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三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず裸になることでした。  作者: 木原ゆう
第八部 カズハ・アックスプラントと竜人族の姫(前編)
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026 竜宮城に行くんだったらそら亀に乗っていきますよね。

 ――海底の国、オルドラド皇国。通称『竜人の里』。


 淡いエメラルドグリーンの海に広がる理想郷。

 精魔戦争以前より長きに渡り君臨し続けた竜人族は今、絶滅の危機を迎えていた。

 台頭してきた人間族と魔族との戦争は海を汚し、そして一人、また一人と竜人族の命の灯は消えてゆく。

 寿命三百年と言われている彼らでさえ、母なる海を汚されては命を繋ぐことは困難であり。

 また女児が生まれにくい彼らの性質もあってか、子孫の数はここ数百年の間で急激に減少した。


 『このままでは竜人族は絶滅する』。


 皇王であるオルドラドの言葉は人民の心に暗い闇を落とし、あとは静かに終わりの日を迎えるだけだと思われた。





 ――オルドラド皇国首都、竜宮城にて。


「イーリシュ様ぁ……! イーリシュ様はどこにおられますかぁ……!」


 人の十倍は優に超えるであろう巨体を揺らし、城の中を隈なく探す一人の竜人族。

 これだけ広い城の中でも一際存在感のある彼のしわがれた声は音波となり海底に広がっていく。


「そんなに大きな声を出さなくても聞こえていますよ、金閣。貴方の声は城のどこに居たって響き渡りますから」


 城の奥。その一角にある開けた場所から現れた可憐な女性。

 その透き通るような声は聴く者を魅了し、そして命さえも差し出す屈強の戦士となる。


「あー……良かったぁ……。イーリシュ様、また王に内緒でどこかに出かけているのかと思いましてぇ……」


「あら、そんなにしょっちゅう抜け出していたかしら」


「昨日も、一昨日もですよぉ……。王様に見つかったらおいらが叱られるんですからぁ……」


 金閣と呼ばれた男は口を尖らせその場で地団太を踏んでいる。

 巨体に似合わず子供っぽい言葉遣いを使う男を見て、イーリシュは軽く微笑んだ。


「銀閣は? お父様の所?」


「そうですよぅ……。王様が重要な話があるからって、イーリシュ様を探してくるようにおいらに命じたんですぅ……」


「重要な話?」


 眉を潜めたイーリシュは首を傾げたまま思案する。

 普段は寡黙な王がこの国の姫と宰相二人を同時に王の間に呼ぶことなど、ここ数年は無かったことだ。

 この広い海の中で竜人族は静かに暮らしている。

 他の種族との関りは限定的であり、数年に一度ある世界ギルド連合との会合くらいしか人間族と接することもない。

 となれば、可能性は一つだけ――。


「……魔王軍が動いたってわけね」


「……はい……恐らくは……」


 大きな体を縮こませ震え上がる金閣。

 竜人族一の力持ちである彼でさえ、悪逆非道の限りを尽くす魔王軍は恐怖の対象である。

 そもそも竜人族は争いを好まない種族であり、人間族との交渉の条件は唯一つ、『和平』である。

 そんな彼らを政治的に、もしくは戦力として利用しようとする人間族の思惑に疑念を抱いている竜人族も多い。


「行きましょう。まずはお父様から話を聞いてからだわ」


「あぁ……! 待ってくださいぃ……! 姫様ぁ……!」


 先に王の間へと向かうイーリシュを慌てて追う金閣。

 彼の進む先にはまるで大きな海流が発生したかのような様相であった。





 ――オルドラド皇国首都、竜宮城。王の間にて。



「遅いぞ金閣っ! 姫様を探すのに何時間かかっているのだっ!」


 耳を劈くような甲高い声で早口でまくし立てる巨漢の男。

 金閣と同じく人の十倍はあろうかという図体であるが、その身はあまりにも細く、頬がこけている印象の大男である。


「ごめんー……銀閣ー……。だってイーリシュ様、いつもどこかに姿を眩ませるからぁ……」


「言い訳はいいっ! さっさと王の御前に集まらんかっ!」


「ううぅ……」


 キンキン声でまくし立てられた金閣は半べそを掻きながら王の御前へ向かう。

 金閣と銀閣。

 数百年に渡り皇王ギルロバース・オルドラドを支えてきたこの国の宰相は、ある意味で竜人族らの平和の象徴でもあった。

 百戦錬磨の猛者であった彼らを王が自らの力をもって服従させ、この国の平和のために竜宮城に招いたことは、竜人族の子らであれば誰もが知っている御伽噺である。


「……よい。久しいな、イーリシュよ」


 城中に響き渡る重低音。

 金閣、銀閣よりも遥かに小さな体ではあるが、それでも人の身丈の三倍はあろうかという大男。

 この国の皇王、ギルロバース・オルドラド。

 彼の発する声は聴く者を服従させ、また服従した戦士達は『海の力』を得るとされている。


「ええ、お父様。三年ぶり……くらいかしら」


 二人の巨漢に挟まれ、王の御前で跪くイーリシュ。

 たった一人の愛娘を前にしても王は表情を崩さず、ただ淡々と言葉を発するだけだ。


「……銀閣。説明を」


「はっ」


 王に促された銀閣は二人を王の間に集めた理由を説明する。

 まず初めに、竜人の里の魔法結界が解かれてしまったこと。

 そしてその隙を突かれ、魔王軍に竜人の里の所在を知られてしまったこと。

 さらには四魔将軍の一人、魔屍王ゼロスノート率いる不死の軍勢が里に迫っていることなどである。


「……まさか……こんなに早く?」


 驚愕の表情を浮かべ、口元を押さえるイーリシュ。

 海での戦いは竜人族が遥かに優位であり、魔王軍が攻めてくる余地などないとの認識が少なからず彼らにはあった。

 しかしそれがいとも簡単に崩されている現実に彼らは驚愕し、そして口を開くことすらできないでいた。


「……結界の消失は我の魔力が減衰したからだ。そして魔鳥王に所在を特定され、魔屍王の軍に攻め入れられておる。全ては魔王セレニュースト・グランザイムの計画であろう。奴は何十年も前からこの日のために計画を練っていたのだ」


「そ、そんなぁ……!」


 情けない声を上げる金閣。

 その姿に睨みを効かせる気力もない様子の銀閣。


「……そうか、『アゼル巨雷亀の卵』……。彼らが無人島で採取したのは、それだったのね……」


「そういうことだ。我々よりも相手は一枚上手であった。奴らの目的は恐らく『これ』であろう」


 王は立ち上がり、王の間に保管されている竜槍を手に取る。

 竜槍ゲイヴォへレスト――。

 神器の一つとされた竜人族の秘宝でもあるこの槍を魔王軍に奪われれば、世界の情勢はまた一歩魔王軍にとって有利となるであろう。


「それともう一つっ! 魔屍王の動きに異変が見られますっ!」


「異変?」


 銀閣の言葉を聞き眉を潜めるイーリシュ。

 かつて戦場で一度だけ対立したことがある相手だけに、彼女はその力量を十分に理解していた。


「……恐らく奴の目的は竜槍以外に・・・・・もう一つある・・・・・・、ということだ。『魅惑の姫』――。奴は何度もその言葉を戦で発している」


「……まさか……」


 雷にでも打たれたかのような悪寒が彼女の全身を貫いていく。

 魔屍王の残虐性と嗜好性は他種族にも広く知られている話だ。

 奴に狙われた女達の末路がいかに残酷であったか――。

 考えるだけでもおぞましい話である。


「イーリシュよ。お前は前線には出ず、竜人の里から離れるのだ。国は我と金閣、銀閣。そして屈強な竜人族の戦士で守り切る」


「そんな……! 納得いきません、お父様……! 私も戦います!!」


「ならぬ。おぬしが死ねば竜人族の血は途絶える。おぬしらも知っての通り、我の命の灯はもう消えかかっておるのだ。竜槍を持ち、国を出よ。これは命令だ」


「……」


 顔を伏せ、拳を握りしめるしかできないイーリシュ。

 彼女に言葉を掛けようとする金閣だが、唇を噛み締めそれを耐える。


「……分かりました」


「分かれば良い。早急に出発の準備をしろ。金閣、銀閣。戦の準備を」


「はっ!」


「は、はいー……!」


 項垂れたままの姫を残し、王は二人を連れて王の間を出る。

 イーリシュの拳には血が滲み、宮殿の床には紅い点が滴り落ちていた。

 女。女。女――。

 何か起きれば王はいつもそれを口にする。

 私は子を身籠るだけしか能のない竜人なのだろうか。

 どうして女などに生まれたのだろう。

 父とともに戦場を駆け抜け、命を賭けてこの国を守りたいというのに。


 きっと、父は死ぬつもりだろう。

 私一人を守るために、この国を犠牲にする覚悟なのだ。

 金閣も銀閣も、この国の人民も。すでにその覚悟ができている。

 これは定められた運命なのだろうか?

 誰がそれを決めたのだ? 運命に抗うことは罪なのか?



「……私は……私はっ――!」



 竜槍を掴み、その場を走り去る竜姫。

 

 彼女の去った後には紅い点とは違う一つの滴の跡が残されていた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 祝累計400話おめでとうございます! [一言] カズハさんは間に合うのだろうか……
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