056 エピローグ
『 精王歴4996年。
全世界を巻き込んだ先の世界ギルド連合対魔王軍の戦い――いわゆる第二次精魔戦争は魔王軍の勝利に終わった。
再びこの世は暗黒時代を迎えるかと思われたが、事態は急展開を迎える。
議会の最高顧問であるマクダイン議長の娘であり、魔王軍に捕らわれの身となったシャーリー・マクダインを魔王軍は早々に解放。
また静観を続けていたドベルラクトス国の最高指導者、ラドッカ・ドドラコスの進言により『四皇』――すなわちゲヒルロハネス連邦国のバルザック・レイサム首相、ユーフラテス公国のエルザイム・マカレーン主教、ラクシャディア共和国のハウエル・メーデー宰相、および元エルフィンランドの宰相であり魔法遺伝子研究における第一人者でもあるジェイド・ユーフェリウス――による六カ国協定違反が世界中の人々の前に明るみとなる。
非人道的な魔法遺伝子の研究、世界遺産とされる精霊王の遺物の破壊、議会の私物化、水面下での奴隷制度の推進、非合法な取引・人身売買・臓器販売など重大な協定違反だけでも十二を超え、また国際法違反は百を超えていたことが新たに判明。
事態を重く見たマクダイン議長は魔王軍に協力要請を求め、これらを全て是正。
世界ギルド連合は解散し、議会も一新。新たな時代の幕開けとなった。
また魔王アックスプラントおよび魔王軍幹部に掛けられていた嫌疑は再検証され、手配書は全て撤廃。
そもそも純血の魔族ではない現魔王は世界征服など考えてもいないことが判明。
これには帝国やエルフィンランド国、ドベルラクトス国などからも支持が集まり世界中の人々に知らしめる結果となった。
首長を失った三国――連邦国、共和国、公国は一時、魔王軍が在籍している帝国の領土となったが、これは各国内によるテロを未然に防ぐための措置として全会一致で議会に承認された。
近々、国民による新たな首長の選出が予定されている。
エルフィンランド国の女王、エリアル・ユーフェリウスは新たな王政と民政を議会に提言。
王政の代表には現職のザノバ・ストコビッチ宰相を、そして新たな民政の代表にはレベッカ・ナイトハルトを起用との見方が強い。
国民は女王の帰還と元民政の代表であり妖竜兵団の隊長でもあったアルゼイン・ナイトハルトの再起用を望む声が多数を占めたが、両者はこれを否定。
終戦後すぐに行方を眩ませた魔王カズハ・アックスプラントの足取りも掴めず、議会は勝者不在のまま世界平定の道を歩むこととなる。
またジェイド・ユーフェリウスと肩を並べた魔法遺伝子研究の先駆者、ガゼット・オルダイン博士は現存する全ての魔術禁書を議会承認の元、永久に封印することに成功。
さらに魔法兵器として今後用いられる危険性の高い魔導増幅装置は全て廃棄された。
これにより六カ国協定が改定され世界の平和と安寧は確実のものとなるであろう。』
――議会公報第一号より抜粋
◇
――ドベルラクトス国、最北部の森。
「……………………さぶいっ!!!!!」
俺は鼻水を飛ばしながら叫びます。
ていうか、寒い! マジ寒い!
早くおうちに帰りたい!
そして暖かい珈琲飲みたい!!
「仕方ないじゃないですかぁ! 戦争に勝ったのは良いんですけど、しばらくは身を隠しておかないと危険だってユウリ様が言うんですからぁ……! ああでも、本当に寒いですぅ!」
俺の背中にくっつきながら震えているエルフ犬――もといエアリー。
……お前、魔王の俺の陰に隠れて吹雪から身を守ってるだろ。
俺だって寒いの! もう鼻水も凍っちゃってツララみたいになってるの!
「カズハ様ぁぁん! こうなったら人肌同志まったりとねっちりと擦り合って寄せ合って抱き合って温め合わないと死んでしまいますわぁぁん! どうぞ! その御着物をお脱ぎになって私めの淫らにはだけた胸の谷間にカズハ様のお胸を擦り合わせつつ寄せ合いつつ抱き合いつつ温め合いつつねっちりまったり――」
「うるさい! コート脱いだら余計死ぬわ! ていうか明らかに目的が違う! レイさんの目が血走ってる!」
ぐいぐい来る変態淑女――もとい変質者――もといレイさんの頭を右手で払い……払い……強い! 払えない!
「カズハ様……。やっぱりあの一戦以来、魔力が――」
レイさんを押し退けるのに精いっぱいの俺を心配そうに覗き込むエアリー。
……いや! 心配するなら今だろ!
俺、脱がされてる! 寒い! このエロ馬鹿をどうにかして!
「大丈夫、ですわ……! はぁはぁ……! カズハ様はあの戦いで、はぁはぁ……! 私達のために全ての力を出し切って、はぁはぁはぁ……! そして世界を平和に導いて下さって……!!」
「今危険! 俺危険! 世界とかどうでもいい!」
「ラドッカ族長の計らいでドベルラクトスに匿って貰えたのは良かったのですけれど……。でもまさか首都ではなくて、こんな最北の田舎に向かわせるなんて、一体族長は何を考えていらっしゃるのでしょうねぇ」
「知るか! あのジジイは単に人間嫌いなだけだろ! ていうか助けて! パンツ、パンツが……!!」
レイさんの猛攻に、俺は凍え死ぬ前に貞操を失うショックで死にそうです……。
いや、それだけは嫌だ!
こんな変態に蹂躙されてショック死とか、俺浮かばれない!
「あー、さぶいねぇ。酒ひとつ買うのに隣町まで行かないといけないなんて、どれだけ不便――って、何を楽しそうにしているんだい?」
「あ、アルゼインさん。良かったですねぇ、お酒が売っている街が近くにあったんですね」
「うーん、まあ、あったにはあったんだけどねぇ……。帝国みたいに種類は多くないし、さっき少しだけ飲んでみたけど、度が強いだけで大して旨くもないし――」
「はいそこ! 今! この状況で! どうして! 普通に! 会話が! 出来るんですか! 馬鹿なんですかーー!!!」
「カズハ様カズハ様カズハ様の全てが!!! 私をたぎらせる!!!」
「うるさいな!!!」
俺がそう叫ぶとエアリーとアルゼインは二人同時に苦笑しました。
……いや、何度も言うけど助けなさい。
「はいはい。レイもいい加減、落ち着きな」
「むぎゅ」
アルゼインに顔面を掴まれ、そのまま俺からレイさんをひっぺ剥がしてくれました。
ふぃー……。マジで食べられるところだった……。
ていうかだいぶ食べられた……。
「戦争が終結して十日。まだまだ世界はこのニュースで持ちきりさ。ジェイドは四宝で封印したけど、新生物化した兵士達の問題もまだ全ては解決していないからねぇ」
「……はい。ガゼット博士が作った薬のおかげで多くの兵士は元に戻りましたけれど、まだ副作用に苦しんでいる方達も沢山います。博士が仰るには、全てが元に戻るまで数年は掛かるとか……」
アルゼインとエアリーが深刻そうな話をしている間に俺は服を着直して、レイさんと距離を保ちます。
ついでにエアリーの背中に隠れておこう。さっきのお返しで吹雪避けにしちゃう。
「三国の新たな首長選挙の件もあるし、議会を含めた六カ国協議もいずれ再開されるだろうさ。着実に世界は平和に向かっているとはいえ、不穏分子はまだ各国に残っている。特にこの馬鹿を狙う輩はいくらでもいるだろうからねぇ」
「……そして、それは私とアルゼイン様にも言えます。王政と民政の元代表なんて、狙うには格好の餌食ですからね」
「そういうことだね。ま、もうエルフィンランドの要人に戻る気なんかさらさら無いし、エアリーもそうなんだろう?」
「……はい。やっぱり私は女王としてよりも、カズハ様の方が大事ですから……」
あー、エアリーの背中あったかーい……。
やっぱ犬だねこいつ。
寝るときとか抱っこしたら気持ち良いもんなぁ……。
「むぐ。むぐぐ」
「……なんだい? もうカズハを狙わないと誓うかい?」
「…………むぐ」
アルゼインの問い掛けにコクリと頷いたレイさん。
軽く溜息を吐いたアルゼインは彼女から手を離します。
「……コホン。とにかく、しばらくはこの村で身を隠して過ごすほかは無いということですわ。議会との連携はユウリ様、ラドッカ様、ザノバ様、ガロン様の四者に託して、私達は大人しく世界の情勢を見守ることしかできませんもの」
「まぁねぇ。下手に動いたら、またこの馬鹿が何をしでかすか分かったもんじゃないし」
コツンと頭を小突かれ、俺は目を開けます。
良いもん。もう馬鹿とか言われるのにも慣れたもん。
「カズハ様の魔力が戻る方法も、今の所は不明ですし……」
「いらない」
「え……?」
エアリーから顔を離し、俺は立ち上がって宣言します。
――そう、もう戦争は終わったんです。
不穏分子は幾らか残っているみたいだけど、そんなのは俺の優秀な仲間達でどうにかなるレベルだし。
戦いに次ぐ戦いで、俺はもう疲れ果てました。
だから、ここからは『俺の平和』の始まりです。
ずっと夢見てた、平穏な暮らし。
繰り返しの人生の呪いから解き放たれ、俺は緩やかに歳を取り、そしていつかは人生を終える。
そんな当たり前の人生を送りたいんです。
「家庭菜園をやる!」
「…………はぁ?」
「だーかーら! 平和になったんだから、ゆーっくりと家庭菜園とかやって過ごすの! もう戦わないの! 平和に暮らしたいの! それが『俺の平和』なの!!」
俺は指を高らかに掲げ、天を仰ぎます。
ああ、これぞ俺の求めていたもの……!
戦争反対! 平和な世界万歳!
「でもぉ、こんな極寒の地じゃ家庭菜園とか出来ないんじゃ……」
「…………」
「そもそもカズハは家庭菜園ってどうやってやるのか、知っているのかい?」
「…………」
「家庭菜園よりも、幸せな家庭を私と築くというのは、如何でしょうか!」
「…………」
…………うん。
なんか、余計に寒くなってきた……。
とりあえず暖炉がある家を探そうか……。
――というわけでして。
無事戦争が終り、俺の新たな人生の幕が開けたのでした。
第六部 カズハ・アックスプラントと古の亡霊(後編)
fin.




