002 ドワーフの国でのんびりと一生暮らしていたいです。
――ドベルラクトス国、首都ルシュタール。
世界最北に位置する国の中でも、ここだけは昼夜問わず気温が一定で過ごしやすい街である。
モデルとなった外観は連邦国の中でも随一の科学力を誇る魔法都市アークランドとされ、至る場所に魔工学を用いた施設や建造物、武具店やアイテムショップ、酒場や食品館までもが立ち並んでいた。
特に一際目に付くのが武具に精通したドワーフ族のみで構成されている鍛冶ギルド『イスム・ルティーヤー』であり、世界最高峰と名高い伝説の鍛冶職人ゼギウス・バハムート製の武具に次ぐ流通量を誇るギルドでもある。
魔工学の先駆者であるドベルラクトス国の初代国王の残した多数の書物にはゼギウス・バハムートの祖先と目される人物がたびたび登場するも、未だ真実は明かされておらず真実は闇の中である。
だが考古学者の間では鍛冶ギルドの名称となった『イスム・ルティーヤー』は古代語で『バハムート』を意味するとされ、双方の関係についても研究は続けられている模様である。
「やっぱこの街はすごい所ですねぇ……。ドベルラクトスは寒い国で有名なのに、街全体がちょうど良い気温で保たれていますしぃ」
そう溜息交じりに言ったエルフ犬は俺の前方をスキップをしながら進みます。
確かに暑くもなく寒くもなく、過ごすには最高の気温だよね。
それにめっちゃ広いし何でも揃ってるし、もうここに永住しても良いくらいじゃね?
「首都のルシュタールは世界的に見ても科学力・製造力ともに最高峰とまで言われておりますからね。しかしドワーフ民族は極端に他の種族との関わりを避けてきたため、そのほとんどの流通を同盟国である六カ国に委ねてきた経緯があります。イスム・ルティーヤー製の武具は帝国や共和国経由、魔導具や術式に関する書物などは連邦国経由が主ですわ」
まるでガイドのお姉さんかの如く、この街の説明をしてくれるレイさん。
……でもさ、俺の腕をがっちり掴んで自分の胸の谷間にホールドするのはやめてくれませんか。
みんな過ごしやすいからめっちゃ薄着だし、もろにレイさんの胸の感触が腕に――。
「……ぷはーっ! やっぱルシュタールの酒は格別に旨いねぇ! あのド田舎の酒とは比べ物にならないよ!」
「もう~、アルゼインさん。これから私達、族長さんに会いに行くんですよう? 朝からそんなに酔っぱらってたら怒られちゃいますよぅ」
後ろを向いて頬を膨らませ、そう言ったエルフ犬。
俺達の最後尾を千鳥足で歩く酔っぱらいは悪びれた様子もなく、こう言い返します。
「何を怒る必要があるってんだい? 世界は平和になったんだ。これからのあたいは朝・昼・晩と酒を飲み続ける人生を送るのさ。それの何が悪い?」
「……いや、その酒代は誰が払うんだよ。俺らここ一ヶ月以上ニート生活を送ってるんだけど」
「そんなもの、この国の族長でもガロン帝王でも誰でも払えるに決まってるだろう? なんだったら、あたいのこの身体を使って稼いできても――」
「はいストップ! お前みたいなボイン色黒ハーフダークエルフがエロ方向で稼ぎ出したら、それこそ正体隠して大人しく過ごしている意味が皆無になるから却下! ていうかそれ以前に却下!」
まだ何か良からぬことを言おうとしているアルゼインの口を強制的に塞ぎます。
こいつ、羽を広げ過ぎじゃね……?
いくらエルフィンランドの件も精魔戦争の件も無事に終わったからって、あの時の真面目なアルゼインさんは一体どこに行った……?
「生活費の心配はしなくても大丈夫だと思いますわ」
「……へ? それは一体どういう――」
俺の腕に纏わりつくレイさんにそう質問した瞬間。
彼女は俺の唇に人差し指を突き出し、悪戯な笑みを浮かべてこう言いました。
「それは、ヒ・ミ・ツ♪」
「………………あ、はい」
レイさんの誘惑にこれっぽっちも心を惑わされない俺は素っ気なくそう答えるだけです。
見た目が絶世の美少女でも、中身は腐り切った女子であることを嫌というほど味わった俺は、もはやレイさんを女としてではなく――そもそも人間という認識もなく――なんだろう、宇宙人? いやそれだと宇宙人に失礼な気がするし、とにかく言葉で言い表せられないほどの異質な存在として認識してます。うん。
「あ、見えてきましたねぇ。あそこが族長さん達が住んでいる宮殿ですよぅ」
エアリーの指差す先に立つのは、円形を模った宮殿だ。
その周囲の地面には幾何学模様の魔法陣を模した花畑が広がっている。
へー、こういうのも良いね。もしかしたら族長は家庭菜園とかも詳しいのかな……。
「おい、お前達! ここに何しにきた!」
と、そこに突如現れたのはドワーフ族の子供だ。
歳はどれくらいだろう……。なんか貴族っぽい洋服を着てるけど、手に構えているのは玩具と言ってもいいくらいの小さな木刀だ。
「こんにちわ~。私達は族長さんに呼ばれて来た、外国の旅行者だよ。私はエアリー。君の名前は?」
少年の傍に寄り、優しく声を掛けるエアリー。
うんうん、こういうのは少年と知能レベルが近いエルフ犬に任せるのが吉だろう。
残りの二人は見た目も中身もエロすぎるから、あまりこの少年に近付け過ぎないように注意して、と……。
「外国の旅行者に名乗る必要など無い! ここは由緒正しき宮殿だ! 高貴なるドワーフの血を引かぬお前達が軽々しく訪れて良い場所でもない! 即刻ここから立ち去れ! さもなくば――」
「クルル様……! またこんな場所で悪戯を……! ラドッカ様に言い付けますよ!」
小さな木刀を振り上げた少年だったが、宮殿から慌てて走り寄ってきた女性に声を掛けられ制止する。
「くっ……面倒な奴が来た。おい、お前達! お爺様に会いに来たと言ったな! お爺様は非常に忙しいのだ! 決して手間を取らせてはならないぞ! いいな!」
「お爺様……?」
それだけ言い残し、その場を走り去っていった少年。
うーん、何だったんだろう……。
「申し訳御座いません。ラドッカ様からお話は伺っております。エアリー様、アル様、カズト様、それと護衛騎士のハ-レイン様で宜しかったでしょうか」
メイド服を着た女性は俺達がユウリから預かった通行証を確認します。
あ、ちなみにエアリーは本名のエリアルは使わず、アルゼインは『アル』、俺は『カズト』、レイさんは『ハ-レイン』っていう偽名で入国してます。
一応、有名人ではあるからね、俺達。精魔戦争の当事者なわけだし。
髪型とかもそれぞれ今までとは変えて、簡単な変装とかもしてるし。
「…………はい、確認致しました。すでにラドッカ様は本殿でお待ちです。このままご案内致しますので、ハ-レイン様の武具はお預かりいたします」
メイドの女性に言われ、騎士剣を差し出すレイさん。
さすがに勇者の剣を持ってくるわけにもいかないので、この国で一番有名なイスム・ルティーヤー製の騎士剣を新調したんだよね。
レイさん曰く、ゼギウス爺さんの作る剣に比べると切れ味は劣るけど、重量が絶妙で重すぎず軽すぎずかなり使いやすいそうです。
特にグリップの部分が特殊な加工をしているそうで、魔工学? とか何とかいう技術で使い手の魔力を微調整して手に馴染むようにしているとかなんとか……。
ごめん、あまりお店の人の説明を聞いてなかったからそれ以上は覚えていません……。
というわけで、俺達はメイドの女性に連れられて本殿に向かうことになりました。




