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三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず裸になることでした。  作者: 木原ゆう
第七部 カズハ・アックスプラントの隠居生活
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006 公国から来た十一歳の少女は妄想爆走少女でした。

「本日はお招き頂き感謝いたします。聖メリサム学院二年、シルフィ・クライシスと申します。今回はこのような交流の場を与えて頂き、未来における二国間の関係改善に前向きな姿勢をお示し頂けた事――」


 首都ルシュタールにある大使館の特別来賓場で行われている、公国との国交正常化に向けた来賓とのリハーサル。

 俺の目の前で毅然とした態度で台詞を喋る少女、シルフィは長い黒髪に青い瞳の美少女です。


「シルフィ君。そんなに堅苦しい挨拶はせずとも良いと思うのだが……」


 シルフィのリハーサルの相手は公国側の大使の太ったおっさんだ。

 本番では族長のラドッカを前に大勢の観衆の前で行われるみたいだけど、まあなんていうか平和のアピールっていうか、まだまだ不安を抱えている世界中の人々に向けてのメッセージみたいな感じでしょうか。


「堅苦しいでしょうか?」


「うむ、確かに二国間の関係改善に向けた交流会ではあるが、『年少者同士の未来に向けた交流』というのが今回の趣旨であるからな。ドベルラクトス国も今の公国も、過去の遺恨を未来の若者に残さぬよう最大限の努力をしておる。世界が平和に向けて一丸となっている今だからこそ、堅苦しい挨拶など抜きにして若者同士親睦を深め、互いの友情を育むのが目的なのだ」


「互いの友情を育む……」


 大使のおっさんに言われ、考え込んでいるシルフィ。

 もしかして今まで彼女は、こういうことを考えたことすらなかったのかも知れないよね。

 今までの公国って表向きはメリサ教を広めてる信心深い国を謳っておきながら、実際は禁止されてる奴隷売買が蔓延してたり裏切り・殺人・麻薬密造なんかが多発してたりの腐り切った国だったからね……。

 まあ共和国も連邦国も似たようなモンだったけど。


「まだ君には難しい課題かも知れぬな。では、そろそろ休憩を入れようか。あー、そこのメイドの君」


「……え? 俺?」


 急に呼ばれてキョトンとしちゃいました。

 まだメイドになったという自覚がないから、他の人を呼んだのかと周囲を見回しちゃったし……。


「君以外に誰がいると言うのだね。一旦休憩を挟んで、午後からリハーサルを再開する。それまでシルフィ君を宮殿や街に案内してやってくれ」


 それだけ言い残し、大使のおっさんは他の偉い人達と別の打ち合わせを始めちゃいました。

 いやいや、宮殿と街を案内って言われても、俺もついこの間首都に来たばかりで右も左も分からないんだけど……。


「宜しくお願いします。ええと、お名前は……」


「あ、カズトです。悪いんだけど、俺もあんまりこの街のこと知らないんだよね。まだメイドになったばかりで研修中だし」


 俺はメイド長から特別に用意してもらった『研修中』の腕章を堂々と見せます。

 ……もしかしてこの腕章にも呪いが付加されてたりして。


「研修中……? リハーサルとはいえ、そのような方が来賓の応対をするとは、ドベルラクトスは深刻な人材不足ということでしょうか。見たところ帝国出身のようですし、それ以前に言葉遣いがなっておりません。まさか、ドベルラクトスも水面下で禁止されている奴隷売買を……?」


「ちょ、ちょっと待った! 俺は奴隷じゃないし、またそうやって騒がれるとメイド長の怖い説教を喰らうからやめて!」


「あ……」


 俺は騒ぎ出しそうなシルフィの口を押さえ、大使のおっさん達の目を盗んで大使館から走り去ります。

 あぶねぇ……。

 もうこれ以上問題を起こすと、奴隷以上に過酷な仕打ちを受けそうでマジ鬱になりそうです……。


「ふいー。とりあえずこの辺でいいか」


 大使館の裏手を走り抜け、人気の無い空き地でシルフィを解放します。

 ここなら少しくらい騒がれても問題ないだろ。


「……どういうつもりなのでしょう。このような人気の無い場所に強引に私を連れて、奴隷商人にでも売り渡す気なのでしょうか」


「いい加減奴隷から離れろよ! ていうか、お前クールだな! 姉ちゃんと全然性格違うじゃんか!」


「姉……? もしかして、セシリア姉様のお知り合いなのですか?」


 ……さっそくミスりました。

 確かアルゼインがこの情報は『機密事項』だとか言ってなかったっけ……。

 公国側が操作して、シルフィとセシリアの接点をわざわざ隠蔽してるのに、俺が知ってたら怪しまれますよね……。


「あー、えー、うーんと、セシリア……? あー、はいはい。セシリア。ええと、アレだっけ? 公国の……竹?」


「公国の『盾』です。セシリア・クライシス。公国にクライシス姓の者はおよそ一万人ほどおりますが、何故あなたは私の姉がセシリアだと気付いたのでしょう?」


「え! マジで! お前の姉ちゃんって、あの有名な聖堂騎士団の隊長だった絶壁のセシリア――あっ」


「絶壁……?」


「…………」


 ……またまたミスりました。

 ついセシリアの話になると癖で『絶壁』って言っちゃうから、それが元で彼女の血管がぷっつんと音を立てて切れるという案件が何度も起きたというのに……。


「貴女は胸の大きさで女性の価値をはかる差別主義者というわけですか」


「違う違う! 『絶盾』! そう絶盾のセシリアって言いたかったの!」


 もう全身が汗だくでどうしようもないです。

 シルフィはクールな瞳で俺を見つめて、さっきから表情が全然変わらないし……。

 アカン! 何を考えているのか分からない系の少女だこいつ……!

 どうしよう! 俺が最も苦手とするタイプだ!


「……セシリア姉様が魔王軍に捕らわれた後、公国に戻って来られた際に一度だけお会いました。その時の姉様は嬉しそうに私にこう話して下さいました。『シルフィ。貴女も知っているとおり、私は絶壁と呼ばれることが大嫌いなの。でもね、たった一人だけそう呼ぶことを許せる人がいるわ。いつか貴女にその人を紹介できる日を迎えるために、私は戦う』と」


「…………」


 …………うん。

 なんか、うん…………。


「戦争が終結し、姉は正式に聖堂騎士を退役し、魔王軍の一員となりました。議会でも私と姉の関係は隠蔽されることが決定し、それ以降一度も会うことができないでいます。もしも貴女が姉の知り合いであるならば――」


 そこまで言いかけたシルフィは急に何故か黙り込んでしまいます。

 うーん、表情が変わらないから何を考えているのかさっぱり分からん……。

 でもセシリアと仲が悪いわけでもなさそうだし、俺が魔王だとは気付いていないみたいだし……。

 とりあえずセーフ?


「……いえ、何でもありません。カズトさん」


「はいカズトです」


「貴女にも事情があるでしょうから、これ以上は詮索しません。ですが……一つだけ警告しておきます」


「警告?」


 そこで一旦区切ったシルフィは、俺の目をじっと見つめてこう言いました。


「年少者には、決して手を出さないと約束して下さい」


「…………」


「公国からの来賓は聖メリサム学院、総勢二百名の少女がドベルラクトス国の年少者との文化交流を目的に首都に集います。思春期真っ只中の彼女達に何か・・あったら、国交正常化に向け努力してきた両国の顔に泥を塗ることになるでしょう」


「…………」


 …………うん。

 どうしよう。全然セーフじゃない方向に勘違いしてるかもしれないです……。


「あの時の姉様の表情、あれはまぎれもなく恋する乙女の顔でした。そして絶壁を好むという特殊性癖――。同性愛を否定する気はありませんが、無垢な少女が対象となると話は別です」


「何の話ですか!?」


「とぼけても無駄です。貴女は恐らくすでに過去に過ちを犯している。それが原因で帝国兵に捕まり、牢に閉じ込められていた――。そこで姉様と出会ったのです。それから貴女は奴隷商人から支払われた保釈金により牢から出た後に、ドベルラクトスに売り飛ばされてメイドとなった。私には分かります。貴女は過去に無垢な少女を監禁、もしくは拉致などの重罪を犯しているはず」


「誰が少女を拉致監禁なんてして――――あっ」


「…………」

「…………」


 …………ええ、はい。ついドモってしまいました。

 少女というか、幼女? つまり精霊のルルを拉致(重罪)監禁(緊縛の陰魔法)してたことを思い出しちゃいまして……。

 いやいや、アレは本当の幼女じゃなくて見た目が幼女なだけだから!

 実年齢は何百歳とかだし、緊縛の魔法は掛けたけどああでもしないとドラゴンになって俺を喰おうとするからだし!


「決まりですね。姉様が貴女の正体を話したがらない理由がこれではっきりとしました。釈放されたとはいえ、少女を誘拐・拉致・監禁をしていた重罪人だと世間に知られれば、姉様の恋は成就しない。そのような辛い恋をしている姉様を苦しめる貴女を放っておけば、大事な聖メリサム学院の生徒らにも危害が及ぶでしょう」


「待て待て待てーい!!」


「ラドッカ族長がどういうおつもりなのかは分かりませんが、そのような重罪人をメイドとして雇い、公国からの来賓の世話をさせようというからには深い考えがあるのでしょう。本当に貴女が改心したとお考えなのか、それとも別の思惑があるのか――」


「待てっつってんだろ! 誰がロリコン犯罪者や! 取り消して!」


 もう完全に俺を軽蔑している様子のシルフィは、それでも淡々と話します。

 この妄想暴走少女、やっぱりセシリアの妹だね!

 姉妹揃ってあたまおかしい!


「ええ、良いでしょう。だからこそ聖メリサム学院主席である私が派遣されたことにも納得がいきます。ですので、今後は貴女の監視を行わせて頂きます。学院の生徒を守るのも主席たる私の役目。ドベルラクトスの闇を暴き、今度こそ本物の世界平和に向け、公国を中心とした安全保障の提言を――」


「…………」


 ついに腕を組み、一人でブツブツと言い出した十一歳の少女。

 ……どうしよう。放っておいてもいいかな。



 というわけで、あっという間に休憩時間が過ぎちゃったわけでして。




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