三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず誕生することでした。
「ああ、もう幸せですわ……! 私、いつ死んでも構いません……!」
「……」
闘技場内にある食堂の一角。
俺はレイさんに腕を掴まれたまま強制的に椅子に座らされています……。
「はい。カズハ様。あーん……」
「むぐっ!?」
スプーンを無理矢理口の中に突っ込まれて危うく噴き出しそうになりました。
何度も言うけど、この細い身体でこの怪力は一体どこから湧いて来るんでしょうか……。
もしかしてレイさんもチート転生者か……?
「はぁ……。ようやく警備兵の職務質問から解放されたと思ったら……。あの二人は一体何をしているのでしょうか」
「本当アルよ。イチャイチャするなら、どこか別の個室でこっそりとして欲しいアル」
俺達とは少し離れた席で文句を言っているルルとタオ。
お前ら馬鹿だろ!
レイさんと個室なんかに入っちゃったら、俺の貞操が危ないだろうが!
この前なんか病気で寝込んでた俺を全裸にしておさわりしてたくらいなんだから!
レイさんは本物なんだよ! 本物のアレなんだよ!
「それにしてもこの剣士……。危険な波動を感じるな」
「へ? 危険な波動……?」
ルルとタオとは反対側の席に座っているセレンがぼそりとそう呟いた。
危険な波動……うん。
確かにヤバいくらい危険だとは思うけど……。
でも魔王様が波動として感じるくらい危険だとすると、もしかしたら人前でも躊躇せずに俺の貞操を奪おうとしてくるとか……?
それアカンやつや!
痴女も真っ青だね!
「あの、レイさん。腕が痛いというか、折れそうというか……。そろそろ離して欲しいんですけど」
俺の腕に頭を擦りつけて嬉しそうにしているレイさんに話しかけてみます。
一見すると羨ましそうに見えるかも知れないけど、死ぬほど痛いからね。腕。
俺がレベル99じゃなかったら取れてるかも知れない。腕。
それにさっきからハァハァと鼻息も荒いし……。
「……はっ! 私としたことが、つい……。カズハ様の匂いに溺れてしまって、つい肺の中をカズハ様で満たしたい欲求に駆られてしまいまして」
「もう表現からして色々と怖い!」
レイさんの頭を押さえて無理矢理ひっぺ剥がそうとしても全然動きません。
それどころか俺に頭を掴まれて恍惚の笑みを浮かべているレイさん。
……うん。もう正直こうなると気持ち悪い……。
どうしてこんな百合少女に目を付けられてしまったんだろう……。
「カズハ。そろそろ説明して下さい。この方は誰で、どうしてこんなことになっているのか」
業を煮やした幼女がついに椅子から立ち上がりました。
お? もしかして妬いているのか……?
まったく……。仕方ないなぁ。
結局みんな俺のこと大好きなんだから。
「レイさん。みんなにレイさんのこと紹介するから、ちょっとだけ離れて。良い子だから」
「い、良い子……! ああ、カズハ様に良い子と言われてしまいましたわぁ……!」
頬に手を当てて喜んでいるレイさん。
俺はその間に椅子をずらし、ちょっとだけ離れます。というか逃げます。
「ええと、この人はレインハーレイン・アルガルドさん。昨日、俺が急に体調を崩して、この食堂で倒れていたところを助けてもらったんだ。それとみんなもさっき野次馬から聞いたと思うけど、今大会の優勝者みたい」
さらっとレイさんのことを紹介すると、さっきまでのデレ顔とは違い可憐な少女に変身した彼女。
一体どれが本当のレイさんなのか、さっぱり分かりません……。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私、王都アルルゼクトからエーテルクランの街に武者修行に参りました、レインハーレイン・アルガルドと申します。ここにいらっしゃるカズハ様とは運命的な出会いを果たし、今まさに幸せの絶頂を迎えて――」
「はいストップ。それ以上は言わなくていいです」
「はうぅ……」
俺が制止すると泣きそうな顔を俺に向けてきました。
……一応、俺の言うことはそれなりに聞いてくれるみたいだ。それなりに、だけど。
「……昨日、カズハと何があったかは聞かないとして……。でも凄いアルね。闘技大会で優勝しちゃうアルなんて」
一瞬だけジト目で俺を睨んだタオがレイさんにそう言いました。
昨日のことは俺も早く忘れたいです……。
「いいえ、そんなことは御座いません。決勝戦で対戦させていただいた異国の剣士様とも、互角の勝負でしたから……。結局、最後は判定勝ちでした。運が良かっただけですわ」
そう答えたレイさんは少し恥ずかしそうに顔を伏せました。
へー、判定勝ちだったのかぁ。
でも相手はあのアルゼインだからなぁ……。
互角に戦っただけでも相当強いことに変わりはない。
「……レイ、と言いましたか。さきほどセレンが『危険な波動』と言いましたが……。私にも感じます。貴女の波動を」
さっきからじっとレイさんの話を聞いていたルルが彼女に近づいてくる。
あれ? お前も波動を感じてるの?
でも、それってきっと『変態の波動』とかなんじゃ……?
「あら、お嬢様。実は私もさっきから気になっておりましたのよ。カズハ様のパーティに、こんなに可愛らしいお嬢様がいるなんて……。…………ねぇ、セレンさん?」
「……おい貴様。どうして今、我ら全員を見回して最後に我の名を口にした」
「あら、ついセレンさんのお子様だと……」
「む?」「何だと?」
あ。今、二人同時に地雷を踏んじゃった。
そりゃ、怒るよレイさん。精霊と魔王を親子に間違えたら……。
まあでも、この中で一番母親っぽい奴っていったらセレンだわな。
タオは精神的にお母さんってだけで、まだ子供がいるようには見えないし。
「言っておきますが、私はあのような邪悪な者とは縁もゆかりもありません。それよりも――」
意外なことにルルはレイさんの言葉をさらっと流した。
そして彼女の手を取り、自身の額にそれを翳す。
「これは……?」
レイさんとルルが淡い光に包まれていく。
神秘的な光景に息をのむタオ。
しかし俺はこの光景に見覚えがあった。
これは『勇者』と『精霊』の儀式……?
――数秒の沈黙。
そして口を開いたルルの目には落胆の色が垣間見えた。
「……ふぅ。違ったようですね。私の勘違いでしたか」
レイさんから手を放したルルは再び彼女に質問する。
「貴女は先ほど『王都から来た』と言いましたね。もしや、親類の方で勇者候補がいるのでは?」
「え? あ、はい。私の兄、ゲイル・アルガルドが先日、王都で行われた祭典で正式に勇者として任命されましたが……」
「…………え?」
……今、なんて言いましたか?
レイさんのお兄さんが、勇者になった……?
「あー、なるほど。だからこの街に来たとき、街の入口に立っていた警備兵さんに怪しまれたアルね。『この国の今の状況を知らんのか!』って怒られたアルし」
「そういうことか。どうりで街の人間が少なすぎるわけだ。この街のほとんどの者が王都に出払っているというわけか」
「はい。祭典時には国中から人々が王都に集まりましたし、その後片付けもまだ残っておりますからね。今、この街に来ている方々は闘技大会の入賞者、もしくは彼らの仲間登録を求める冒険者だと思いますわ」
「……」
みんなの話が全然頭に入ってきません……。
いや、勇者が任命されるのは別にいいんだよ。
だって俺はこの三周目の世界では勇者になれないんだから。女だし。
問題は『時期』だ。
このタイミングでの勇者任命はあまりにも早すぎる。
……あれ? もしかしてそれでグラハムがこの街に来ているのか?
手薄になったエーテルクランの警備に、奴が王都から派遣されたと考えれば辻褄が合うし……。
「……なあ、レイさん。お兄さんが勇者に任命されたのって、なんか『特例』とか出されたのか?」
「あら、カズハ様はご存じでしたか。そうなんです。実は先日、魔王城の様子がおかしいとのことで王都から調査部隊が派遣されまして」
「魔王城の様子がおかしいだと?」
セレンが俺を睨みつけました。
ついでにルルやタオも俺を睨んでいます。
……うん。
なんか嫌な予感がします……。
「調査の結果、今までよりも遥かに強い魔力が検知されたとのことで、王都も緊急に勇者の任命を行い、部隊の編成を急がなければならなかったようで……」
「……」
……アカン。これ絶対、ラスボス魔王のことだ……。
つまり、俺がセレンをお持ち帰りしちゃったから、あいつが新たな魔王として蘇ったんだろう。
現職の魔王を倒さなければ、ラスボス魔王は復活しないと考えていた俺が甘かった……。
ということは、今後の展開も大きく変化しちゃうのかな……。
うーん、どうしよう。
なんか面倒臭いことになりそうな予感……。




