029 俺の裏声は聴く者(アホ限定)を魅了します。
武器を抜き、巨亀(というか俺)に向かって鬼の形相で突っ込んでくる冒険者たち。
ええと……うん。
おそらくあの中に俺の苦手な陽魔法使いは居なそう……かな。たぶん。
ていうか帝国にいる冒険者はだいたい火とか氷とかオーソドックスな種類の魔法を好んで使うからね。
『陰』『陽』とか『気』『体』とかのマイナー魔法を使うような奴は変わり者というか、変態が多い気がします……。
「む、向かってきます……! こうなったら戦うしか……!」
「エリーヌはそこの亀の影に隠れてて。あいつらの標的は俺だし、ていうか城を出た早々王女自ら問題を起こしたらガロンのおっさん白目剥いちゃうからやめて」
「で、でも、それでは……きゃっ!?」
俺はまだ何かを言い掛けているエリーヌをお姫様抱っこして一旦亀の影に隠れます。
巨亀は興味があるのか無いのか、じっと俺の様子を見下ろしているだけで相変わらず動く気配がありません。
……そういえば過去の俺の記憶でも、こちらから攻撃しなかったら何もしてこなかった気もするなぁ、巨亀。
もしかしたら巨亀の奴も勝手に人間族どもの勇者候補の最終試験のボスにされて、迷惑してたのかもしれません。
「お、降ろしてくださいカズハ様……! わたしだって、カズハ様のために何かをしたくて、こうやって一緒に旅に――」
「チュウしてやるから、大人しくここに隠れててくれ」
「ち、チュウ……?」
目を丸くしたエリーヌは、そのままだんだんゆでダコみたいに顔が真っ赤に染まっていきます。
俺はそのままゆっくりと地面に彼女を降ろし、頬に軽くキスをします。
「……ふ、ふにゅぅ……」
そのままフラフラと亀に寄りかかり脱力するエリーヌ。
こんな状況でも俺にホの字のエリーヌをある意味尊敬します。
「……よし。じゃあ――」
俺は立ち上がり両頬を思いっきり叩きます。
いやぁ、この世界に飛ばされてからずっと良い子にしていたせいで(異論は認めよう)、結構ストレスが溜まってるんだよね。
もう竜王ルートを見つけたんだし、ちょっとくらい暴れてもバチは当たらないよね、神様?
だから、俺はこう叫びます。
「いっちょう、五十人斬り、かましたろうじゃないの!!!」
◇
「おいおい、こんな場所に隠れて、戦わずして降参かよ?」
「へへ、姉ちゃんよ。今なら土下座して謝って、ついでに俺らの女になるっつうんなら許してやんよ? どう? 良い話だと思わない?」
早速俺を見つけたのは若い男冒険者の二人。
一人の武器は片手斧で、もう一人はナックルかな。
射程は短いし、装備品も安物ばかり。
「ええ~? 本当ですかぁ?(高音) お兄さん達、どれくらいわたしを満足させてくれるんですぅ?(裏声)」
「お? 結構乗り気じゃねぇか……!」
「いいぜいいぜ、俺らが姉ちゃんを満足させてやっから、とりあえずこっちにぶへほっ!!!」
あ、ごめん。無意識に俺の拳が火を噴いた。
「て、てめぇ! 不意打ちとは卑怯な手を――」
「《スピンスラッシュ》!」
「うひぃん!?」
高速の抜刀から片手剣スキルを発動。
全身の重心を刀に乗せた回転斬りは地面スレスレの地点から急上昇し、相手の胴着を粉砕します。
まあ峰打ちだから致命傷にはならんでしょう。
これで早速二人を撃破。残り48。
「うーん、でも同時に相手にできるのはせいぜい三人くらいまでか……。いくら武器が強いったって、俺のレベルはそこらの受験生のゴロツキとほぼ同じだからなぁ」
……となると、やっぱりこの巨亀を利用しない手はないか。
こんだけ図体がデカければ隠れられるとことかいっぱいありそうだし。
『おい! こっちのほうから悲鳴が聞こえたぞ!』
『探せ!! 俺らだって舐められっぱなしじゃ試験の点数に響くかもしれねぇ!』
俺は声がした方角とは反対の方角に向かい気配を消して慎重に進みます。
◇
「おい、どうするのだリリィ? さすがに止めに入らんとガロン様から大目玉を喰らうぞ」
「……」
「リリィ?」
最終試験の会場はすでに大騒ぎになっており、試験官である帝国兵らが試験続行かどうかの協議をしている最中。
リリィ・ゼアルロッドだけは顎に手を置いたまま何かを考えている様子であった。
「……ねえ、グラハム。あの子の本当の狙いは何だと思う?」
「あの子? ああ、カズハ殿か。俺には彼女が何を考えているのかさっぱり分からんが……。それを聞いてどうする?」
グラハム・エドリードは落ち着いた様子でリリィに問う。
もしも本当に彼らがこの騒ぎを収める気であれば、一部隊長の命令という形で試験官らに指示を出せば良いだけのことであった。
しかしすぐに行動に移さぬ理由が二つあった。
一つは王女がカズハ・アックスプラントに付き従っているという点。
もしもカズハが王女を盾に反逆でも起こせば、たちまち国全体の危機に繋がる可能性がある。
二つ目は彼女の奇怪な行動だ。
予言などという妄言を当然二人とも信じてなどいないが、何故か彼女の言葉には説得力があった。
まるでリリィ、グラハムと旧知の仲であるかのような言動。
聖杖フォースレインビュートの存在や、これまでの勇者候補試験での行動。
それら謎の行動が一体何処に繋がるのか。
リリィはアゼルライムスの街を出てからずっと、それだけを考え続けてきた。
「あの子の目的が本当に竜王だとして、巨雷亀を救えばオルドラド皇国の首都、竜宮城に行けたとしても、よ? そこからどうやってあの子は竜人族の滅亡を防ぐ気でいるのかしら。……いや、違うわ。そもそもどうして竜人族が滅亡するって思うのか、よ。それも予言ってこと?」
「それは……あれだろう。竜人族はめったに女子が生まれぬ種族だから、現存する唯一の女子はオルドラド王の娘、竜姫であるから……」
「じゃあその竜姫が殺されるってこと? いつ? どこで? 誰に?」
「そんなことを俺に聞かれても分かるわけがないだろう。だが……『誰に?』という問いだけははっきり答えられるな。そんなもの魔王軍しかおらぬだろう」
グラハムはそう答え、自身で首を縦に振り唸る。
その表情は何故か確信を得ているように映っていたが、リリィは彼に目を合わせずに先を続ける。
「竜姫が殺されることを知っているから、彼女を助けるために竜宮城へ向かう……。オルドラド皇国の場所は帝都から東に400ULの位置にある無人島の更に東の海域の海底に存在する……。……あ!」
「どうしたリリィ?」
「そうよ! 帝都東の領海! 四魔将軍の一人、魔鳥王の部隊が最近頻繁に目撃されていた場所……!!」
リリィはそう叫び、初めてグラハムに顔を向ける。
その表情を見て察したのか。
落ち着いていたグラハムの表情にも曇りが見え始めた。
「つまり、すでに魔王軍に『竜人の里』は発見され、襲撃の危機に晒されているというわけか?」
「……うん! それならあの子の行動にも辻褄が合う……! 巨亀を助け、竜宮城に向かい、魔王軍の襲撃から竜王と竜姫を守る……!」
「魔王軍が東の海域にある無人島から採取したのは、巨雷亀に関するアイテムか何かというわけか……。だからこそ東の海上を魔鳥部隊に見張らせ、巨雷亀の動向を注視し、竜人の里の居場所を突き止めることに成功した。……なるほど、確かに話の筋は通るな」
「オルドラド王は近年、魔力の衰えが激しいと噂されていたわ。恐らく今までは竜人の里周辺に強力な魔法結界が張られていたのでしょうけれど、それが弱まってしまった。それら二つが重なり、幻の国と言われたオルドラド皇国が白日の下に晒されてしまった」
彼女がそこまで話すとグラハムは腕を組み唸る。
もしもこの推察が本当であれば、事態は一刻を争うことになる。
だが決定的に足りないものがあった。
それはたったひとつの『物的証拠』である。
「……すべては仮説と状況証拠のみ。これを王に報告したところで軍を動かすことなどできないでしょうね」
「王というよりは宰相や各軍団長を納得させられるか、だろうな。各国首脳への連絡や世界ギルド連合との連携もある。もしや王はそれを見越して俺達をカズハ殿に……?」
「分からない。でも一つだけはっきりしたことがあるわ」
そう言いリリィは魔導杖を構えてニヤリと笑みを浮かべた。
「お、おい、まさか――」
止めに入ろうとしたグラハムだが、しかしその手を自ら止める。
助けられる命があるのならば、彼とてその命を見捨てるわけにはいかなかった。
会ったことも無い竜人族。竜姫。
しかし何故か彼の心は締め付けられ、助けたい衝動に駆られてしまう。
彼は伸ばした手をぐっと握り締め、その拳に視線を注いだ。
「……はぁ。俺も焼きが回ったか……」
握り拳を槍に変え、彼もまたリリィに笑みを送る。
そして二人の兵士の視線は未だ協議を続けている六人の試験官らへと注がれるのであった。