010 結局俺はどの世界線へ行ってもこういうことをしてしまう馬鹿なんですね。
『 ――精魔戦争時代から残る様々な希少種族の中で、現在最も力を蓄えているのは竜人族であろう。
かの種族は戦時中、精霊軍にも魔王軍にも加勢しない中立軍として独立国家を築き、長き年月の間繁栄し続けてきた種族でもある。
しかしその生態は謎に包まれており、歴史書を開けど彼らの住む国はどこにも存在しないとされている。
一説には海底深くに国が存在するとされるも、それを証明する術は無く、科学者の間では眉唾物とされてきた。
しかし近年、ゲヒルロハネス連邦国における魔導技術の進歩やドベルラクトス国の魔工技術の発達により、少しずつではあるが竜人族の秘密が明らかになってきた。
彼らの王、ギルロバース・オルドラドは数百年もの間生きながらえてきた戦士であるが、近年その力は衰え、一人娘とされる竜人族の姫イーリシュ・オルドラドに近く王の座を譲ると噂されている。
しかし娘のイーリシュは争いを好まず、竜人族の間でも彼女が正当な後継者を名乗るのを嫌う者も少なくはない。
また彼女のもつ美貌と彼女が受け継ぐであろう王族財産を巡っては竜人族以外の種族も名乗りを上げるほどであり、中でも彼女を中心とした勢力を取り込もうとしているのが第二十三代魔王セレニュースト・グランザイム八世だとも言われている。
魔王軍と竜人族が手を組む事態となれば、世界ギルド連合としても過去に類を見ないほどの脅威となり、第二次精魔戦争を引き起こすきっかけとなるかもしれない。
これを受け第四百五十二回主要六か国協議において最初の議題となったのが『竜人の里の調査及び竜人族の保護・資金援助』である。 ――ギルド広報第509号より』
『 竜人族が住むとされている地域は世界各国から様々な情報が寄せられている。
その中で最も信ぴょう性が高いとされている場所はドベルラクトス国より遥か南に位置する無人の島とアゼルライムス帝国より東に数百ULに位置するこちらも無人の島群である。
だがどちらも世界ギルド連合による調査が入るも、かの種族が生活したとされる痕跡は何一つ発見ができなかった。
しかし、ゲヒルロハネスの魔導技術推進委員会によれば、世界ギルド連合の調査の以前に魔王軍による調査部隊が先行していたとされる証拠を各島で押収したとされたものの、未だその真意は不明である。
我々世界ギルド連合としても、憎き魔王軍よりも先に竜人族の消息を掴み、かの国を独立した国家と認め、世界平和のために協力を仰いで魔王を討伐することに全力を注ぐ所存である。 ――ギルド広報第558号より』
『 世界ギルド連合による長年の調査の甲斐もあり、また魔王軍の急速な軍事発展の影響もあってか、ついに竜人族の王、ギルロバース・オルドラドが公の場に姿を現す事態となってから今日でちょうど一年となる。
帝国を始め共和国、連邦国、公国の要人と数ヶ月に渡る協議の末、ついに竜人族の住む国の在処が世界に明るみになろうとしている。
しかしその手順は複雑かつ慎重に進めねばならず、近年軍事緊張を高めている魔王軍の動きにも警戒しなければならない。
世界ギルド連合は帝国に勇者育成のための準備資金を例年の倍にあたるおよそ35億G(現在の主要為替ルートに換算すると約45.5億U、約3515億Z)を用意すると約束。
これによる為替の値動きが加速し、各国への配慮に気を割かねばならない事態となった。
それほどまでに脅威とされる竜人族。
かの種族が人間族の味方となることを大きに期待したい。 ――ギルド広報第1999号より』
◇
「あー…………目が痛いー…………」
時刻はとっくに0時を回っております。
この王立図書館は現実の世界でいうところの18時くらいに閉まっちゃうんだけど、エリーヌが司書さんにお願いして閉館時間後もこうやって使わせてもらっています。
こりゃアレですね。司書さんはエリーヌが王女だって知ってて貸してますね。図書館。
まあ俺としたら好都合なわけなんだけど……。
「これですべてですね。竜人族に関する大まかな記事はこの三つ。ギルド広報の第509号、558号、1999号」
「うん。サンキュー。俺一人じゃここまで探せなかったし、こんな夜遅くまで付き合わせちゃってマジで悪い」
そのまま大きく伸びをして、目をぱちくりとさせます。
あーマジ疲れた……。字はちっさいし、量は多いしで、もう死にそう……。
「ふふ、やっぱり貴女、変わった方ですね」
「へ?」
山積みにされた資料を片付けながら、エリーヌがこっちを向いて笑っています。
ていうかこれ片付けるのかよ……。よく嫌な顔ひとつしないでやるよなぁ、エリーヌ……。
「気付いていませんか? 『口調』。最初会ったときと今とで、全然違うんですもの」
「口調? ……あっ」
慌てて口を押えるも、すでに遅し。
あまりにも集中しすぎて演技するのをすっかり忘れていましたとさ。
……もしかして名前も聞いていない彼女のことを『エリーヌ』とか呼んでなかったかしら。
「やはり、聞かないのですね」
「き、聞かない? な、何が?」
ずいっと俺の目の前に顔を寄せるエリーヌ。
彼女の吐息が掛かりそうで、今の俺には頭がクラクラするくらい魅力的な表情です。
まあそりゃそうか。この顔も含めて全部好きなんだから。彼女のことが。
「ごまかさなくても良いですよ。名前です、名前。貴女は自分の名前も名乗らないし、私の名前も聞かない。朝からずーーっと資料を探すのを手伝っているのに、ですよ? 普通は最初に聞きますよね?」
「……」
……アカン。もうすでにバレそう……。
ていうか近い。そんなに近いと理性が飛んで彼女の唇を奪ってしまいそう……。
「もう閉館時間はとっくに過ぎていますし、国の持ち物である図書館を個人の自由で勝手に使えるわけがない。なのに貴女は何も聞かずに、黙々と資料を探すだけ。……まあ気付いたのは司書の方が先ですけれど」
「司書? ……あー」
確かにエリーヌが司書に掛け合っているとき、受付からこっちをジロジロと見ながら何か内緒話をしてたっけ。
で、一旦帰った後にもう一度来て、エリーヌに何か伝えていたような気がします。
まあ横目でちらっと見ただけで気にしてなかったけど。
それでも黙っている俺を見て彼女は一旦溜息を吐きました。
そして何やら懐から紙を取り出して机の上に置きます。
……うん。
これ、俺の勇者候補生の履歴書……。
しかも魔導技術で撮った写真付き……。
「『勇者候補生受験者No.1299875 カズハ・アックスプラント』――。貴女はこれから二次試験のために装備を整えて始まりの洞窟へと向かうはずでしょう? なのに図書館に一日中籠って竜人族に関する資料を漁っている……。そして恐らくは私の正体に気付いているはずなのに、何も聞かない」
「あー、うー、えー、っと……」
アカン!! 思いの外エリーヌがするどい!!
どうしよう……。正直に話すわけにもいかないし……。
でも逃げ出したらきっと捕まるよね。
事情を知っている司書が真夜中にこんな場所に姫を俺と二人っきりにしておく筈もなく……。
うーん、何人だ……? レベルが1に戻っちゃってるから、姫の護衛兵士から逃げるなんてできっこないだろうなぁ。
つまり、それなりの理由で彼女を納得させて、この窮地を脱しないといけない――。
「……何も聞かないのでしたら、私から名乗りましょうか。私はこの国の王女、エーーんっぐ!?」
……はい。すいません。結局俺にはこれしかありませんでした。
いや違うんです。彼女の顔があまりにも近かったのと、資料と何時間も睨めっこをしてて頭がボーっとしちゃってたんです。
だって普段こんなことしないもん。こういうのはユウリやリリィに任せてたんだもん。
だから俺は悪くないもん。
――エリーヌの唇を奪ったって。
「……ぷはっ! あ、あ、貴女は!!」
「「エリーヌ様!!!」」
はい来ました。姫の護衛。数は……二名か。
さっきの司書はいないっぽいから、この二人さえどうにかできれば逃げ出せる。
陰魔法は……まだ覚えていない。ていうか初期装備の『麻の服』しかない。
彼女を人質にすれば……いや、エリーヌのほうが今の俺より遥かに強い。
さあて、どないしよ。
「ごめん、エリーヌ。愛してる。今日のこと、親父さんには黙っていてくれ。頼む」
「あ……待ちなさい!」
彼女の言葉に耳を傾けず、言いたいことだけ言った俺は三枚の資料を片手に護衛とは逆方向に走り出します。
これが原因で手配書とか出されたら勇者どころか勇者候補にもなれずに終わるけど、きっと彼女は『内密』にするとの確信があります。まあ一応俺の嫁だからね。
護衛は一人だけ俺を追ってきているけど、騒ぎを大きくする気はなさそうです。
おーし、これなら振り切れる。
「エリーヌ様。お怪我は?」
「え、ええ……。大丈夫よ。でも、あの女性は一体……?」
鍵の掛かっていない扉を開け放し、俺は暗がりの中、図書館を飛び出して行きました。




