005 逃げ出そうとしたら呪いのアイテムを装備させられました。
「カズトさん。これが貴女専用の特別研修メニューです。内容を確認し、明日早朝よりすみやかに行動して下さい」
数時間のお説教が終わった後、俺はメイド長から分厚い冊子みたいな特別メニューを受け取りました。
ええと、内容は…………うん。
吐きそうなくらいびっしりと紙に文字の羅列が見えてきて、眩暈がしてきたからそっとページを閉じます。
「ああ、それとこれをお渡しするのを忘れていました。カズトさん、耳をお借りしますわね」
「耳?」
懐から淡い緑に光るものを取り出したメイド長はそれを俺の耳に取り付けます。
何だろう。もしかして俺が魔王だと気付いてお近づきのしるしにプレゼントをくれるとかかな。
「ええ、イヤリングですわ。ドドラコス家のメイドに代々伝わる『戒めのイヤリング』。これを付けた者は王家の血を引く者以外の命令で、この宮殿がある首都ルシュタールから外へと一歩も出ることが出来なくなりますの」
「それ呪われた装備じゃん!? じゃあもし万が一街の外に出ちゃったらどうなるの!?」
「大丈夫ですよ。耳が千切れるだけですから。あ、あと脳も少しだけ損傷を受けます」
「全然大丈夫じゃない!?」
俺は慌ててイヤリングを引き抜こうとするけど、当然ビクともしません……。
……だよね。だって呪われた装備なんだから。
「私も長くメイド長を勤めさせて頂いていますが、研修初日で逃げ出そうとしたのはカズトさんが初めてです。このイヤリングを使う日が来ようとは思いもしませんでしたが……これも何かの定め。まずは明日、公国からの来賓のリハーサルが行われますので、今夜その資料に書かれている内容を全て頭に叩き込み、本番のつもりで実行に移して下さい」
「えー」
「ではもうひとつ、戒めのイヤリングを空いているほうの耳に――」
「完璧に覚えます!!」
ビシッと敬礼のポーズを取った俺はそのまま逃げるように説教部屋から立ち去ります。
うーん、困った……。
まさか研修初日から呪いの装備を付けられるとは予想外の出来事だ。
あのメイド長、えげつないことしやがるなぁ……。
説教はめーーーっちゃ長いし、怖いことをさらっと言うし――。
『エアリーさん! 何度言ったら分かるのですか! そこの計算式は、こうです!』
『ふえぇぇ……! ごめんなさいですぅ……!』
『ドドラコス家のメイドとなった以上、流通にも詳しくならなければやっていけませんよ!』
『は、はいぃ……!!』
…………。
廊下の奥の部屋から、教官のメイドが怒る声とエアリーの泣きそうな声が聞こえてきます。
エアリーよ。お前も大変なんだな。でもな、俺は忘れないぞ。
逃げようとした俺をお前がメイド長に売ったせいで、俺は今、呪いのアイテムを装備させられているんだ。
……今夜、宿舎に帰って来たら『地獄のくすぐりの刑』だから覚悟しておけよエルフ犬。
俺はふっと鼻で笑い、その場を後にしました。
◇
「…………」
「お、やっと帰ってきたねぇ。エアリーはまだかい?」
宮殿のすぐ外にあるメイド用の宿舎に戻ってきた俺は、そこで酒を飲んで寛いでいるアルゼインとばったり会いました。
「いやぁ、ホントこの国は良いところだよねぇ。酒は旨いし、メイドの仕事も楽ときた。ほら、あたいを洋裁店に連れて行ったティアラっていうメイドの子がいただろう? あの子、あたいが着替えている間にずっとこっちを見てるから、もしかしてと思ってさぁ」
アルゼインは酒を床に置き、そのままソファに寝転がりました。
そして何故か挑発的なポーズで俺にウインクとかしながら話を続けます。
「閉鎖的なメイド達の空間。朝から深夜までの激務。女社会。まあ執事達もいるっちゃあいるけど、あいつらとは業務的にはほぼ関わらないで、王の警備のときだけ一緒に行動するらしいねぇ。ティアラはドワーフ族だから背が小さくて、体型も言っちゃえば幼児体型だろう? あたいのように背が高くて胸が大きくてスレンダーな女は憧れの的というわけさね」
「…………」
俺は眉を顰めてアルゼインを睨みます。
こいつ、まさか――。
「なんだい、その顔は? あたいだって別にそっちの気はないけど、相手が求めてきたら断るってのも可哀想じゃないか。ちょっと人目の付かない裏路地を歩いているときにティアラを壁ドンして、耳元で愛の言葉を囁いてやったら、もうあたいの虜になったみたいだしね」
「お前、最低の人間だな! いやハーフエルフだけど!」
俺は怒りに任せてメイド服を脱ぎ捨て、下着だけの姿になります。
ああもう、どいつもこいつも馬鹿ばっかで頼りになる奴が一人もいないし!
俺は明日の早朝から特別メニューとかで早出勤なんだから、飯食ってもう寝ます!
「何をそんなにイライラしているんだい? 平和な世の中で酒飲んで暮らせるんだから、これ以上の幸せなんて無いだろう?」
「平和な世の中で、どうしてさっそく呪いのアイテムとか付けられるんだっつうの!」
「呪いのアイテム?」
俺は髪を掻き上げ、左耳に付けられたイヤリングをアルゼインに見せます。
ソファから起き上がったアルゼインはまじまじとそれを見つめて――。
「ふーーー」
「ひゃほん!? ……お前なに耳に息を吹きかけてんだよ! ていうか酒クセェよ!」
俺は鼻を摘まみ一歩後ずさります。
何故かアルゼインは残念そうに溜息を吐き、再びソファに戻って行きました。
「……少しは嫉妬してくれるかと期待したあたいが馬鹿だったね。まあティアラも可愛い子だし、あたいが頼めば極秘資料をこっそり見せてくれたりとか、面倒臭い仕事を代わりにやってくれたりするから楽で良いんだけどね」
「お前、俺と代われ! 俺も楽しーたーいー! もうあのメイド長に説教されたくなーいー!!」
その場で地団太を踏み、もはや俺は暴れる寸前です。
なんかこのままじゃ飯食っても興奮しちゃって寝れなそうだし……。
「じゃあ、一つだけ極秘資料の一部を教えてやるよ。その情報を元にカズハなりに上手くやって、あのメイド長の評価を上げたら良いじゃないか」
「お! それナイスアイディア! 教えて、アルゼイン先生!」
一気に機嫌が良くなった俺はアルゼインが座るソファの前に正座になります。
あのメイド長をギャフンと言わせて『ああー、カズト様ー、すごいー、素晴らしいー』って完全降伏させたいもん!
「明日の公国からの来賓のリハーサル。聖メリサム学院の首席の女の子が来るらしいんだが、その子の名前とプロフィールがこれだよ」
アルゼインは爆乳の谷間から一枚のメモを差し出しました。
そこに書かれていたのは、以下の内容です。
【シルフィ・クライシス】
十一歳。聖メリサム学院主席。
両親は他界。姉が一人。
姉の名はセシリア・クライシス。『公国の盾』と呼ばれた元聖堂騎士団隊長。
「…………へ?」
「この情報はあたいらみたいに議会主導で隠蔽されるほどではないけどねぇ。セシリアも今は立派な魔王軍の幹部だし、公国側の要望でセシリアの妹だということは伏せられているらしいよ」
シルフィ・クライシス……。
セシリアに妹がいたのもビックリだけど、確かセシリアも聖堂騎士になる前は士官学校で主席だって言ってたし……。
姉妹揃って優秀って、羨ましいですね!
「セシリアはあんたに『ホの字』だろう? 妹のほうも案外上手く篭絡できるんじゃないかい?」
「人聞きの悪いことを言いますね、アルゼインさん!?」
あれは俺が篭絡したんじゃなくて、単にセシリアが変態なだけだろが!
レイさんといい、変態男三人衆(ゲイル、デボルグ、グラハム)といい、ぶっ飛んでる奴が多すぎるんだよ! 魔王軍には!
「ま、あとは勝手にやりな。あたいは風呂で熱燗を呑んでくるから、エアリーが帰って来たら風呂が沸いてると伝えておいれくれ」
それだけ言って手をヒラヒラさせて風呂に向かったアルゼイン。
うーむ、でも確かにこの情報は使えそうだなぁ。
メイド長がビックリするぐらいにリハーサルを大成功させて、そしてシルフィを俺の味方に付けさせる――。
そうすれば呪いのアイテムも解いてもらえるかもだし、ここから逃げ出すチャンスが掴めるかもしれない……!
「よし! 今夜はもう早く寝よう! 明日に全てを賭ける!」
そう叫んだ俺は下着姿のままソファにダイビングして寝ることにしました。




