028 血槍のふたなり姉ちゃんはプライド高いし怖いしもう会いたくないです。
カズハらがルガルガ組の集落を出発したのと同じ頃――。
ドベルラクトス国。首都ルシュタール、応接の間にて。
「――以上が議会で新たに承認された二十四項目の内容です。ですが、当然の如く修正の余地は残されております。今後行われる予定であるラクシャディア共和国、ユーフラテス公国、ゲヒルロハネス連邦国における三国同時首長選挙の結果、及びエルフィンランド国のザノバ・ストコビッチ宰相やレベッカ・ナイトハルト民政長、帝国のガロン・アゼルライムス帝王、そして貴国による全会一致の承認により種族存続計画は発動され完全遂行される予定となっております。ここまでで、何かご質問はおありでしょうか?」
深紅の長い髪を丁寧に編み込んだ長身の女性が書類を片手に、淡々とした口調で独国の王に議会で承認された内容を説明する。
背後で様子を見ていた宰相らは彼女のその息をのむほどの美しさに目を奪われ、彼女の発した言葉の内容に耳を傾けることなく、ただその場に呆然と立ち尽くすばかりである。
「その計画に、魔王カズハ・アックスプラントの承認は必要ないと?」
一通りの説明を聞いていたラドッカ王が、初めて口にした質問。
かの王はまだこの女性を信用していない。
何故なら彼女はかつて『血槍』の二つ名を世界に轟かせ、恐怖に落とし込んだ吸血鬼だからである。
深紅の髪の女性は少しだけ眉をひそめたが、すぐにまた無表情になり口を開く。
「必要は御座いません。かの魔王は第二次精魔戦争後、あらゆる権利を放棄し魔王軍を解体させ、全権を議会と六ヶ国に委ねております。旧世界ギルド連合も解体された今、全種族が生き残るための道である種族存続計画の完全遂行のため、世界が一丸となって計画を進めていくほかに方法などありませんもの」
言葉には感情などこもっていない。
しかし普段は冷静な彼女も魔王の話が加わると途端に心が乱されてしまう。
屈辱――。
今自分がこうやって生かされているのも、すべては魔王の恩恵だということを恥じている。
少しだけ間を置いたラドッカ王は、玉座から立ち上がり背後に見える中庭に目を向けて口を開いた。
「……我々ドワーフの民は決して、今回の戦争のことを忘れることはない。無論、おぬしがしたことも含めてな」
「……」
『血槍』と言われた彼女の罪――。
数多の種族の命を奪い、世界を騙し、悪魔のような男と結託し。
この世に未曽有の事態を巻き起こした新生物病を蔓延させた張本人でもある彼女を、ラドッカを含め多くの国民が憎み、そして苦しんでいる。
未だ議会に対して不信感を持つ国民は多く、彼女の父であるグレイムス・マクダイン議長の解任要請案も後を絶たないのが現状である。
人殺しの言う事など聞けるはずがない――。
国民の声を黙殺する議会など信用に値しない――。
様々な不満が噴出し、思うように種族存続計画が進んでいない状況に議会は業を煮やしつつあった。
唇が噛み切れるほど強く噛んだ彼女は、しかし悔しさと惨めさを我慢する。
出世欲が強い彼女の心を知ったジェイドは彼女を巧みに操り自身の手足としてきたのだ。
利用されていると知りながら、それでも彼女は自ら新生物化を望み、両性種となった。
ジェイドの玩具とされようと、プライドだけは失わずに生きてきた彼女にとっての最大の屈辱――。
魔王カズハ・アックスプラントに掛けられた『情け』は、彼女のプライドをズタズタに切り裂いた。
「許しを請おうとは思いません。全ては『結果』――。そうではありませんか?」
――そう、結果を出すしか彼女に道はない。
三国の首長選挙を成功させ、種族存続計画を実行に移し、完全遂行させる。
それさえ達成できれば、彼女は魔王の束縛から逃れられると信じている。
それと、もう一つ――。
「例の調査の依頼のほうは、順調に進んでおりますでしょうか?」
話題を変え、後ろを向いたままのラドッカ王に彼女は問う。
中庭でメイドとはしゃぐ王子の姿が見えたが、王は硬い表情のまま彼女のほうを振り向き口を開く。
「……『魔女』の件はしばらく掛かりそうだ。先ほど新たに新生物因子の土壌汚染の報告も上がったばかりだからな。世界平和のための不安要素を取り除く必要はあるが、彼女の住まう土地は帝都の最北部、デモンズテリトリアだ。カズハ殿の協力を得なければ本格的な調査は難しかろう」
魔女メビウスの調査。
新たな議会で極秘に進められている調査はドワーフ族の魔工技術なくしては到底進められない最高難度の任務の一つだ。
報告によれば魔女メビウスは『時を巻き戻す魔法』を使うとされている。
それを悪用され、再び戦争に突入することを議会は危惧していた。
それとは別に、彼女は魔女に恨みを持っていた。
魔王城の地下牢で初めて彼女と会った時の言葉――。
何故、魔女は父が死んだと言ったのか。
そうすれば彼女が魔王軍に投降すると思ったゆえの行動か。
それとも――。
――時を戻して父の命を救ったのか。
彼女の父は何も覚えてはいなかった。
記憶がない、というよりは夢でも見ていたような錯覚、と言ったほうが正しいかもしれない。
魔女は時間を巻き戻し、死んだはずの父を生かす未来に作り替えたとしたら――。
「……分かりました。その件はまた、後日改めて調査の依頼を送らせていただきますわ」
それだけを言い残し、彼女は一礼して応接室を後にした。




