014 馬鹿でもなんでもいいから早く助けて下さい。
――同刻。
首都ルシュタールより南に約700UL、港町グリッサムにて。
「ハ-レイン殿。到着早々申し訳ないが、ローラ殿と共に公国の大使と来賓準備の最終調整および確認業務にあたってもらいたい。我らはラドッカ様を宮殿までお送りし、明日早朝の帝国との首脳会談の準備に入らねばならぬのでな」
「畏まりましたわ、ブブカ団長。後の事は私とローラ様にお任せください。ラドッカ様も視察でお疲れのご様子。今夜は早くお休みになられた方が良いでしょうから」
「うむ。では、頼むぞ」
満足そうに頷いた巨漢の戦士は、部下の兵士を引き連れ主君と共に帰路に立つ。
それを見送った金髪の女性騎士はメイド服の女性と話し込み、来賓準備の最終調整を行っている。
ピー、ピー。
「あら……?」
ふと鳴り響く機械音に首を傾げた女性騎士。
緊急連絡時にしか使用されないはずの魔法便の到着の知らせを受け、眉を顰める。
「首都からの緊急連絡……? 発信者は……新人メイドのアルですわね」
「宮殿にはローラ様以外の他のメイドも執事達も待機しておりますからね。よほどの事でも無い限り、魔法便で連絡などしてこないと思うのですけれど……」
女性騎士は魔法便を開封し、書かれた文章を空間に提示する。
そこには短い文章でこう記されていた。
――――――――――
ローラ、ハ-レインへ
新生物化した化物にカズトが襲われている。
スーマラ洞窟だ。あたいとエアリーは奴を助けに行くよ。
アルより
――――――――――
「新生物化した化物……?」
「『カズト様が襲われている』って……一体どういうことなのでしょう?」
互いに顔を見合わせた二人は、思考を巡らせる。
文章を読む限りでは首都に化物が侵入し、市民や宮殿に被害が及んでいるわけではなさそうだ。
「そもそもカズトさんは首都から一歩も外へは出られないはず……。つまりこの魔法便の内容が本当であるならば、『戒めのイヤリング』の効果が消失したことになりますわね……」
腕を組み顎に手を置き思案するメイドの女性。
そして何かに気付いたのか、再び魔法便の文章に視線を移す。
「スーマラ洞窟……。まさか、クルル様が……?」
「なにか分かったのですか?」
「……ええ、恐らく間違いないでしょう。クルル様であれば『戒めのイヤリング』の呪いを解呪できます。そしてクルル様にはスーマラ洞窟に向かう十分な『動機』があります。恐らくそこで新生物化したモンスターと遭遇し、カズトさんはクルル様だけを逃がした――と考えると辻褄が合いますわ」
メイドの女性は女性騎士に自身の推理を簡潔に説明する。
皇族の儀式。呪いの装備の解呪との交換条件。
公国の来賓準備のため手薄となる宮殿の警備などが挙げられた。
「急ぎましょう。新生物となれば、何が起きるのかまだまだ未知数です。それまでどうにかカズトさんが持ちこたえてくれれば良いのですが……」
「カズト様……! どうか、御無事で……!」
二人の女性は意を決し、北西およそ630ULに位置するスーマラ洞窟へとひた走る。
◇
それより、およそ一時間後――。
【スーマラ洞窟:入口】
「ここがスーマラ洞窟だね。おい、あんたたち、大丈夫かい?」
褐色の肌のメイドが後方でよろめく三人に声を掛ける。
通常は徒歩で二時間以上掛かる道のりを武具を持ちつつ全力で走り向かったのだ。
息も絶え絶えの三人は汗一つ搔かずにいる褐色の肌の女性に顔を向けることもなく、ただひたすらに前へと進むのみだった。
「はぁっ、はぁっ、はぁ~~~! やっーーと、着きましたですぅ……! もう足がパンパンで……ふえぇぇん……!」
「まったくだらしないねぇ、エアリーは。あの二人の坊ちゃん嬢ちゃんならまだしも、あんたは最近サボり過ぎなんだよ」
エルフのメイドに向かって溜息を吐く褐色の肌のメイド。
時を待たずして残りの二名の少年少女も目的地まで辿り着く。
「当たり前じゃないですかぁ……はぁ、はぁ……。アルさんみたいに、無駄に毎日、筋トレとか、していないんですからぁ……はぁ、もう駄目、ですぅ……ふみゅぅ」
「『無駄』は余計だよ。あたいは毎日美味しく酒を飲みたいがために運動を欠かさずしているだけさ。……まあそんな話はいい。おい、坊ちゃん嬢ちゃん。この洞窟の最深部は確か地下五階だったか」
地面にへたり込むエルフのメイドを横目に、同じく転がり込むように彼女の前で跪いた少年と少女に声を掛ける。
二人はまだ顔を上げることもできず、ただひたすらに肩で息をしているだけだ。
「ちょ、ちょっと……待ってくれ……。お前らの……走るスピードに……付いて行くほうの、身にも、なってくれ……。はぁ、はぁ、はぁ……」
「何を言っているんだい。これでもあんたたちに気を使って、ゆっくりと走ったに決まっているだろう? そこのエアリーだってサボらずに全盛期の頃だったら息一つ乱さずに走り切れただろうよ」
「ふみゅう……」
ぐうの音も出ない様子のエルフのメイドは、そのまま唸るだけで立ち上がる気配は見せない。
「で、ですが、私達が貴女方に助けを求めて洞窟を出発してから、戻って来るまでの間に……もうすでに四時間近くが、経過しています……。ここで休んでいる暇など、私達には……」
剣を地面に刺し無理矢理立ち上がろうとする少女。
しかし膝が笑ってしまい、そのまま崩れてしまう。
「まあ、そうだね。あんたの言うとおりさ。だから言ったじゃないか、あんたらは『お荷物』だって」
「アルさん……! そんな言い方は……!」
褐色の肌のメイドの言葉に口を挟むエルフのメイド。
しかし少年と少女は何も言い返すことができない。
彼らは理解していたのだ。
自身の無力さを。浅はかさを。
それが故に一人のメイドを命の危機に晒したという事実を。
「僕は……僕のせいで、カズトは……。こんなことじゃ、僕は、お爺様のようには……」
「姉様……。どうしたら私は、姉様のように強く、仲間や国を守れる盾となれるのでしょうか……」
少年と少女は乞うように、そっと呟いた。
それを聞き取った褐色の肌のメイドは口元に笑みを浮かべ、彼らにこう告げる。
「ま、こんなもんかねぇ。おい、エアリー。ここで二人をしっかり守るんだよ。あの馬鹿はあたいが必ず助け出してくるから」
「ほえ……? で、でも新生物化したモンスターがウジャウジャいるんじゃ……?」
「だからここで『待て』って言っているんじゃないか。あと数時間もすればきっとローラやハ-レインが到着するだろうさ。それまで二人をしっかりと守るんだよ」
褐色の肌のメイドはそう言い、三人に背を向けた。
眼前を覆い尽くすのは新生物に犯され、不気味な雄叫びが木霊するスーマラ洞窟だ。
「おい、アル……! そんな重要なことを勝手に決めるな……! お前は僕のメイドだろう?」
「クルル様の言う通りですわ……! 相手は新生物化したレベル80越えのモンスターの群れなのでしょう? ここは四人で慎重に向かうか、それとも、もしかしたら増援が早く到着するかも――」
少女はそこまで言い、口を噤んだ。
褐色の肌のメイドが腰に差したそれを抜いた瞬間、周囲の温度が一段と下がった気がしたからだ。
メイドの身体を覆い尽くす、『負』のエネルギー。
それらはあまりにも禍々しく、溢れ出す殺気は見ている者の生気を全て吸い尽くしてしまいそうなほどだった。
そして、最後に一言、褐色の肌のメイドは二人にこう告げ、洞窟に向かって行った。
「あたいの名は『アルゼイン・ナイトハルト』。魔剣、咎人の断首剣を託された、あの馬鹿の右腕さ」




