023 人様が見ていないからってこういうことは止めてくれませんか。
「いててて……。ったく、この騎士さんの馬鹿力には参ったぜ……」
ルガルガ組の集落の一室。
組長のゼックスは倍に腫れあがった頬を撫で、俺とレイさんを睨みつけています……。
そのレイさんは組長をガン無視して俺の腕にまとわりついたままだし……。
「だが話は分かった。つい今しがた国王様からも通達が来てな。魔王カズハ・アックスプラントが農園区に向かう可能性が高いはずだから、もし見つけたら丁重にもてなせとの勅命だ。お前さん、農業に興味があるんだってな」
そう言ったゼックスは深く溜息を吐きます。
何でだろう……。俺が農業に興味があるとまずいことでもあるんですかね……。
そしてレイさん。胸がめっちゃ当たってるから俺の腕を解放してください……。
「悪いが他を当たってくれ。今俺たちは魔王様の面倒を見ている余裕なんてねぇんだよ」
「ゼックスさん……! そんな言い方は……!」
俺とレイさんの少し後ろで話を聞いていたライムが話に割って入ってくる。
うーむ、ここでも俺は嫌われ者なんですかね。どうしてだろう。思い当たる節が全然ない。
「お前も組が今こんな状況だってのに、厄介者を招き入れやがって……。しかも魔王? 俺たちドワーフ族が過去に魔族にどんな目に遭わされてきたが知らんわけでもあるまいに」
「あ、俺魔族じゃないよ。人間だよ。ギリギリ」
どうにかレイさんを振りほどいた俺はゼックスのおっさんにピースサインを送ります。
当然、睨み返されただけだけど……。怖いなこのおっさん……。さすがは組長。
「あまり舐めた真似はするなよ、魔王の姉ちゃんよぅ。情報はしっかり掴んでるぜ。お前さん、今は魔力が皆無なんだろう? 何故か知らんが『不死』らしいが、この世の中には死ぬよりも恐ろしいことがいっぱいあるんだぜ?」
「いい加減にしてください、ゼックスさん! 確かにこの国は魔族に対して嫌悪感を持つ人が多いですけれど、カズハ様は世界を救った魔王様ではないですか! ゼックスさんだってそのくらい分かっているはずです!」
「そんなことは知ったことかよ。ドベルラクトスは元々鎖国の国だ。他国同士が戦争しようが、世界ギルド連合が世の中を牛耳ろうが、ドワーフ族には一切関係ねぇ。熟練された魔工技術と広大な土地、資源、食料。世界で唯一自給自足が成り立つ国だ。誰にも頼らねぇで俺たちは長年生きてきたんだ。世界を救った魔王様だか知らねぇが、はっきり言って迷惑なんだよ。てめぇの存在は」
そう言って立ち上がるゼックス。
慌ててライムが止めに入るも、ズカズカとお構いなしに扉まで進んでいきます。
「そろそろ日が落ちる頃合いだ。明日にはドワーフ国家守護騎士団を迎えに来させるからな。それまでこいつらが何かしないように見張ってろよお前ら」
「「へい!組長!」」
外の見張りに指示を出したゼックスはそのまま部屋を後にします。
そして中に取り残された俺とレイさん、そしてライム。
「……ライムさん? 貴女も出ていかなくてよろしくて?」
「へ? ……あ、はい! お、お邪魔ですよね! すいません、すぐに出ます……!」
「あ、おいちょっと! レイさんと二人きりにしない――」
バタン。ガチャリ。
……行っちゃった。
そして見張りに外からカギを閉められてしまった……。
……。…………。
「もう日が暮れますわね……」
「…………」
「朝まで、二人きり、ですわね。カズハ様ぁ……」
「…………」
一歩後ずさると、一歩にじり寄ってくるレイさん。
彼女はずっと守護騎士として公務をしてたから、俺と二人きりになるのはいつ以来だろうか……。
つまりレイさんは溜まっている。色んなモノが。
「いやいやいや、レイさん。あなた、いちおうドワーフの国家守護騎士団の一員でしょう? どうして他の兵士を連れてこなかったの」
「そんなもの辞めてきましたわ。カズハ様をお探しするのに足枷になりますから」
「……あそう」
何故か微笑んだレイさんはおもむろに白銀の鎧を脱ぎだします。
意味わからん。どうしてウインクしながら鎧を脱ぐんだろう。馬鹿だから? 知ってた。
「あー、でもどうすっかなぁ。この農園区の誰かを仲間にしようと思ってたけど、込み入った事情がありそうな感じだったし……」
「あ、あの子はダメですよ!! ライムとかいう少女は!! 確かに可愛い子だとは思いますが、カズハ様にはルル様がいらっしゃるではありませんか!!」
「……いきなり耳元で大きな声を出さないでもらえますかレイさん」
鎧を脱ぎきったレイさんは、何故かライムを警戒しています……。
すごい良い子っぽいのに、この焦りよう……。嫌な予感しかしない……。
「あのライムとかいう子は羊の皮を被ったドワーフのような気がいたします。ええ、私のセンサーがそう反応しておりますから間違いありません。脱いだら最後――。獣のようにカズハ様を襲うと断言いたします」
「…………」
今、俺の目の前に鎧を脱いだ獣がいるんですが、それは……。
「それに確かにこの農園区が抱えている事情も気になりますわね……。先ほどゼックスさんが仰っていたように、ドベルラクトスは厳しい環境の中でも豊富な資源をもとに発展してきた国ですわ。魔工技術もさることながら、農産物の生産量も世界随一のはず。それなのに『今は余裕がない』とは一体……?」
レイさんの白くて細い腕が俺に伸びてきます。
そして人差し指で俺の唇に触れ、その指を妖艶な表情を浮かべてしゃぶり……やめなさい。馬鹿か。知ってた。
「はぁ……。またここを抜け出さないと駄目かぁ。いっつも抜け出したり逃げたりしてるよな、俺……」
「朝まで待ってからでも遅くはありませんわ。農園区の方々は朝が早いでしょうから、それから聞き込みしてでも十分に間に合いますし」
「間に合わない。おもに俺の貞操が」
俺の胸に手を伸ばしてきたレイさん。
それを叩き落とす俺。伸ばす。叩き落とす。伸ばす。叩き落とす。百人一首か。
うーん、でも俺一人じゃここを抜け出すのも難しいし……。
どうにかレイさんを持ち上げて夜のうちに抜け出すのを手伝ってもらわなきゃあかんな……。
うーむ…………。
「レイさん」
「はい」
「子作りする?」
「!!? こ、こここ、子作りっ!?!? しますっ!!! 何度でもしますっ!!!」
……とりあえず釣れた。いとも簡単に。
あとは俺の素敵トークで――。
――てなわけで。
レイさんを上手く手懐けて、深夜0時を過ぎたあたりを狙ってライムに事情を聞きに行くことにしました。
……でもそれまではどう過ごしたら良いのか。