004 たとえ世界そのものが敵に回ろうとも俺は仲間を死なせない。
まるで眠っているかのように、魔界の花が咲く草原で横たわっているセレン。
俺は跪き彼女の頬に手を当てる。
まだ身体は冷え切っておらず、彼女のほんのりとした温かさが掌を通じて伝わってくる。
セレンが、死んだ――。
どうしてこうなったのだろう。
そしてこの現実を受け止めきれるわけがない。
過去を変え、現実を変えてきたこの俺に、彼女の突然の死など――。
「まず初めに、今のこの世界の成り立ちからおさらいじゃ。今儂らがおるこの世界は、こことは違う異世界から召喚されてきたカズハ――つまり『慄木和人』を主軸として形成された『第三の世界線』の上に成り立つ、言わば、非常に危うく、そしてアンバランスとも言える世界なのじゃ」
「『異世界から召喚』……? 『第三の世界線』……?」
メビウスの言葉に混乱しているライム。
すでに以前にその話を聞いているゲイルは特に口を挟むことなく、腕を組んだまま魔女にその先を促している。
「本来であれば『第一の世界線』で慄木和人は『カズト・アックスプラント』として転生し、仲間と共に魔物を倒し勇者となり。そして世界を破滅へと導く魔王を倒したのちに、彼の物語は終わりを告げるはずじゃった」
「――しかし、そうはならなかった。魔女メビウスから時を巻き戻す魔力が宿った『宝玉』を奪い取った魔王は、それを自身の体内に封印していた。魔王を倒し、出現した宝玉にカズハが触れた瞬間、この馬鹿は『第二の世界線』に飛ばされてしまう、だろ?」
メビウスの言葉に続くゲイル。
でもそんなことはとっくの昔に起きたことで、今更セレンが死ぬことと直結しているわけが――。
「そして『第二の世界線』から、『第三の世界線』へと跨ぎ、今に至るというわけじゃ。さっきも言ったが、この第三の世界線は非常に危うく、脆い。だからこそ、このアンバランスな状況を正常に戻すために世界は動く。となれば自然と疑問が湧き出てくるじゃろう?」
「疑問……?」
さっきからメビウスが何を言おうとしているのか理解ができない。
俺の頭の中はセレンのことで一杯だから……?
それとも、俺は――。
「……読めたぜ。だから俺は改心できたのか。ずっと疑問に思ってたが、これが『答え』というわけだな」
「? ゲイル、お前何を言って――」
「こやつ――『ゲイル・アルガルド』は第一の世界線、第二の世界線共におぬしの前には登場せぬ人物じゃ。しかしこやつも他の仲間らと同じく、それらの世界線でも生きておる。元の世界線でゲイルは、世界が平和になった後にエーテルクランの闘技大会で名を馳せ、英雄となった人物じゃ。おぬしはそのことを知らぬまま、この第三の世界線でこやつと初めて会ったというわけじゃ」
「つまり、俺がゲス勇者としてお前の前に立ちはだかったのは、この第三の世界線で俺に与えられた『役割』みたいなモンだったわけだ。そして俺はお前にコテンパンにやられ、改心し、お前の仲間となった。……もう分かるだろう?」
ゲイルの言葉を聞き、俺の心臓は徐々に高鳴っていく。
『世界が平和になる過程』に『必須の定め』――。
『世界の望み通りに死ぬ』――。
危うく、脆い。アンバランスな世界。
そのアンバランスな世界を少しでも安定させるために、必須の定め――?
「……は、はは……ははは……。俺、じゃん……。俺、だろう?」
本当は気付いていたのかもしれない。
でも口にするのが怖くて仕方なった。
自分の命が惜しいんじゃない。
俺のせいで、大事な仲間が死ぬのが、怖かった――。
「そうじゃ。原因はおぬしじゃ、カズハ」
「?? ど、どういうことなのかわたしにはさっぱり……?」
狼狽えるライム。しかし俺には彼女の言葉はもう耳に届かなかった。
俺のせいで、セレンが死んだ――。
その事実だけが俺の心に重く圧し掛かる。
「アンバランスな第三の世界線は安定を求めて未来に向け動いていく。安定とはつまり、第一の世界線の過程に繋がる。第一の世界線では勇者が魔王を倒し、世界は平和を迎えた。しかし、この第三の世界線は違う」
「違うとは、何が――」
「魔王が勇者を倒し、そして世界ギルド連合を倒して世界が平和になっただろう? 平和になったという点では結末は一緒だが、過程が違う。つまりアンバランスだ。だからこの世界は安定化を求める。つまり――」
そこまで言ってゲイルは言葉を止めた。
メビウスもライムを俺を無言で眺めているのが分かる。
「――魔王である俺が死ねば、世界が安定する。……いや、するはずだった」
「……!!」
口を押え、絶句するライム。
――そう、そうだ。全て俺のせいなのだ。
俺の代わりに、セレンが、死んだのだ――。
◇
静寂の中、緩やかな風が吹き頬を撫でる。
俺にはもう方法が一つしか残されていない。
それをメビウスに頼み、そして俺は――。
「不運であったのはジェイドとの闘いじゃ。最後の力を振り絞り奴を倒したまでは良かったが、おぬしはその代償に全ての能力を失い『不死』の呪いを受けてしまった。世界は安定化のためにおぬしを殺すまで動きを止めぬ。そして戦後二ヶ月が経ったのち、その機会は訪れた」
メビウスの言葉をただ黙って聞くしかできない。
俺はもう、次に発する言葉を決めているから。
「ま、まさか……! スーマラ洞窟での一件のことですか……!?」
「ああ。ドワーフの嬢ちゃんもようやく頭が回るようになったみてぇだな。詳細は俺も知らねぇが、カズハはドワーフの王子に頼まれてその洞窟に行き、新生物化したモンスターに遭遇したんだろう? 能力を失ったカズハは当然、そこで命を失うはずだった。相当な傷を負ったと聞いたぜ?」
「しかし『不死』の呪いの影響によりカズハは生き残ってしまった。世界は次の方法を模索するじゃろう。その結果がこれじゃ。不死であるおぬしをターゲットから外し、元魔王であったセレニュースト・グランザイム八世の死により、世界を安定化させることに決めたのじゃ」
「…………」
俺はもう一度セレンの頬に触れ、立ち上がる。
俺のせいで、仲間が死んだ。
そんな世界は、認めない。
決して、認めるわけにはいかない。
「話はこれで終わりじゃ。おぬしが何を言いたいか手に取るように分かるが、それも出来ぬ。何度も言ったが、過去は変えられぬ。以前おぬしを過去に飛ばしてやったのは、ジェイドに打ち勝つ力を得させるため。つまり世界の平和のためじゃ。もうこの世界は平和へと向かっておる。おぬしを再び過去に戻す理由がない」
「……うるせぇよババア」
俺はそのままメビウスの胸倉を掴む。
能力を失った俺が凄んでも無意味なのは分かっている。
でも、俺にはこれしかないから。
「か、カズハ様……! 落ち着いてください……!」
「儂を殺すか? 今のおぬしの力では儂に傷一つ付けるどころか、逆にその腕が微塵も無くなるぞい?」
「そんなことは分かってんだよ! でも、俺にはこれしかないから――」
「あ、おいカズハ! ったくあの野郎……。手間を掛けさせんなよ……」
メビウスの婆さんを抱え上げ、俺は森の奥へと走り去ります。
ゲイルはきっと追って来ない。
婆さんだって本気になれば俺なんか吹き飛ばせるだろうに、それをしない。
だから、俺は――。
「ど、どうしましょう、ゲイルさん……!」
「とりあえずあの馬鹿は婆さんに任しておいて、セレンをここから運ぶぞ。俺達にできることはそれしかねぇ」
「は、はい……!」
森深くに立ち込める魔障の霧は、俺とメビウスの姿をいとも簡単に隠しました。




