019 謎の変態爺さんに強制的に嫁にさせられそうでどうしたら良いか分かりません。
「ありがとうございました~」
洋裁店で俺の元トレンドマークである黒くて軽い女物の洋服を買い、その場でメイド服を着替えました。
いやー、なんかこう、いいね。解放感というか、俺はもう自由だって感じが溢れ出ちゃうというか。
……あ、そうそう。俺を隔離していた病院からは、いとも簡単に逃げ出せましたー。
まあ監視が付いているっていっても極悪人を捕まえているわけでもないし、数人の執事が交代で監視しているくらいだったから楽勝だったんだけど。
「セシリアは、どっこかな~♪ 俺は、自由~♪ メイドなんて、二っ度とごめん~♪」
ケツの調子も絶好調!
元魔王の回復力は、まだまだ健在ですね!
そしてやっぱり自由最高! なんかこう、空気も美味しい感じがする……!
「ぶえっくしょい!」
「うわキタねっ!? 何だよ急に、このクソジジィ……!!」
人がせっかく上機嫌で歌いつつスキップしつつ街を歩いていたら、急にすれ違いざまにクシャミを浴びせてきやがったクソジジイ。
今さっき新品の服に着替えたばかりだってのに、いきなりジジイのキタねぇ唾とか涎とか付けられるとかマジ最悪なんですが……。
「いやぁ、スマンスマン。今日はなんだか寒くてのぅ。風邪を引いたかも知れん」
ドワーフ族の爺さんはそう言って自分の服の袖で鼻をかみます。
うげぇ……。なんかティッシュ的な物でも持ってろよ……。
ていうか一年中、魔工具のおかげで街全体が温度調節されてるんだから、寒いわけないだろ……。
「おっと、お前さん。こんな弱っているジジイを置いて、何も言わずに立ち去ろうとか思ってはおらぬよな? カ~~ッ! 最近の若いモンは年寄りを大事にしようという気持ちがないばかりか、年寄りを邪険にしよるから、あのヘンテコな魔王なんぞに戦争で負けてしまうんじゃ。カ~~~ッ! 世も末じゃのぅ。ホンマに世も末じゃ」
「…………」
どうしよう……。すげぇ面倒クセェ……。
今、目の前にいるのがそのヘンテコな魔王だと知ったら、このジジイは腰を抜かしてショック死とかするんだろうか……。
よし、関わらない。すぐに立ち去ろう。絶対に面倒臭くなる予感大。
「もみもみ」
「あ、ジジィこの野郎! なに人の乳を勝手に揉んでんだよ! 放せ、このエロドワーフ!」
その場を立ち去ろうとしたのもつかの間、ジジイは短い腕を伸ばし、あろうことか俺の乳を遠慮なく揉んできます。
なんなのマジで! 意味分からん爺さんに絡まれて、乳揉まれて、しかも……離せないし!!
ああもう! こういう時にどうしようもなくなるから困るんだよ! 俺の呪いは!
「ほうほう。お前さん、顔に似合わず中々に良いモノを持っておるではないか。しかし、何じゃ? 女とはいえその非力は度を越しておらぬかのぅ? そんなことでは欲にまみれた男共から身を守ることなど出来んぞ。まして今や街の外は新生物とかいう良く分からん化物が我が物顔で闊歩しておる。カ~~~ッ! これもどれも全てあのヘンテコな魔王のせいじゃ。お前さんもそう思うじゃろう?」
「い・い・か・ら、離・せ・よ、こ・の・エ・ロ・ジ・ジ・イ…………! ぐぎぎぎぎ…………!!」
…………アカン。まったく腕を押し返せない。
いくら瞬発力がまだ残っていても、一度捕まったら最後。腕力もゼロじゃ、脚力もゼロだからジジイの股間に蹴りを入れても全く怯む様子もないし……。
どうしたらいいの!?
「おお、そうじゃ。良いことを思い付いたぞ。お前さん、儂の女にならぬか?」
「なるわけねぇだろ! いきなり人の服にクシャミぶちまけるわ勝手に乳揉むわ、爺さんボケてんじゃねぇのか!」
「ふぅむ、そうか……。それは残念じゃ。儂も去年に連れに先立たれてのぅ。寂しかっただけなんじゃが……。こうやって久しぶりに街に出てみれば孫くらいの歳の可愛い女子がおったから、つい手を出してしまったこの老いぼれを許してやってくれ」
「孫くらいの女子につい手を出したら駄目に決まってんだろうが! 捕まれこのエロクソジジィ! そしていい加減に手を離せっつうの!! 離・せ・よ、し・つ・こ・いぃぃぃぃ!!」
まったく手を離さないジジィ。そして何を言っているのかさっぱり分からん。
本当にボケているとかしか思えない……。こんなヤバい奴が街にいたら駄目だろ!
大丈夫なの、このルシュタールは!
「老い先短いこの老人の話もまともに聞いてくれんとは……。しかし、それも時代かのぅ。仕方がない。今日はこのまま市場に寄って種を買ったら、その足で一人寂しく誰もおらぬ築五十年の木造住宅に戻って、一人寂しく野良仕事でもするかのぅ。一人寂しく……」
「…………」
ようやく手を離した爺さんは、下からチラチラと何度も俺を見上げてきます。
今の今まで勝手に人の乳をまさぐっておいて、今度は同情を買おうという浅ましい考え……。
一体どういう人生を歩んで来たらこんな行動に出られるんだよ……。
…………ん?
ていうか、野良仕事?
「あれ、もしかして爺さん、農家の人かなにかか? 畑とか持ってんの?」
「……ほぅ?」
チラチラしてた爺さんの目が、急に怪しく光りました。
アカン。余計なことを言った気がする……。
「お前さん、さては…………家庭菜園に興味があるな?」
「!」
「カッカッカッ! その顔は図星であろう? そうかそうか、今時の女子にしては珍しいが、実は儂もそんな気がしておったのじゃ。おぬしのその顔立ち。そして乳。農家に憧れるも、家の事情で田畑に触れることができず自暴自棄になり、そして家出をして農家の男に嫁入りしようとしていた最中に、この儂と出会った――。カ~~~ッ! これぞ出会いと言わずしてなんと言う! 儂らは出会う運命だったのじゃ! さあ、儂と一緒に来い! 家庭菜園とは言わず、農家の全てを教えてやろうぞ!」
「あ、ちょっと……!」
今度は俺の手を掴んだ爺は、無理矢理俺をどこかに連れて行こうとします。
いやいやいや、色々と突っ込むところが多すぎて、何から言えばいいのか追い付かないんですど!
「子供は……二人も作れば良いじゃろう。儂も歳ゆえ、お主が望めばもっと頑張れるが、生まれてきた子のためにはならぬと思うぞ。まだまだ長生きはするつもりじゃが、持病の腰痛がのぅ」
「馬鹿なの!? ねえ、馬鹿なの爺さん!? だ、誰か助けて下さいーー! ここに変な爺さんがいますーーー!!」
もうこうなったら大声を出して助けを呼ぶしかない……!
でも……誰もいねぇし!
さっきの洋裁店の姉ちゃんでも気付いてくれれば……あ、店内の窓からこっち見てんじゃん!
姉ちゃん、誰か呼んで! 俺、変な爺さんに連れ去られそうなの!
………あっ。
こっち見てたのに俺から目を逸らして、窓のカーテンを閉めちゃいました……。
…………。
――という、わけ、でして……。
無事に病院から抜け出せたのに、今度は農家のクソジジイに拉致られるという、謎の展開になってしまいました……。
どう、しよう…………。




