三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず逃亡することでした。
……ヤバい。どうしよう。
これはアレだ。百合ってやつだ。
しかもかなり重症度の高い百合だ。
俺の危険信号がレッドゾーンに突入しました。
アカン……! 逃げよう……!
このままではお召し上がりになられちゃう……!
「あ、あのぅ……。そろそろ俺、おうちに帰ろうかと――」
「ふふ、ふふふ……。何を言ってらっしゃるのですか? それよりもカズハ様のお返事を聞かせていただけないでしょうか……?」
レイさんの顔が変な感じに歪んでいく。
ホント、マジでどうして俺はいつもこうなるの!
ていうかこの世界にはまともな人間はおらんのかい!
一体誰だよ! 理想のお嫁さんとか言った奴!
どう見ても病んでるよ! ヤバいよ!
俺を丸裸にして告白してきた時点でもう無理だよ!
「あ、そうだ。俺、ちょっと用事を思い出して――」
「……駄目です。お返事をいただくまではお返しするわけにはいきません」
「ぐえっ!」
凄い力で全身を押さえつけられました……。
いやいやいや! 俺レベル99のチート剣士なんですけど!
何だよこのラスボス並みの腕力は!
あり得ない、あり得ない!
「一言だけで良いんです。『レイ。俺は君を愛している。永遠に君を離さない。今すぐ結婚しよう。披露宴は盛大にやろう。子供は三人くらいがいいかい? はは、四人? 君も欲しがりだな』って言って欲しいだけです」
「全然、一言じゃねぇじゃんか! 妄想が飛躍してて怖えぇよ!!」
徐々に本性を現してきやがった……!
こいつ……! 本物だ……!
早く逃げないと……!
そして金輪際関わったらアカン……!
「はぁ……。私はカズハ様をお慕い申し上げているだけですのに……。でもそれも仕方ありません。カズハ様はまだお熱があるようですから、絶対安静が必要です。しばらく私が二十四時間体制で看病いたしますから、ご安心下さいね」
「あ、ちょっと……! どこに行くの!」
「宿の者に食事を用意させます。すぐに戻りますから、ここで良い子に待っていて下さい」
そう言ったレイさんは部屋を出ました。
そして扉の外から鍵を閉めました。
「……」
……うん。
どうして部屋の内側じゃなくて、外に鍵が付いてるの……?
もう完全に俺をここに監禁するつもりだろ……。
「……よし。逃げよう」
まだ頭が少しクラクラするけど、歩けないほどではない。
とりあえず部屋の中を見て回るとして……。
あ、その前に服着よう。
ええと、下着とズボン……。上着は……あれか。
荷物は……大丈夫。何も盗まれていない。
ということは、本当にレイさんの狙いは『俺』ってことか。
うーん……。あんなに美人なのに中身が残念とは……。
神様も酷なことをしますなぁ……。
「へくしょん!」
ああ、駄目だ。早く宿に戻ってもう一度寝よう。
そして今日のことは忘れよう。
ホント、俺が男だったら多少ヤンデレでも我慢できるんだけど、今はどう考えても駄目だろう。
いや、男から告白されたいとかそういう話じゃなくて、今は身体が女なんだからアカンだろうっていう話。
「……いや、待てよ。心が男だったら、別に良いんじゃね? ……でもじゃあ、どうしてこんなに鳥肌が立っているんだ?」
……分からん。何かだんだん混乱してきた。
もしかしたら、女の身体になってから心にも変化が現れてきているのかもしれない。
……ん? じゃあもしも俺がグラハムの筋肉質の裸とか見たら惚れちゃったりするのか?
……。
『グラハム様ぁ……! その見事な腹筋に惚れましたわぁ……!』
『う、うむ。そうか。カズハは俺に惚れたか。良いだろう。さあ、この腹筋に飛び込んでおいで』
『グラハム様……!』
『カズハ……!』
「アッーーーー!!! 俺は何を考えているんだああぁぁぁ!!!」
ヤバい……!
レイさんのせいで俺の頭も腐ってきている……!
目を覚ませ、カズハ!
この空間にいるから、脳が汚染されてしまうのだ!
早くこの場から離れろ!
でないと、後戻りできなくなるぞ……!
「カズハ様? 何か御座いましたか? 大きな声が聞こえてきたのですけれど――」
扉が少しだけ開き、レイさんが顔を覗かせてきた。
――チャンスだ。
俺は一瞬の隙を突き、最高速度で扉の隙間に身を滑り込ませた。
「きゃっ!」
俺の動きが目で追えなかったのか。
レイさんは尻餅を付いてその場に倒れてしまった。
しかし俺は振り返らない。
今日という日を忘れるために――。
「《隠密》!」
陰魔法の『隠密』を詠唱し、身を隠す。
効果時間は約六十秒。
この間に俺は逃走経路を確保し、この宿から抜け出してみせる。
サラバ、百合少女よ。
もう二度と会うことは無いだろう。
……いや、絶対に会いたくありません。
「……カズハ様。私は諦めません。貴女の裸体を見た今、私の情熱は更に燃え上がり、最高潮に達しております。ああ、カズハ様……。私のカズハ様……。逃がしません。絶対に、私は貴女を逃がしません――」
……レイさんの呟きが聞こえた気がして、俺は全身に鳥肌が立ちまくりました。




