撒(陰)』『隠密(陰)』『悪夢(陰)』『迅速(陰)』
得意属性:『火属性』『陰属性』
弱点属性:『光属性』『闇属性』
性別:女
体力:185
総合結果:『正常』
※【悪夢】/対象に悪夢を見せる陰魔法。同時に掛けられる数は使用者と属性魔法の相性に起因する。