三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず再会することでした。
「あ、ルルちゃん。カズハが帰ってきたアルよー。……って、何アルか。その恰好は」
宿に到着した俺は転がり込むように部屋に入りました。
とりあえずタオに手を上げて俺はベッドに身を投げます。
もう無理。また熱が出てきた気がする……。
「今何時だと思っているのですか? こんな深夜にそのような半裸の姿で帰ってきて……。どこの店でストリップをしてきたのでしょう」
「だから俺はストリッパーじゃないっつうの! これには海よりも深い事情があるの! もう寝るの!」
不貞腐れたようにそう言い放った俺はお布団に潜ります。
今夜はもう俺を弄らないで。
忘れたい出来事がいっぱいだったから……。
「あれ……? カズハ、顔が真っ赤アルよ? 大丈夫アルか?」
「大丈夫じゃないある」
心配そうに俺の元に駆けつけてくれたタオは額に手を当ててくれた。
お母さん。もう俺、悪い事しないから。百合少女怖い、百合少女怖い。
「熱があるアルね……。こんな遅くまで遊んでくるからアルよ。ルルちゃん、お薬とお水を持ってきてくれるアルか?」
「あ、もう薬は飲んだから大丈夫。通りすがりの百合……女剣士さんに貰ったから」
「ふーん、女剣士さんですか。どうしてその女剣士さんとやらに薬を貰って、半裸で帰ってくるのでしょうか。怪しいですね」
「お前は俺の嫁か! 浮気調査みたいに質問するんじゃない! もう寝るの! 黙ってて!」
頭まで布団を被り耳を塞ぎます。
もう思い出したくないの!
身も心も穢れちゃう寸前だったんだから!
「……よっぽど嫌なことがあったみたいアルね」
「そうみたいですね。まあ、たまには良いでしょう。これで少しは日頃の行いが良くなればいいのですが」
もう俺の味方はタオしかいないもん!
俺はタオと結婚するからお前らは勝手にしてください!
「カズハはいいとして、セレンもまだ帰って来ないアルし……。一体どこに行ったアルか?」
……あ、そういえばセレンのことを忘れてた。
あいつ、まだ酒場で飲んでるのか……。
一体、何時間飲めば気が済むんだよ……。
「どうせその辺の店で遊んでいるのでしょう。カズハは魔王に甘いのですよ。私には厳しいくせに……。これは差別です。人種差別は許されざる行為です。だから私の緊縛も解いて下さい。聞いていますか? カズハ?」
「ああもう! ウルセェな! お前ら暇だったんだろ! 寝るっつったら寝るの! 明日元気になったら遊んでやるから! おやすみ!!」
枕の下に頭を埋め、耳を塞いで寝ます。
タオ。幼女を頼んだぞ。
俺はもう構うことができん。
ああ……余計に頭が痛くなってきた……。
◇
次の日の朝。
良い匂いが俺の鼻をくすぐり、目が覚める。
「……ん……ふあぁぁ……。あれ、身体が軽いぞ」
額に手を当てると、熱が下がっているのが分かった。
もしかしてレイさんにもらった薬が効いたのだろうか。
良かったー。もう二、三日寝込むかと思ってたし……。
「あ、起きたアルね。ちょうど朝ごはんができているアルよ」
タオに呼ばれ俺はベッドから降りた。
うん。足元もふらついていないし、これならもう大丈夫だろう。
俺は食事が用意されているテーブルに向かった。
「その様子だと熱は下がったみたいですね」
お皿をテーブルに並べているルルが俺を見上げてそう言った。
なんか少し残念そうな顔なのは気のせいだろうか……。
「よいしょっと。うわ、旨そう。……ていうか、セレンはまだ帰ってないの?」
椅子に座りパンに手を伸ばしたところでセレンの姿が見えないことに気付く。
まさかオールで飲んでるとか……?
「心配ならば後で探しに行ったら良いじゃないですか。もしかしたら、以前みたいに不良に絡まれているかも知れないですし」
「う……。確かにそれはある……」
あの姿で酒場に行ったら、酔っぱらった客に絡まれそう……。
ていうかお店の人だと思われる恐れもある。
客引きの姉ちゃんとか、なんかのショーの出演者とか……。
「ほら、早く食べないと冷めちゃうアルよ。さすがにセレンもそう毎回問題は起こさないアルよ。……たぶん」
「まあ、そう言われればそうかも知れないですね。この街は広いですから、色々と見て回っていたら夜が明けてしまったのかも知れませんし。……たぶん」
「お前ら、余計に不安を煽るんじゃない! たぶんって何だ、たぶんって! もっと仲間を信頼しろ!」
ああもう! 食べ終わったらすぐに探しに行こう!
どうして毎回こうなるの!
ゆっくり朝ごはんも食べられないなんて嫌だー!
「仲間……? 精霊である私が魔王と仲間であるはずがありません。この際だからはっきりとさせておきましょう。カズハは精霊の味方なのですか? それとも魔王の味方なのですか?」
……始まった。
この話が始まると長いんだよなぁ。
メンドクセェ……。
「ルルちゃん、もう良いじゃないアルか。セレンは『元』魔王アルよ。今は私達の仲間と言っても問題ないと思うアル」
「タオは黙っていて下さい。いいですか。魔王の職を降りたとはいえ、彼女が魔族であることには変わりありません。それに今までの悪逆非道な行いに対し、罪を償ったわけでもありません。人間族や精霊族、またその他の種族に対し誠心誠意お詫びをし、今までに命を落とした数多の魂に対し祈りを捧げ――」
「ごちそうさまー。じゃ、俺セレン探してくるわー。タオ、後は宜しく」
語りに夢中になっているルルをタオに丸投げし、俺はそっと部屋を出た。
過去のことなんか、まったく興味ありません。
むしろ忘れたいくらいです……。
◇
街の東にある酒場に到着。
たぶんセレンはここに向かったはず。
俺は店の扉を開け、中に入る。
そして、目を疑った。
「おお、カズハか。何だ、迎えに来てくれたのか」
「……」
上機嫌で酒を飲んでいる魔王様。
テーブルの上には天井に届かんばかりに積み上げられたワイングラスが――。
「はっはっは! お嬢さんの話は本当に面白い! いやぁ、愉快愉快! こんなに話の合う女性に今まで会ったことがない! はっはっは!」
魔王様の横で大声で笑っている男。
泣く子も黙るアゼルライムス帝国の元兵士長。
今はフリーの傭兵をやりながら、有事の際は首都の防衛に就く軍の特別顧問みたいな立場だったと記憶している。
アゼルライムス帝国一の槍の使い手、グラハム・エドリードはビールのジョッキを片手に上機嫌で酒を煽っていた。
彼の横には彼の相棒である竜槍が置かれていた。
『竜槍ゲイヴォヘレスト』といえば、この国の帝国兵が憧れる最強の槍だ。
それをこんな飲み屋の床に雑に放り投げやがって……。
よっぽど舞い上がってるなこいつ……。
「ふふ、おぬしの話も面白いぞ。我もここまで笑ったのは久しぶりだ」
「……」
上機嫌でそう言った魔王様。
俺はそれを複雑な表情で眺めています。
ええと、今更ですが解説しますと……。
グラハムは一周目と二周目で魔王に殺されてます。
魔王もグラハムの竜槍で致命傷を受けてます。まあとどめを刺したのは俺だけどね。
その二人が三周目の世界で、飲み屋で意気投合しています。
……うん。
なにこれ。
「お嬢さん。もしもまだ良いお相手がいなければ、俺は本気で立候補しますぞ」
「ふふ、そうだな。相手はまだおらんが、とある者に我の命を預けていてな。申し出は嬉しいのだが、友人から、ということでお願いしたい」
俺のほうをチラッと見てそう答えた魔王様。
『とある者』って俺の事か……。
ていうか、ちょっと良い雰囲気になってる……。
なにこれ。
どう反応したらいいの……。
「いえいえ、それで十分ですぞ! 俺もライバルがいたほうが燃えますからな! ささ、どうぞ! まだまだ飲みましょう!」
「本当に貴様は勧め上手だな。どれ、いただくとしよう」
「……」
グラスにワインを注ぐグラハム。
そして何度目かも分からない乾杯の音頭。
……うん。
ええと、うん……。
俺はただ、そこに立ち尽くすしか出来ませんでした……。




