027 これたぶん勇者候補になれないパターンですね。
「あぁ……。ふつくしい……」
「……」
……ええと、あ、はい。カズハです。
いやさ、グラハムとリリィが仲間になったのは良いんだけどさ……。
街を出てから馬鹿グラハムがずっとこの調子で困っちゃってるんです……。
「はぁ……。グラハムはずっとあんな感じだし、私もショックで心の整理がつかないままだし……。この先どうやって姫の護衛をしていったら良いのか、さっぱり分からないわよ……」
俺とエリーヌの少し後ろを歩いて付いてくるリリィ先生もさっきから溜息ばかり吐いています。
何なの。この緊張感の無さは。
今から大事な勇者候補の最終試験を受けに行くっつうのに気合が足りなさすぎるやろ。
「――姫という孤高、かつ高嶺の花に近付くは、ミステリアスな魅力を放つボーイッシュな少女冒険者。嗚呼、これは出会いか。高嶺の花が百合と変わるとき、俺の心は嵐のようにかき乱され、そして可憐な花々を前に燃え上がる衝動を抑えることが出来ずに、俺は――」
「うるさいわ、さっきから」
パコン!
「あいたっ!?」
先頭を歩く阿呆グラハムが謎のポエムを呟き続けているので気持ち悪いから刀の鞘を投げました。
さすが、居合に特化した刀だけあって鞘がスッと抜けて気持ち良いね。
今度から何かある度にこの鞘を抜いて馬鹿グラハムの後頭部に投げつけよう。
「どうしたのでしょうか、お二人とも……。普段はもっと真面目にお仕事をされているはずなのですけれど、カズハ様と一緒だと、その、何というか、気持ちが緩みっぱなしとでもいうか……」
「あー……うん。そこは気にしなくてもいいよ、エリーヌ。たぶん、本能(?)とかで覚えてるだけじゃないかな」
「本能、ですか?」
首を傾げるエリーヌだけど、俺はあえて濁してその先は言いません。
まあ前に過去戻りしたときも似たようなことがあったからね。
どの世界線だろうと、元の記憶がどこかに眠っている可能性はあるんだろうし。
「いやそれよりもさぁ。お前らもっとやる気を出せよ。こんなんじゃいつまで経っても竜王にお目に掛かれないじゃんかよ」
「そこよ、そこ」
急に後ろからひょっこり顔を出してきたリリィ。
何なの。何か文句でもあるの。
文句があるなら尻相撲で決着付けようぜ。
俺ぜったいに負けないから。
「貴女の性癖とか、姫に対してどこまで本気だとか、そういうのはもういいわ。貴女が『予言者』だっていうのも姫から聞いた。竜人族が滅ぼされるのを防ぐために、貴女は竜王と竜姫に会おうとしているのよね?」
「うん」
「だったらその襲撃情報を王に報告するなり世界ギルド連合に提供するなりしたら良いじゃない。情報源が貴女の予言っていう点だけは引っかかるけど、そこまで詳細に襲撃までの日時や行動が見えているのであれば、説得力を持たせて話すことは可能だと思うのだけれど」
「それは無理」
「……はい?」
俺が即答すると若干眉を吊り上げたリリィ先生。怖い。
「俺さぁ、説明下手なんだよね。これまでの人生で、『説明』の部分で数えきれないくらいやらかして来ちゃってるから、やればやるほど沼にハマっていくと言いますか」
「……一体どんな人生を送ってきたのよ貴女……」
頭を抱えるリリィ。
いやいやいや。頭を抱えたいのは俺のほうなんですけれど……。
何回繰り返してると思ってるの! 人生!
「でも何故かカズハ様の言葉は真実味があると言いますか、嘘や偽りなどはまったく感じませんし……」
「それは姫様が恋しちゃってるから……いや、いいわ。そういう話になるとややこしくなるから」
「?」
今度はエリーヌが首を捻ります。
あまり俺の嫁を虐めちゃアカンよ。
そんなことよりグラハムが俺が投げた刀の鞘を舐めようとしているんだが誰も突っ込まないのか。
「あまり貴女のことを詮索する気はないけれど、姫に危険が及ぶことがあれば――」
「はいはい、分かってます。俺を拘束するなり、姫を逃がすなり、何なりとしちゃってください。俺だってできればエリーヌは巻き込みたくないんだし」
「カズハ様に付いて行くと決めたのは私自身です。大丈夫、きっと精霊様が私たちを守ってくれますから」
ニコリと笑い俺の腕に手を回してきたエリーヌ。
そして呆れ顔のまま首を横に振るリリィ先生。
刀の鞘を舐めようとしているところを俺に睨まれて口笛を吹いて誤魔化すグラハム。
どの世界線だろうと変わらない関係。
俺はこれを守るために、命を張ってます。
◇
アゼルライムスの街を出発し、歩くこと数時間。
ついに俺達の視界に勇者候補最終試験の会場であるアゼル湖が見えてきました。
ここに到着するまでにも何度かモンスターと遭遇したんだけど、戦わずして全て逃げられちゃったし……。
たぶんリリィの魔力が高すぎるからだろうな。
どうせなら少しくらいはレベル上げをしながら進みたかったんだけど……。
「見えてきましたね。アゼルライムス帝国最大の湖、アゼル湖。その歴史は長く、精魔戦争時代まで遡るとも言われておりますわ」
「昔は今ほどモンスターも多くなく、拙者も小さい頃は良くアゼル湖まで家族と遊びに来たものです。魔族との戦争が落ち着いたら、またここにも世界中の観光客が訪れるようになるのでしょうな」
エリーヌとグラハムは細い目で湖の方角を眺めています。
湖にはすでに数十名ほどの冒険者が試験開始を待っているみたいですね。
もう合格者って何人か出てるのかしら。
この最終試験は集団撃退戦だから、他の冒険者との協調性とかも採点されてるんだよね。
試験官も何人も居て、合格者は一桁とか、そんな感じだっけか。
「最終試験はアゼル巨雷亀の集団撃退戦ね。一日に一回、昼から夕方にかけてアゼル湖に出没する巨雷亀を集団で撃退し、勇者として必要な協調性・指導力・判断力などを総合的に判断する試験よ。これに合格すれば正式な『勇者候補』としての国家免許が与えられ、その中で最も優れた一人が精霊との契約を許されて『勇者』が誕生するわ。勇者の剣、《聖者の罪裁剣》を託されて、ね」
リリィ先生が詳しく説明すると、グラハムがうんうんと唸ります。
いやぁ、説明力がある奴がいると色々と助かりますなぁ。
「勇者とまではなれずとも勇者候補に合格すれば、世界ギルド連合加盟国への永久パスポートの配布、冒険資金の援助、装備品や雑貨、生活用品までのあらゆる物の免税・値引き購入、無担保でのGの借り入れ、宿屋の無料利用など、生活の全てにおいて恩恵を得ることが可能ですぞ。全ては憎き魔王を打ち滅ぼし、世界を平和に導くため。我々軍人も全力で勇者候補様らをサポートいたしますし、有事の際はそのお力を借り、国家危機を乗り切ったこともしばしば」
「でも最近は質が悪いのよね……。国家招集に応じない勇者候補も世界中に沢山いるみたいだし。税金で生活しているのは私達軍人も一緒だけど、勇者候補はそれよりも遥かに優遇されているんだから、有事の際くらいはさっさと集まって欲しいものだわ」
「言葉を慎めリリィ。気持ちは分かるが、これは帝国で何百年と続いた大事な儀式なのだ。全ては世界平和のため。お前だってそれくらい分かっているだろう」
「そうだけど……」
二人がなんかぶつくさ言ってるけど、まあその辺は今の俺には関係なし。
これから『竜王ルート』に向かうための大事な場面なんだから。
俺の見立てが正しければ、ここが『分岐点』のはずなんだけど……。
「……ん? おお、どうやらタイミングが良かったみたいですな」
グラハムの声で我に返ると、地面が徐々に揺れだしているのに気づきました。
うーん、どないしよ。このまま最終試験が始まって、本当にそれで良いものか……。
「どうしたの? 早く行かないと集団戦、始まっちゃうわよ?」
「ここで試験官に上手くアピールすることが出来れば、カズハ様は晴れて勇者候補になれます。そして勇者になった暁には、その、私との……結婚……」
なんか勝手に赤くなっているエリーヌだけど、俺には彼女の小さい声が耳に届きません。
うーん、うーん……。
竜人の里……。亀……。竜王ルートのヒント……。
「何を悩むことがあるのよ! 勇者候補に合格して竜王に会いに行くんでしょう? 竜宮城に行くためにも、さっさとあの亀を撃退して――。―――。―――」
「――――」
一瞬、頭の中が真っ白になりました。
今、リリィは、何を言った?
「ちょっと! 人の話を聞いてるの?」
「リリィ!!」
「きゃあっ!? な、何よ急に……。今の今まで固まってた癖に……」
俺は慌ててリリィの肩を掴んで揺さぶります。
『竜宮城』! 今、竜宮城って言ったよな!?
「リリィ! 『竜宮城』ってなに!?」
「へ? なにって……。オルドラド皇国の首都にあるお城の名前よ。まだその名称は世間に広がっていないけれど、古い文献を調べれば出てくる――きゃあっ!?」
俺はリリィの肩から手を離し、そのままアゼル湖に向かって突っ走ります。
繋がった……!! やっぱりここが竜王ルートで間違いねぇ……!!
「ちょ、ちょっと……何あれ……」
「いいから追うぞリリィ! 姫様は如何されますか?」
「私も追います! きっとまた『予言』が降りてきたんじゃないでしょうか……!」
俺の後を追う三人。
でも俺はもう、気持ちの高ぶりを抑えられないでいる。
『竜宮城』。『亀』。『竜姫』。そして過去に戻った『俺』――。
これはもう、あの昔話しかないじゃんか。
「カズハ殿! このまま我らもあの冒険者らと共に巨雷亀を撃退しますぞ!」
「しない!!! 亀は撃退しない!!!」
「…………は?」
だから、俺はこう叫んでやったんです。
「あの亀を全力で助けるぞ!!! お前ら!!!!」
「「「………………はい???」」」




