002 すいません、誰かゲイルの突起物を斬り落としてくれませんでしょうか。
「帰ったぞー」
全身泥だらけの格好で魔王城に戻った俺。
そのまま収穫した野菜やら農具やらをその辺に置いて屋上にある大浴場に直行します。
「あ、お帰りなさいませカズハ様……! すぐにお着替えを用意しておきます!」
「せんきゅー、ミミリ。あと頼むなー」
デキるメイドに全てを任せ、俺は軽く手を上げて大階段を上ります。
やっぱさぁ、自宅が一番落ち着くというか、勝手が分かって楽だよね。
戦争が終わってから三か月で色々と修繕もしてもらったし、新築の城といっても過言ではない出来だと思いますよ。うん。
ドベルラクトスのドワーフ族たちと仲良くなっておいて良かったとしみじみ思いますね。
大階段を登り切り、王の間とは反対の廊下をまっすぐに進むとすぐに大浴場へと到着。
さらに廊下を進むと俺の新しい寝室があるから、王の間に集まるのも風呂に入るのも近いという贅沢仕様なんですよ。
ほら、この城って土地と一緒で無駄に広いじゃん。
できるだけ歩き回りたくないからリフォームがてら色々と作り変えてもらったというわけです。
「あー、今日も働いたー。腰がいてぇ、膝もいてぇ」
泥だらけの服を籠に投げ捨て、全裸になった俺は大浴場の扉を開きます。
あ、そうそう。言い忘れてたけどまだ昼を過ぎたばかりだからね。
本来だったら精霊の丘から魔王城に戻るまでに丸二日くらい掛かる道のりなんだけど、実は戦争が終わってからジェイド達が隠し持っていた転移魔石を何個か回収できたんです。
そのうちの一つを最果ての街の中央にある噴水台の像に設置して、もう一個を魔王城の入り口にある魔王像に設置したというわけ。
でもこれだけだと誰でも魔王城まで簡単にたどり着けちゃうから、ドベルラクトスの魔工技術を借りて仲間だけが知っているシークレットナンバーを入力しないと転移が発動しない仕組みにしてもらいました。
科学万歳。異世界も今やそういう時代なんですね……。
「よう、早いじゃねぇか。もう今日の仕事は終わりかカズハ?」
「早くねぇし。朝何時からえっさほいさと精霊の丘の畑を耕してたと思うんだよ……。でも耕し始めて一ヶ月ちょいでも収穫できる野菜が育つっていうのはマジで嬉しい。……まぁ葉野菜ばっかりなんだけど」
先に風呂に入っていたゲイルにそう答えた俺は泥まみれの全身を洗うために魔工具で作ってもらったシャワーで全身を洗い流します。
で、石鹸を泡立ててー、ボディタオルにたっぷり泡を付けてー、首から洗って、肩、腕、そして胸を――。
「…………」
「? どうした? もしかして俺に背中を洗って欲しいとかか? 仕方ねぇな」
そのままザブンと浴場から上がるゲイル。
ええ、うん。随分と立派なモノをお持ちで――。
「じぇねぇだろ!!!! なに普通に一緒に風呂にいて会話してんだよお前!!! さっさと出ろ!!」
「……はぁ? お前が俺の後に勝手に入ってきたんだろうが。何をいまさら恥ずかしがってんだよ。キメェな」
「キメェのはお前だよ!!!! 前隠せ、前!!! 堂々とこっち向けるんじゃねぇ!!!」
慌てて後ろを向き、どうにか全身を隠します。
……いやいやいや! 女の子じゃないんだから、どうしてこんなに焦って身体を隠さにゃならんねん!
いや女の子だけど! 身体だけは!!
「へぇ……? カズハ、お前だんだん心も女っぽくなってきたんじゃねぇのか? どうだ? 戦争も終わったことだし、レイばかり可愛がっていないで俺とも一発くらい――おっと」
桶を投げるも当然かわされ。
ていうか俺がいつレイさんを可愛がったの!? 馬鹿なの!? 一発ってなに!?
ああもう、セレンもライムと一緒に出掛けてるし、ゼギウスの爺さんじゃギックリ腰になっちまうだろうしミミリじゃこいつに敵わないし……他に誰かいないの! 誰か!!
「ああったく、分かったからさっさと身体洗ってタオルにでも包まりやがれ。その間、後ろを向いててやるからよ」
「いや出ろよ!! 気が散って洗えねぇだろうが!!」
「あー、ウルセェウルセェ。聞こえねぇ」
そのまま耳を塞いで再び湯船に浸かるゲイル。
くっ、ここにも俺の言うことを聞かない問題児が……!
ホント誰が作ったこの魔王軍……。あたまおかしいよマジ……。
◇
「…………」
「おい、いつまでそうやって黙ってるつもりだよ。仲間同士、混浴したってバチは当たらねぇだろうが」
「…………」
ゲイルとだいぶ離れた場所で後ろを向いて口を真一文字に結んで湯船に浸かる俺。
タオやルルが仕事を終えて帰ってくるのは夜になってからだから、今この城にいるのは俺とゲイル、ゼギウスの爺さんにミミリくらいだろうか。
早くセレンとライムが帰ってきてくれないと俺の貞操が危ない気がする……。
だって力づくで押し倒されでもしたら今の俺じゃ抵抗すら出来ないし……。
「ったく、相変わらず信用ねぇなぁ。何もしねぇって言ってんだろうが。俺はレイとは違う。なんたって『元勇者』だぜ? 品行方正そのものの俺にその態度は失礼だと思わないのかねぇ」
「どの口が言うんだよ……。腐れ勇者だったじゃねぇかお前……」
そう言って深く溜息を吐きます。
まあさすがに今になって俺に再び復讐するとか思わないだろうけど、どうにも信用ならぬ。
おもにこいつの下半身が。
「ていうかお前いつ魔王城に戻ってきてたんだよ……。連絡くらい寄こしてから帰って来いよ、まったく……」
俺が魔王城に帰ってきたのはちょうど一ヶ月前。
その頃には城にはセレンとルルとタオ、ミミリとゼギウスの五人が留守番をしていました。
となるとスーマラ洞窟遠征組を抜かすと、残りのメンバーといえば――。
「戻ってきたのはついさっきだ。戦争が終わってからいろんな国を見て回ってたからな。そうそう、随分前にラクシャディア共和国でデボルグとばったり会ったりしたな。あいつからも連絡はないんだろう?」
「ラクシャディア? ……あー、なんか地下競売がらみで議会の調査がどうたらこうたらとかユウリが言ってたっけ。あいつ何故かそっち系に顔が利くみたいだし、なんか調べものでもしてんのかな」
戦争が終わって魔王軍が解散し、その後連絡が付かなくなったのがこのゲイルとデボルグだ。
まあもう解散したんだしみんな自由にしても良いんだけど、この魔王城に居ついているメンバーも多いのが現状ですね。
でもあのルルまでアルバイトを始めたし、何もせずに遊び歩いている奴は――うん。
まさかここにいるクソゲイルと俺だけ……?
いやいやいや! アルゼインも今は毎日飲み歩いているだけだし、セレンだって何も指示を出さないと働かないからニートみたいなもんだし! エアリーなんてペット扱いだし!
「……あ、連絡で思い出した。さっきタオから魔法便を預かったまま開いてなかったっけ」
湯船から右腕だけ出した俺は空間をタップする。
そこに現れたウインドウから新着の魔法便をタップして空間に映し出しました。
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カズハ様へ
ライムです! カズハ様、大変です!
魔女の森の調査をしていたのですが、森の奥でセレンさんが急に意識を失ってしまいました!
ドラビンさんのお子さん達に救援を呼びに行っていただきましたので、彼らが到着次第すぐに魔女の森まで来てください!
ライムより
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「…………は?」
文面を読んだ瞬間、俺の頭は真っ白になりました。
セレンが意識を失った? なんで?
「おいおい、『魔女の森』ってこの城の奥のだだっ広い魔族の領土の森のことだろう? 何が起きたか知らねぇが、そんな人気の無い場所で気を失っちまったら――」
『ギュワワ!』
『ギュワァァァン!!』
鳴き声を聞き空に視線を向けると、二匹のドラゴンゾンビの子供が急降下してきました。
ベストタイミング。俺は風呂から立ち上がり両の頬を目一杯叩きます。
「ゲイル。付き合え。とりあえずこいつらの背中に乗ってセレンのいる場所まで連れて行ってもらう」
「カズハ様、お召し物の用意が出来まし――ええ!? ゲイルさんに……ドラビンさんのお子さん達がどうして?」
またしてもベストタイミングで着替えを持ってきてくれたミミリ。
俺は急いで全身をバスタオルで拭いていつもの黒装束に着替えます。
「あーもう、帰ってきた早々面倒くせぇな! おい、ミミリ。そこの籠にある俺の着替えとタオルを投げてくれ。向かいながら着替えるから」
「あ……はい!」
事態を察知したのか、ミミリは素早くゲイルの着替えを用意してくれる。
そして俺達二人はドラビンの子の背中に乗り、上空へ――。
「ミミリ! そろそろレイさんが戻ってくるだろうから、俺とゲイルが魔女の森に行くと伝えておいてくれ! 詳細は後で魔法便で送るから!」
「か、かしこまりました……! お気を付けていってらっしゃいませ……!」
上空で急旋回し、俺たちは一路、魔女の森へと向かう。




