007 ブレないグラハムさんに敬意を表します。
アゼルライムス帝国、帝都アルルゼクト。
その城下町でもある『始まりの街アゼルライムス』がこの異世界における冒険のスタート地点だ。
町にはギルド、武具屋、雑貨屋、鍛冶屋や洋裁店、酒場など人々の暮らしに必要な施設は一通り揃っている。
俺の家は町の一番隅っこのほうにある一軒家で、この異世界の家族はお母さんだけ。
お父さんは元帝国兵だったらしいんだけど、魔王軍との戦いの最中に命を落としたんだとか。
……まあ本当の母と父ではない、この異世界の『設定上』の関係なんだけど。
「竜王を探すって言っても、今までの三回の人生でそういうイベは発生してないからさっぱり分からんのだけど……。うーん、まずはギルドからかなぁ」
お母さんには、城に行って王様と謁見するって言って家を出てきたものの。
どうせまた『女じゃ勇者になれない!』とか怒鳴られて追い出されるのは明白だし……。
……あれ? でも男尊女卑のこの世界で俺が勇者にならなかったら誰がなるんやろか?
一周目じゃゲイルは勇者にならないはずだし……。
やっぱ三周目なのかな、この世界は……?
「おや、お嬢さん。何か困りごとかな?」
一人ブツブツ呟きながら歩いていたら、急に声を掛けられて立ち止まります。
人一倍身体が大きな男。髪は短めで、背中には帝国製の槍があるのが見えます。
……ていうか、グラハムです。
「あー、そっか。お前に聞けば早いか」
「??」
グラハム・エドリード。別名、変態紳士。馬鹿。アホ槍士。挙げていたらキリがない男。
そして竜王といえば、その娘に竜姫がいたはず。
この馬鹿が竜姫と色々あったことは重々承知しています。
「グラハム、竜王について知っていることを全部教えてくれ」
「……はっはっは!」
「うわビックリした!!」
いきなり大声で笑いだしたグラハム。
どうした。この世界の初対面でも頭おかしいキャラ全開か。知ってたけど。
「お嬢さん、人に物を尋ねる前にまずは自身の名を名乗るのが礼儀ってものではないか? 俺の名を知っていたことには驚いたが、そのような無礼者に教えてやる情報など持ち合わせていないのでな」
「…………」
いきなりミス。馬鹿だと思って焦ってしまった……。
さすがに今のは俺が悪いんだけど、なんだろう、このイラっとした感じは……?
殴りたい。今すぐこのドヤ顔をしているグラハムを殴りたい。
でも我慢。とにかく情報を集めない限りは身動きがとれないから。
よーし深呼吸。そしてグラハム好みのめっちゃ可愛い声を準備して、と……。
「あっ、そのっ、す、すいません……! 憧れのグラハムさんに声を掛けられたから、き、緊張しちゃって……!」
「……ほう?」
……うん。釣れた。いとも簡単に。
目つきで分かる。この良からぬことを考えているアホの目。
女にはとことん甘く、たとえ騙されたとしても相手を決して恨まない。
ある意味尊敬できるわお前のその性格……。
「わ、私、『カズハ』って言います。これから王様に謁見に行くところだったんですけど、どちらにしても女の私じゃガロン様に相手にしてもらえないだろうと思って、その、これからどうしようかと思っていたところで……」
精一杯モジモジしながら、上目遣いで、ピンク色の声を出して馬鹿から情報を引き出そうと試みます。
……やばい吐きそう。自分がキモすぎて。
「ほ、ほう……。(やばい可愛いこの子めちゃ好み! 彼氏とかいるだろうか……。いや、いきなり『彼氏いる?』とか聞いたら変な男だと思われるやもしれんし……うーむ。ここは親身に話を聞いてやりながら、そこの喫茶店でお茶を誘いつつアプローチを)ぶつぶつぶつ……」
「…………」
心の声が駄々漏れしとる……。ていうか口の動きで分かる……。
やっぱ馬鹿なんだな、グラハムよ。知ってた。
「……はっ! し、失礼お嬢さん。ええと、カズハさん。話を詳しく聞きたいから、そこの喫茶店でお茶でもどうかな?」
「えっ? でも……」
「大丈夫、何もしないから。俺はこう見えても紳士なのだよ。だから安心して身も心も――」
「なーにが『身も心も』ですって?」
突如グラハムの背後で女の声が聞こえてきました。
この声は――。
「り、リリィ!」
「またこんな街のド真ん中で若い女の子に声を掛けて……。あなた、今日何回目? いい加減サボっていると兵士長に言いつけるわよ?」
腰に手を当ててグラハムを睨んでいるのはリリィ・ゼアルロッドだ。
はぁ……駄目だ。作戦失敗。
生徒会長顔負けのリリィに見つかった時点で、もうお色気作戦は成功しません。
くそ、さっさと俺からこの馬鹿を喫茶店に誘えば良かった……。
「い、言いがかりはよせ! 俺はこの子に声を掛けられて、それで――」
「いーいーかーら。これから私達、大事な昇格試験でしょうに。こんなところで油売っていないで、帝都に戻るわよ。お嬢さん、ごめんなさいね」
「いでででで! 耳を……耳を引っ張るんじゃない!!」
グラハムの耳を引っ張り、その場を後にしようとするリリィ。
……ん? 昇格試験?
確か俺の記憶だと、まだこの頃のグラハムは帝国一兵卒で、リリィはまだ魔法士官学校在住の予備兵とかじゃなかったっけ?
この二人は士官学校時代の同期なんだけど、リリィは女だから他の兵士よりも初期の出世が遅かったって聞いてたけど……。
まあ最終的には実力で世界で五本の指に入る大魔道士になったわけだけど。
そのリリィがグラハムと一緒に昇格試験を受ける……?
「あ、あの!」
「うん? 何かしら?」
「この世界――いや、この国って『男尊女卑』なのではないですか? 女性の貴女が昇格試験って……」
「はぁ? 一体何を言っているの? 男と女で性差別なんてあるわけないじゃない。現に『勇者候補生』だって半分近くは女性で占められているわよ」
「…………はい?」
つい素っ頓狂な声を上げてしまう俺。
やっぱり、何かがおかしい……。
状況的には『一周目』に近い世界なんだけど、所々で設定が異なっている。
『男』であるはずの俺が『女』で。
『男尊女卑』であるはずの世界が『男女平等』。
こうなってくると、確認したいことがもう一つ――。
「もう良い? 私達、今忙しいのよ」
「あっ、さ、最後にもう一つだけ!」
「……はぁ。どうぞ。それに答えたら私達は行くわ」
「魔王は『男』ですか? 『女』ですか?」
魔王セレニュースト・グランザイム八世。
俺と同じく一周目と二周目では男であり、三周目に女に性転換した、今回の世界平和のためのいわば『鍵』のような存在だ。
もしも俺と同じく彼女が『女』なのであれば、情報の少ない竜王を探すよりも、これまで通り魔王攻略まで進めて彼女と接触することができれば、何かしらの解決法が見つかるかもしれない。
彼女は三周目の世界で俺の眷属となった。つまり俺と『血と血が繋がった状態』だ。
その繋がりから彼女の記憶を呼び起こすことができれば――。
「……このお嬢さん、頭でも打ったの? それともあなた、もう何かしたの?」
「お、俺のせいではないぞ! いや、それよりも『もう』とはなんだ『もう』とは!!」
ため息交じりにそう言ったリリィは耳を抑えたままのグラハムに言い寄っています。
……あれ? この反応から察するに……?
「男尊女卑とか言ったり、魔王の性別を聞いてきたり……変わった子ね貴女。いい? 魔王セレニュースト・グランザイム八世はれっきとした『男』よ。この世の誰もが恐れる、そして世界が最も憎むべき魔族の王。ここにいるグラハムも相当デカいけれど、彼の三倍くらいはあるんじゃないかしら。はい、これ。世界ギルド連合の手配書。話はそれだけかしら。用が済んだのだったら私達はもう行くわね」
「あ……」
彼女は手配書を強引に俺に渡し、グラハムを引き連れて帝都の方角へと向かっていきました。
俺は唖然としたまま手配書に目を落とします。
そこには魔工技術か何かで撮影された魔王の姿と『危険度S』の烙印があります。
「この手配書……一周目のときのやつじゃんか。危険度も同じ……。セレンは『女』ではない……」
アカン。また振り出しに戻ってしまった。
こうなると眷属の儀の効果も期待できないだろうし……。
やっぱキーワードは『竜王』か……。
「……仕方ねぇ。大人しく王様のところに行くっきゃないかぁ」
手配書を破り捨てた俺はその足で帝都に向かうことにしました。




