028 俺のせいじゃないもん。俺の言葉を信じない君たちが悪いんだもん。
俺はアゼル湖に向かって全力疾走します。
視界には徐々に湖から陸に上がってくる巨大な亀――『アゼル巨雷亀』の姿が確認できる。
「ひー、ふー、みー、…………五十人くらいか。まあチートリリィがいるからいけるっしょ」
すでに戦闘態勢に入っている最終試験の受験生らは戦闘職、魔法職がおよそ半々。
試験の採点をする帝国兵が六人いるけど、こっちのほうが後々厄介になりそうだけれど……。
『グググ……グオオオオオオォォォォン!!』
巨雷亀の咆哮が湖全体に広がり、戦闘開始の合図となります。
全身に雷を纏った巨雷亀は周囲をぐるりと見つめると、そのまま甲羅の中に閉じ籠ってしまいます。
「ははっ! なんでぇあれは! デカい図体で威嚇しておきながら甲羅の中に籠りやがったぞ!」
「最終試験がこんな楽な討伐戦だっつうんだから、帝国様様だよなぁマジで!」
二人の不良冒険者がそう叫ぶと周囲の受験生らも同調して笑います。
……いや、あの巨亀、相当強くて昔は俺も倒すのに何回も挑戦したくらいなんですけど。
「はぁ、はぁ……。やっと追いついた……。ちょっと貴女! 急に走り出すわ、巨亀を助けるとか言い出すわ、一体何を考えてるのよ!」
最初に追い付いてきたのはリリィ先生です。
後ろを振り向くと、あと少しでグラハムとエリーヌが到着するのが確認できる。
「リリィ。最初に謝っておく。ホントごめん。お前にはいつの時代も迷惑ばかりかけてる」
「……はぁ?」
「だから、あの帝国兵、どうにかしておいて。じゃ」
「………………はぁっ!? え? え??」
それだけ言い残した俺は、一直線に巨雷亀に向かい走り出します。
そして一番乗りで亀の前に辿り着き、亀に背を向けて最終試験の受験生らを振り向きます。
「おいおい、姉ちゃん。試験官の前で良い格好を見せたい気持ちは分かるがよ。最終試験はここにいる俺ら冒険者との『協調性』が必要だってことも知らねえのか?」
「そうよ。集団討伐戦なんだから指揮官とか前衛、後衛、サポート役、それぞれ自分が得意とする役割をしっかりと発揮しないと高得点が貰えなくなるじゃない。貴女、今さっき来たばかりでしょう? 私達もう役目を決めてるから、大人しく後方でサポート役にでも徹していなさいよ」
戦士風の冒険者と魔道士風の冒険者がそう言うと、他の冒険者らも同調して俺にブーイングを飛ばしてきます。
うん。まあ正論。勇者候補になりたい動機はどうあれ、こいつらの言っていることは正しい。
「リリィ! これは一体どういうことだ……?」
「知らないわよ……! 知りたくもない……!」
「カズハ様……? 本当にあの巨亀を助けようと……?」
グラハムとエリーヌが到着したのを確認した俺は意を決し、深く息を吸います。
ここが通常ルートとの『分岐点』。
今までも俺は自分の勘を信じてきたし、これからも仲間のことを信じるだけだ。
――セレンが死ぬ未来を、変えるために。
「俺は魔王を目指す女っ!! 魔王候補生、カズハ・アックスプラントだあああぁぁぁぁ!!!」
「…………」
「…………」
………………しーん。
あれ……? どうして誰も何も言葉を発しないの?
「…………」
「…………」
いやいやいや。これでも本当に魔王だったんだから。
第25代魔王とか言われて、危険度4Sとか5Sとかで全世界に手配されたんだから。
帝国も救ったしエルフィンランドも救ったし、最後にはジェイドも倒して世界も救ったんだから。
「……あたまを、打ったんだな」
「可哀想……。きっと将来を絶望して、自分が魔王の候補生だって思い込むようになったのね……」
「おい、試験官の人! あの可哀想な子をさっさと帝都に連れてけよ! これじゃ最終試験が始まんねぇよ!」
ざわつく試験会場。
その異様な雰囲気を察してか、巨雷亀が甲羅の中から少しだけ首を出して俺を見下ろしています。
……あれ、なんでだろう。なんか涙が出てきた。
巨亀にまで哀れに思われているのかな、俺は……。
「お、お待ちください……!」
居ても立ってもいられなくなったのか。はたまた俺があまりにも可哀想に思えたのか。
エリーヌが俺の元に駆け付け、両手を大きく広げて冒険者らに語り掛けます。
「どうか、今回はこの巨雷亀を見逃してもらえないでしょうか……!」
「エリーヌ……ぐすん……」
「(大丈夫、大丈夫ですから、カズハ様……! ここは私がどうにか――)」
「うるせぇよ、さっきからこのアマらが! お前もあたまのおかしいそいつの仲間ってことだな!」
「そんなお揃いの魔道服なんか着て、気持ち悪い! ねえ、試験官さん! 早くこいつらを会場から追い出してよ!」
場内騒然。
俺を庇ったばかりにエリーヌまでもが非難轟々。
それでもエリーヌは両手を広げたまま俺と亀を庇い続けて――。
……って、いつまでこんな茶番を続けてるの!!
あー、もうやだ! 平和的解決策を模索した俺が馬鹿だった!
俺は俺のやり方で世界を救っちゃる!!
「邪なる蛇を退き邪なる悪漢を退く聖なる礫よ! 《塩撒》!!」
「か、カズハ様……!?」
俺は陰魔法を詠唱し、冒険者らの頭上に巨大な塩の塊を具現化します。
そして次の瞬間それが砕け、塩の礫が冒険者らに襲い掛かります。
「いてっ! あの野郎、俺らとやる気かよ!!」
「ぺっぺっぺ! しょっぺぇ、何だこれ! 塩かよ!!」
「目に入ったーーー!! 何しやがんだ、こんちくしょうーーー!!!」
場内騒然からの阿鼻叫喚。
塩まみれになった試験会場はカオス状態。
「あー……」
「……これは、大変なことになってしまったな」
頭を抱え項垂れるリリィと深く溜息を吐くグラハム。
ホントごめん。結局こうなりました。
「「「巨亀を殺る前に、てめぇから先にぶっ倒してやらあぁぁぁ!!!」」」
――はい。
というわけで、いつもどおりの流れ(俺のせいではない)になったわけでして――。