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三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず裸になることでした。  作者: 木原ゆう
第七部 カズハ・アックスプラントの隠居生活
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008 いじめっ子の名前を紙に書いてその下に『バーカ』って書いたことってあるよね。

「おい、カズト! これなんかどうだ! 僕にピッタリな武器だと思わないか!」


 はい、どうも。カズハです。

 あれから俺はこのクソガキ――もといクルルを適当に変装させて、メイド長たちに見付からないようにコッソリと宮殿を抜け出し。

 その足で街の武具屋に到着したところです。


「お客さん、小さいのにお目が高いねぇ! その大槌はイスム・ルティーヤー製の中でも一級品だよ!」


「よし、決めた! カズト! この大槌を買うんだ! ……うっ、重い……」


 大はしゃぎで武器を持ち上げたクルルだけど、重すぎて全く持ち上げられません。

 そりゃ十一歳のクソガキが大槌なんて装備できるわけないじゃん。

 店の人もあまり子供を煽って高い商品を買わせようとするんじゃないよ、まったく……。


「子供用の武器ってなんかありますか? 出来れば軽くて扱いやすくて、あまり危険じゃないやつとか」


「うーん……。ウチで扱っているのだと、この『照海石の魔工杖』くらいかねぇ。でも坊ちゃんくらいだと、まだ魔工学は学んでいないだろうし……」


「馬鹿にするな! 僕は第八種魔工学をすでに履修済みで――むぐっ!?」


 余計なことを喋ろうとするクルルの口を慌てて抑えた俺は、とりあえず店員にお金を握らせて逃げるように武具屋を後にします。


「……ぷはっ! 何をするんだカズト!」


「『何をするんだ』じゃねぇよ! 普通はお前の歳じゃまだ魔工学を習わないだろうが! それを第八種まで履修済みとか言ったら、皇族だってすぐにバレるだろうが!」


「あ……。確かに、そうだな」


 急に大人しくなったクルルは俺から魔工杖を取り上げて、まじまじと眺めています。

 あー……なんかもう、さっそく疲れたかも……。


「……ふむ。まあ、悪くない杖だな。軽くて短いからそのままでは敵にダメージを与えるには困難だが、僕の魔力を注入すれば攻撃範囲外からでも容易に敵を攻撃することが可能だからな」


「だろ? もしもお前がモンスターに傷付けられでもしたら俺がメイド長にボコボコにされるんだから、なるべく遠距離で戦える武器のほうが良いに決まってるだろ。せっかく魔工学だって学んでるんだし」


 俺の説得を素直に聞いているクルル。

 うんうん、普段からそうやって大人しくなっていれば少しは可愛げがあるっつうもんだよね。

 あ、ちなみに色々豆知識を。

 『照海石』っていうのは、ドベルラクトスの近海で採れる石のことで世界中に流通されてる特産品みたいなものです。

 中に魔力を溜め込む性質を持っていて、一定以上溜まるとそれを一気に放出する特性があるんだって。

 ただし溜め込み過ぎちゃうとすぐに壊れちゃうから、そこは鍛冶師の腕の見せ所ってやつなのかな。

 品質の良いものはかなりの魔力を溜められるらしいんだけど、この杖に埋め込まれてるものはまあ普通の照海石って感じかしら。

 で、『魔工杖』はその名の通り、魔工学を学んだ者だけが扱える魔導杖のジャンルの一つで、ドワーフ族特有の武器でもあるみたいです。

 魔工学には第一種から第十種までの階級があって、数字が小さくなるほど高位の魔工を扱えるようになるらしいです(以上、リリィ先生談)。


「さあ、武器も新調したし、防具は――その変装で十分だろ」


「カズトは何も買わなくて良いのか? 僕が後衛で戦うなら、お前が盾役になって前衛で戦うんだろう? まさかそんな防御力ゼロのメイド服だけでスーマラ洞窟に向かうわけじゃ――」


「え? だって俺、魔力ゼロだよ? どんな装備をしたってゼロに何を掛けたってゼロはゼロじゃん」


「…………」


 ――沈黙。

 あれ、クルルに言ってなかったっけ?

 まあ俺が魔王だっていうのは当然内緒だけど、魔力がゼロなんだから普通に考えたら一般人より弱いっていう計算になるわけでして。


「ちょ、ちょっと待て」


 クルルの声が若干上擦っているような気がしないでもないですが、何やら鞄から機械のようなものを取り出して俺に向けています。

 あー、例のアレね。『魔導測定器』ってやつだっけ?


「…………魔力レベル、ゼロ。魔力……レベル…………ゼロ!?」


「うん」


「いやおかしいだろ! そのへんの子供にだって魔力は10くらいあるし、一般の大人だったら100くらいで普通なんだぞ!? 生まれたての赤ん坊だってゼロは滅多に無いことなのに……!」


「うん」


「いや、『うん』じゃなくて! 普通に考えておかしいことなんだぞ! そもそもドドラコス家のメイドとしての採用基準に戦闘能力の記載があったはずだし……! メイドの中で一番魔力が弱いティアラだって2000以上はあるし、メイド長のローラなんて1万を軽く超えるほどなのに……!」


「俺もどうしてか分かんないwww」


「なんで笑っていられるんだ!!!」


 ついに叫び出したクルル君。

 いやでもさ、俺だって笑いたくて笑ってるわけじゃないんだよ。うん、それだけは言わせてもらいたい。

 魔王としてほぼ無限大の魔力を手に入れたあとに、魔力がゼロになっちゃう破天荒な人生。

 それ以前に今までも色々と紆余曲折あったし、だからこそ平和な世の中で静かに余生を過ごしていたいわけなんですが……。


「そこの人達。こんな道中で大声で騒いだら皆に迷惑が掛かりますよ。…………あ」


「あっ」


「…………」

「…………」


 ――再び沈黙。

 ええ、そうです。最悪のタイミングであの少女と遭遇したからです。

 セシリアの妹、シルフィ・クライシスという名の妄想爆走少女に。


「……今度は少年を拉致監禁ですか」


「だから誰がロリコン犯罪者やっつうの! ていうかまだいたの!?」


「当たり前でしょう。今日はこれから大使と共に来賓準備のための最終調整に入るのです。夕方には港町グリッサムからお戻りになられるでしょうから、それから夕食を御一緒して資料を確認し、夜の便で公国に戻る予定です。が……」


 そこで一旦話を止めたシルフィは、俺とクルルをまじまじと眺めます。

 ヤバい……。こいつ意外と鋭いから、クルルの正体に気付いちゃいそう……。


「おい、誰だお前は! カズトの知り合いか!」


「……お初にお目に掛かります、クルル・ドドラコス殿下。私は公国より使者として招かれました聖メリサム学院のシルフィ・クライシスと申す者です」


「おお、お前があのシルフィ・クライシスか! ローラから話は聞いているぞ!」


 …………うん。

 こんなに簡単に素性をばらしてしまうとは、やっぱりクルルは子供でした……。

 ていうかシルフィはこっちを向いてニヤリと口元に笑みを浮かべてるし……。


「カズトさん、少し宜しいでしょうか」


「はい……」


 俺はガックリと肩を落とし下を向いたままシルフィの傍に向かいます。

 ああ、これで俺はまたメイド長に地獄の説教を受ける羽目になる……。

 もう鬱になりそう……。


「(一体どういうおつもりですか。まさか本当に殿下を拉致してきたのですか?)」


「ええとですね……。これには色々と深い事情が……」


 もうどうでも良いです……。

 どうせ俺はこれから宮殿に戻されて、何時間も正座させられて、ドドラコス家のメイド訓練教育書を延々と読まされて、うぅ……。


「(……なるほど、そういうわけですか。無断で殿下を連れ出したことは重大な規律違反でしょうが、拉致監禁目的でないのでしたら、私の立場で貴女を咎める権限は御座いませんね)」


「……はい?」


「(むしろ貴女は殿下の望みを叶えるために、危険を冒してまで協力を申し出ている。良いでしょう。この一週間貴女を監視していた甲斐がありました。私もスーマラ洞窟へ同行します)」


「…………はい?」


 この妄想爆走少女、今なんつった……?

 俺を一週間監視……?

 てことは、俺が毎日メイド長に叱られて宮殿の外にある空き地で泣きはらしてたのも、他のメイド達に虐められて一人一人の名前を紙に書いてその下に『バーカ』って書いて紙飛行機にして飛ばして憂さ晴らししてたのも、今さっき宮殿からクルルを連れ出したのも、全部見てたってことか……!


「…………」


「何でしょう、その顔は。殿下を守るためには魔力ゼロの貴女では盾役にはなれないのでしょう? 私は姉ほどではありませんが、剣と盾の扱いには自信があります。現に先ほどそこの武具屋で買わせていただいたイスム・ルティーヤー製のライトソードとクロムシールドは私の手にピッタリです」


「最初から最後まで、全部見てんじゃねぇか!!! ていうかストーカーじゃん!!?」


 アカン……! やっぱこの妄想爆走少女、かなりあたまおかしいみたいです!

 せっかくレイさんとは別任務になれたってのに、同じカテゴリーの変人に見張られてたら意味ないし!

 どうしてこの世界はいつもこんなんなの!


「何だ? お前、剣と盾が使えるのか? よし、なら僕達と一緒にスーマラ洞窟へ向かおう!」


「ええ、クルル殿下。見事北極ニャンゴロウを打ち倒し、手懐けて見せましょう」


 あぁ……。なんかもう、意気投合してるし……。

 もうどうにでもなって下さい……。



 ――というわけで、俺とクルル、シルフィの三人でスーマラ洞窟に向かうことになったわけでして。




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