054 俺の優秀な仲間達が力を合わせれば怖いものなしです。
目の前が、真っ白になる――。
ジェイドの腕が俺の腹部を貫いて、背中に貫通しているのが分かる。
風景が霞み、ゆっくりと目を閉じると不思議な光景が眼前に広がった。
――ああ、これは海だ。
魔法遺伝子が泳ぐ、海。
赤と紫の楕円をした魚が、俺の死骸をついばんでいる。
白と黒の菱形をした魚が、俺の目玉を取り合っている。
でも、次第に魚は蒸発し周囲には何も無くなった。
俺の心も空っぽで、何も無い。
これが――死。
これほどまでの空虚を、俺は命より大切な仲間にも味あわせようとしている。
『マザー。とうとう、この時が来てしまったのですね』
声が、聞こえる。
でも目玉の無い俺には何も見えない。
『あーあ、負けちまうなんてなぁ。せっかくぐっすりと眠ってたっつうのに、強制的に起こされちまうしよ』
声が、聞こえる。
でももうすぐ俺の意識は沈んでしまう。
二度と浮上しない、深き海底へと。
『最期に、こうやってまた貴女にお会いできて光栄です。私達はもうすぐ、あの男に吸収されてしまう』
……あの男?
それが誰なのか、思い出せない。
この声の主が誰なのかも。自分が誰なのかも。
『ま、仕方ねぇよな。負けたんだから。この世は弱肉強食。俺らは新たな宿主に従うのみだ』
新たな、宿主――。
俺は、誰かに負けたのか。
そしてこのまま死んでしまうのか。
『ええ、ジル。その通りです。つまりマザーに宿した力は、すべてあの男に受け継がれます』
『だよなぁ。能力を全て奪うってことは、この馬鹿宿主と契約した内容を全て引き継ぐってことだもんなぁ』
……契約した?
もう、途切れる。
意識が、持たない――。
『はぁ……。ここまで言って気付かねぇか。相変わらずの馬鹿宿主だが――』
『ふふ、でもジル。貴方もマザーのことが好きなのでしょう? ……さあ、そろそろ行きましょうか』
俺の意識が途切れたその時、こう聞こえた気がした。
『――世界の破滅を防ぐ、最後の聖戦へと』
◇
目を覚ます。
ここは天国? それとも地獄?
「…………あれ?」
「カズハ!!」
何故か、目の前で幼女が俺の名を叫んでいます。
ていうか――膝枕?
あれ……? 何でまだ俺、生きてるの……?
『ぐ……ぐあ…………ぐあああああああああああああああ!!!』
叫び声が聞こえ、そちらを振り向きます。
…………誰?
何かめっちゃ巨大化している見知らぬおっさんが苦しんでいますが……。
「動かないの! 今、ありったけの回復魔法を貴女に掛けているだから!」
首を傾けると、そこには聖杖を構えたリリィ先生がいます。
…………はい? どうして魔法が使えるの?
俺は腹部をまさぐってみます。
確かに大きな穴が開いてるし、俺の周囲は血だらけだけど、徐々にそれが塞がっていってますね。
うーむ、よく分からん。
何が起きてるのか、誰か解説してください。
「良かった……。意識を取り戻したんだね、カズト」
「あ、ベストタイミングで解説者が現れた」
「解説者?」
首を傾げるユウリだったけど、俺の意図を汲んだんだろう。
すぐに鼻で笑って、俺が気絶している間の説明をしてくれました。
「カズトがジェイドに腹部を貫かれた後、すぐに彼は苦しみ悶えたんだ。そして何度も膨張を繰り返し、今もなおそれが続いている。理由は分からないけれど、カズトの能力を奪ったことが原因だと考えているのだけれど――思い当たる節はないかな?」
「思い当たる節って言われても……」
うーん、そういえば夢の中で、あの二人の神獣に出会った気がするんだけど……。
なんて言ってたっけなぁ……。確か『契約』がウンタラカンタラとか……?
よーし! こういうときは、解説者さんに相談!
「……夢に二人の神獣が? カズトとの『契約』……? …………やはり、そうか」
「え! もう分かったの! ……いてて!」
「馬鹿! どうして起き上がるのよ! 貴女、お腹に風穴が開いてるのよ! 普通だったら死んでるのよ!?」
…………はい。
リリィ先生が怖いので大人しくしております……。
「おい、カズハの目が覚めたのは良いが……あの野郎、暴走してねぇか?」
デボルグの声が聞こえたのでそちらを振り向くと、奴は膨張を続けるジェイドに睨みを利かせています。
相変わらずヤクザというか、常に暴走しているのはデボルグの方なんじゃないか――というのは口に出さないでおくとして。
「カズトの膨大な魔力を奪ったからね。それらが全て暴走したら、帝国はおろか、この世界そのものが消滅してしまうだろう」
「ど、どうされるのですかユウリ殿! そもそもジェイドの暴走の理由は? そして何故、我らの能力が元に戻ったのでしょうか?」
グラハムの発言を聞き、全員の視線がユウリに注がれました。
能力が、元に戻った……?
むむむ……! 何が何だか分からんチンです!
解説はよ!
「これは僕の予想だけど――」
ユウリの前置きを聞いて、お恥ずかしながら俺は生唾をごっくんしてしまいました。
痛い! 唾が腹を通過して、めっちゃ沁みるの!
「カズトは『火の神獣フェニクス』と『陰の神獣ジル』、二人の神獣と契約を交わした。その対価として残り寿命の大半を失った」
「…………あ」
……ええ、すっかり忘れてました。
俺の寿命がいつ尽きるのかは知らんけど、フェニクスちゃんとの契約で残りの寿命の半分。
そしてジル君との契約で、さらに残りの半分を差し出したんだっけ。
「それら『負の遺産』をもジェイドが受け継いだとしたら――」
「おいおい……。でもあの野郎には不死魔法が掛けられているじゃねぇか。いくら残り寿命の大半が失われたって、そもそも寿命自体を超越してるんじゃねぇのか?」
ゲイルの言葉に皆が首を立てに振りました。
こいつゲスのくせに、たまにはまともなことを言うんだよなぁ……。
「も、もしかして……カズハの体内に注入された無の媒体の影響なんじゃ……?」
ルーメリアの言葉を聞き、ユウリは頷きました。
無の媒体――。
あー、確かになんかそんな感じのものを俺に注入してたっけ。
「本来、無の媒体は属性を失ったカズトの魔法核と魔術禁書から抽出した魔法元素を融合させるために使われる、いわば『媒体』だ。その無の媒体の魔法塩基配列が何らかの形で不死魔法の付与効果を消失、もしくは一部を変性させたとしたら――」
「……あのぅ、確かユーフェリウス卿って、古の知勇アーザイムヘレストの末裔、なのですよねぇ?」
「!!」
エアリーの一言に反応したのは、ユウリとルーメリアの二人です。
ええと、もういい加減に答えを下さい……!
もっと分かりやすく! ていうか俺にも分かるように!
「そもそも不死魔法の付与効果は一瞬のもの……。それがアーザイムヘレストの末裔にだけ備わった遺伝子配列により永遠に付与されるようになった……!」
「それがカズトの無の媒体を取り込んでしまったため、遺伝子配列の一部が変化し、不死魔法の効果が消失した――。そもそもガゼット博士は不治の病で苦しんでいる人々のために、病の原因を作る遺伝子配列を変えるために無の媒体を開発したんだ。でも、ジェイドはその存在を知っていたにも関わらず、サンプルデータの詳細を把握できていなかった」
「だ、だからあの時、博士の研究施設を襲わせたのですな……! しかしユウリ殿の計らいでデータはすでに我らが持ち去っております!」
グラハムの言葉を聞き、皆の瞳に光りが灯りました。
不死魔法の崩壊、そして俺の『負の遺産』。
それらが同時に組み合わさることで、奴の終わりなき命が尽きようとしている。
『が…………ガゼットめえぇぇぇぇぇぇ!!! 貴様さえいなければ…………! 無の媒体さえ完成していなければ…………!!! ぐあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』
「ちっ、おいユウリ! どうするんだ! このままじゃせっかく助かったカズハも俺達も、あいつの魔力暴走のせいで全員おだぶつだぜ!」
「私達だけではありません……! 魔王城で避難している方たちも、帝国民も! 全世界の種族が消滅してしまいます!」
ゲイルとレイさんの叫びで全員が立ち上がった。
でも、俺だけは動けない。
リリィの回復魔法でどうにか生を繋ぎとめているだけ。
俺以外の仲間はみんな能力を取り戻したけど、俺にはまだ戻っていない。
ジェイドの魔力暴発は、俺のせいなのに――。
「……カズハ。大丈夫ですよ」
「へ……?」
俺の顔を優しく撫で、そう言ったのはルルだ。
彼女は頬に一筋の涙を流し、愛おしそうに俺を眺めていた。
「デボルグ、ゲイル、ルーメリア、エアリー。力を貸してくれ……!」
「あぁ? 良いけどよ、時間がねぇぞ?」
ユウリに集められた四人は傍らに転がったままの宝玉に向かって行った。
うーむ、何をするつもりなんだろう……?
「ここに砕かれた魔剣とエニグマがある。これを皆と宝玉の力で復活させる」
「! ……ああ、そういうことか!」
四人はそれぞれ腕を伸ばし合い、宝玉に魔力を込める。
光り輝く宝玉は四人を包み込み、そして――。
「魔剣とエニグマが……!」
「良いねぇ! これでまともに戦えるよ!」
復活した二本の魔剣とエニグマを装備するアルゼイン、セレン、セシリアの三人。
そして役目を終えた宝玉は一際大きく光り輝き、元の四宝――『爪』、『刀』、『弓』、『扇』へと分かたれた。
「よし! これでカズハの治療は終了!」
「拙者の槍も無事ですぞ!」
「私も勇者の剣を!」
俺に回復魔法を唱え続けてくれたリリィは俺から離れ、ユウリ達の元へと駆けていく。
グラハムとレイさんも竜槍と勇者の剣を構え、彼女の後に付いて行った。
「私達はカズハ様とタオさんを……!」
「ええ、後は彼らに任せるしかありません……!」
ゆっくりと俺を起こしてくれるルル。
タオもまだ辛そうにしているけど、ミミリに肩を借りてどうにか立てている。
「良いか、皆。チャンスは二度だ。僕がこの妖精剣でジェイドに『破理』を喰らわせる。そのタイミングで全員が全てのスキル、魔力を解き放ち奴を撃つ」
「魔力の暴発はどう防ぐ?」
ユウリの言葉に口を挟むゲイル。
皆が彼の続きを固唾を呑んで見守っている。
「『破理』の効果が奴の全身に行き渡れば暴発は防げるだろう。でもあの巨体ではそれも難しいかもしれない。もしも一度目で失敗したら、今度はこの四宝に『破理』を使う」
「四宝に……?」
「ああ。そうすれば宝玉の力が復活するだろう。その力を以て、ジェイドの魔力暴発を防ぐ」
「それも失敗したら……?」
リリィの言葉に全員が押し黙ってしまった。
しかし、ユウリははっきりとこう答えた。
「失敗は、しない。カズトがくれた最後のチャンスを棒に振るわけにはいかないからね」
それだけ言ったユウリはこちらを振り返った。
もう、時間が無い。
自我を失ったジェイドは結界に守られた壁を破壊しようと暴れはじめた。
「さあ、行こう皆! 僕らでこの世界を――カズトを守るために!」
――その言葉が、最後の戦闘の合図となりました。




