018 晴れてメイドをクビになったのでいつものように逃走します。
「ふえぇぇん! カズトさぁぁん……!!」
次の日の朝。
北極ニャンゴロウに噛まれたケツの調子も良くなってきた俺は病院内の中庭を散策している最中です。
「あれ、エアリーじゃん。お前、朝のメイドの仕事をサボってこんなとこに来てたら、またローラさんに怒られ――」
「これを見てくださいですぅ……!」
息を切らし俺の下に駆けつけてきたエアリーは、一枚の紙を提示します。
ふむふむ……。『エアリー殿。先のスーマラ洞窟の一件により貴女をドドラコス家侍女より解雇致します。』
ほうほう……。
……。…………。
「…………解雇!?!?」
「そうなんですぅ! 今朝、急にローラさんに呼ばれて『本日付けで貴女は解雇です』って言われて、それで、それでぇ……!!」
俺のパジャマにしがみ付いてくるエアリー。
涙やら鼻水やら涎やらが俺の全身にへばりつき、なんかもう、ベチョベチョのネチョネチョでよく分からんことになっていますが……。
「落ち着け、エアリー。スーマラ洞窟の件で解雇って……お前は全然関係ないだろ。ちゃんと事情を説明したら、きっとローラさんも分かってくれるはず――」
「説明しましたよぅ! 昨日だってカズトさんが今回の件でメイドをクビになるって聞いて、それで私はすぐに侍女長と執事長の会議に割って入って抗議したんですぅ!」
「……抗議?」
……なんだか嫌な予感しかしない。
何故だろう、この予想しやすい展開は……。
「はい、ですぅ! だって今回の件はクルル君のためにカズトさんが動いて、それでたまたまスーマラ洞窟に新生物因子が蔓延していたっていうだけの話じゃないですかぁ! だから私はカズトさんは悪くないって訴えに行ったんです!」
「……で?」
「なのにローラさんも執事長さんも、そんなことは問題じゃないとか言い出すから、私も頭にきてこう言ってやったんですぅ! 『エルフィンランド女王、エリアル・ユーフェリウスとして汝らに命ずる! 即刻、カズトの解雇を帳消しにせよ!』って……!」
「…………」
…………あぁ。
もう、何も言い返す言葉が無い、というか……。
その侍女長と執事長の会議に出席していた方達に申し訳ない気持ちでいっぱいというか……。
「そしたら急に大騒ぎになって、私はそこから摘まみ出されて、今の今まで別の部屋に監禁されていたんですぅ! 酷くないですかぁ! 人権侵害ですよねこれぇ! もうこうなったらザノバ宰相さんお願いして――!」
「(エアリー、お前が馬鹿だということは今更ながら心の奥底から)分かった、分かった。もう、十分だ。俺達のメイド生活は今日、この時をもって終了したんだ」
「……? カズト、さん……?」
俺は涙やら鼻水やら涎やら目ヤニやらを擦りつけてくるエアリーを引き剥がし、優しくそう言ってやりました。
きっとローラさんはアルゼインの正体とも合わせて、俺達の正体に気付いたんだと思います。
……まあ気付いたっていうか、エアリーは自分でバラしたんだけど。
昨日、ユウリが俺に会いに来たのだって、面会の管理をしているローラさんを通さないと無理な話だし、遅かれ早かれこういうことになるだろうとは予想してました……。
「皆は? そろそろ首都に到着するとか、何か聞いていないか?」
「へ……? あー、そういえばその会議でチラッとお名前が出ていたような……。確かグラハムさんとリリィさん、それとレベッカさんとセシリアさんに……シャーリーさん、でしたか」
「シャーリーって……あの議長の娘もか?」
意外な名前が出てきて、俺は首を捻りました。
グラハムとリリィは帝国軍の代表だし、レベッカさんは妖竜兵団の隊長だから分かるとして……。
セシリアは妹のシルフィの件でこっちに来るのか、それとも聖堂騎士団に復帰できたら来るのかはよく分からないんだけど。
シャーリー? ってあの、ふたなりのハーフ吸血族のシャーリー・マクダインだよね?
……なんで来るの? ていうかセシリアも来るんだったら、また色々と面倒なことになるんじゃ……?
「はい。なんでもマクダイン議長さんの代理だとか言ってた気がしますぅ。魔王軍の捕虜から解放された後も、すぐに議会の要人として召集されていたみたいですしぃ」
どうやら少し落ち着いてきたのか、エアリーは鼻をすすりながらそう言いました。
うーん、どうしよう。あまりあの赤髪ふたなり姉ちゃんとは関わりたくないんだけど……。
「エアリー。お前、メイドをクビになって暇だよな」
「ほえ?」
「俺もあと二、三日で退院できるだろうから、ローラさんにも協力してもらって、あの赤髪姉ちゃんの対応を頼むよ。エルフィンランドの元女王として」
「……? まあ、暇なのは事実ですから別に良いですけど……。でもローラさんはちょっと苦手というか、私も今まで散々虐められたというか……もにょもにょ……」
何やらもにょもにょしているエアリーを、俺は全力で説得します。
『エアリー、超絶かっこういい!』とか『エアリー、凄いかわいい!』とか、そんなことを二回くらい言っただけだけど……。
「分かりましたぁ! そこまで言われては、私も全力を出さずにはいられないですぅ! では、早速!」
「……」
一気に元気を取り戻した様子のエアリーは、そのまま忍者のように風を切り、中庭を去って行きました。
……良かった。エアリーが百年に一度生まれるかどうかの単純な思考のエルフで――。
「………………よし」
静かになった中庭で、俺は周囲を見回します。
恐らく監視役が何人かいるだろうけれど、どうにかなるでしょう。
いくら魔力も攻撃力も防御力もゼロの俺とはいえ、あの新生物化した北極ニャンゴロウの群れから何時間も逃げ延びれるだけの瞬発力や行動力はまだ残っているし。
ケツの痛みももう我慢できないほどじゃない、となると俺の起こす行動はただ一つ――。
「ここから逃げ出して、とりあえずセシリアと合流してあいつに匿ってもらおう!」