052 自分の『弱さ』が何なのか判明してスッキリしました。
「《絶・ツーエッジソード》」
二刀流の上位スキルを発動。
攻撃力が十倍、防御力が皆無になる。
しかし陰魔法の『白夜』による効果で全身に魔力がコーティングされている今、俺自身の防御力などあっても無くてもほぼ変わらない。
「《大弐乗》」
続けて陰の上位魔法を発動。
上昇した攻撃力を二乗の二乗までさらに強化。
その他の能力もすべて大幅に強化され、名実ともに最強の魔王が誕生する。
「ふ……ふははは! 素晴らしい……! やはり貴女は私が思っていたとおりの人ですね……! 溢れ出る魔力の渦に飲み込まれてしまいそうです! ならば、私も最後の力を振り絞らねばなりません……!」
ジェイドが右腕を天に掲げると、気絶しているレイヴンとマルピーギがゆっくりと宙に浮いた。
そしてニヤリと口元を歪め、奴はその拳を強く握り締めた。
直後、二人を取り巻く空間が歪み、無造作に圧縮され、赤黒い一つの塊となった。
それらがゆっくりとジェイドの体内へと吸い込まれ、恍惚の笑みを浮かべた奴はこう叫ぶ。
「全ての力は、私のために存在するのです……!!」
振り返ったジェイドはさらに新生物兵士らに向かい聖杖を振った。
次々と歪んでいく空間は同じく圧縮を繰り返し、塊となった兵士らはジェイドに吸収されていく。
「…………」
俺はただ、それらを黙って見ているだけ。
命が次々と燃やされ、ジェイドの糧となろうとも。
勇者を放棄した俺には何も出来ない。何も、するつもりもない。
黒剣を構え、膨張していくジェイドに視線を凝らす。
妖精剣を受けたら、そこで終わり。
『破理』の効果で俺の力は全て無効化され、そして無の禁術により能力を奪われてしまう。
「さあ! さあ! 黙って見ているだけでは始まりませんよ……! そちらから来ないのであれば、私から攻めるのみです……!」
聖杖を振り上げたジェイドは頭上にエアリーの『弓』を出現させた。
そこに兵士より吸収した膨大な魔力を注入させ、大きく弓を引き絞る。
「『エルフの弓』――。ふはは! 覚えておいでですか? しかし、威力は以前の数倍――いや、数十倍はあるでしょうね……!」
凝縮した魔力が一気に放出され、俺に目がけて一直線に矢が放たれた。
「《大神速》」
陰の隠し上位魔法を発動し敏捷力を更に強化。
魔法の矢に向かい突進し、直前で全身を翻して右手にある黒剣をジェイドの首目掛けて振り下ろす。
「エニグマよ!」
「!」
剣閃がジェイドの首を捉えようとした瞬間、異空間から破壊したはずのエニグマが出現。
黒剣を弾かれた俺は今度は上空に跳躍し、火の禁術を詠唱する。
「一つ、真なる炎の神は我に魂を授け、二つ、円なる紅蓮の神は我に仇名す敵を授け、三つ、業なる太陽の神は我に溢れる慈愛を授け――」
「おや、もう最後の手段を使いますか! ならばこうして防ぐまで!」
再び聖杖を振りかざしたジェイド。
その周囲にはミミリが確保していたはずの四宝の残り――『刀』、『扇』、『爪』が同時に出現した。
それらが『弓』と共鳴し、元の宝玉へと姿を変える。
「――――《永遠の業火に眠れ》」
俺の持つ最強魔法。そして最後の手段。
放たれた業炎はジェイドの全身を包み込み燃え上がらせる。
だが――。
「無駄ぁぁぁですねぇぇぇ!! 貴女はご存じないでしょうが『四宝』――すなわち『宝玉』とは、本来こういう使い方をするものなのですよ……!!! ほうら、貴女の最後の手段、最強の魔法が! その魔力が! こうやって宝玉に吸われ! そして、そしてそしてそしてぇぇ……!!!!」
「!!」
瞬時に光輝いた宝玉は全ての業火を吸い取り、その力が反転する。
火の禁術を発動した直後の硬直。そして大弐乗の副作用が現れ、硬直時間が延長。
その状態の俺に――。
「業炎に焼かれてしまいなさい!! ――――《永遠の業火に眠れ》!!!」
一瞬の静寂。
全てが、スローモーションのように。
――ああ、そうか。
やっぱり、駄目だったんだなぁ。
怒りに身を任せても、本当の本当に『大事な戦い』で勝つことができない。
――メビウスの声が聞こえる。
あー、何か耳が痛いことを言ってる気がするし。
『――己が弱さを克服せねば、開かれる未来はないかも知れぬがの』
――俺の弱さ?
『克服』って言われても、何をどうしたら良いか見当も付かないし。
だって、仲間を守りたいって言って、何が悪いの?
傷付けられたら頭にくるじゃん。傷付けた奴、ぶっ飛ばしたいじゃん。
仲間のためだったら、自分の命なんでどうでも良いんだよね。
もう三度も人生繰り返してるし。
むしろもう飽きたっていうか、死に場所を探しているっていうか――。
…………あ。
『ようやく気付いたか? それがおぬしの弱さの正体じゃ』
…………なんだよ、婆さん。いつから、そこに居たんだよ。
相変わらず神出鬼没でよく分からん婆さんだなぁ……。
『ワシのことはええ。元々こういう存在じゃからな。……おぬしは身勝手で我儘で、嫌なことはやらず、仲間想いと言いつつも、最後は全員を巻き込んで迷惑を掛ける厄介者じゃ』
…………はい。重々承知しております。
『一度目の人生の頃はまだマシだったが、二度目が始まった途端に世界を舐めおった。三度目に至っては世界最悪の犯罪者となり、挙句の果てに魔王にまで上り詰めた。それだけではない。戦争を勃発させるわ、世界遺産を破壊するわ、地殻変動を引き起こすわ、大切な仲間をも犯罪者に仕立て上げ、世界中から命を狙われる羽目になるわ――』
もうやめて! わたしのライフはゼロどころじゃないの! 瞬殺! 瞬殺です!
『まあ聞け。そんなお主でも、仲間はお前を慕っておる。彼らにもそれぞれ考えがあり、葛藤し、日々苦悩をしておる。なのにお主は仲間のためと言っておきながら、自らは死に急ごうとするではないか』
うっ……。でもそれは――。
『確かに死とは、個人にとって最も尊重されるものじゃ。じゃがお主の身は、すでにもうお主だけのものではない。妻がおり、家族がおり、仲間がおる。記憶の継続者も徐々に現れておるじゃろう? もうお主は一人ではないのだ。そして、そのことにすでに気付いておるのじゃろう?』
…………。
『仲間を想い、依存するのは、自身の死後に彼らの記憶の中で生き続けたいという、お主の欲望じゃ。それがカズハ――お主の弱さ。生きることを放棄し、死を選んだ弱さじゃ。……違うかの?』
…………たぶん、あってると思う。
『ほう……。認めることができるということは、はてさて――』
あ、ちょっと! どこ行くの!
ていうか、今更俺の弱さを露呈したところで、火の禁術を弾き返されて死んじゃうんだから意味なくね!?
もうちょっと早く出てきて気付かせてくれたら、ぶち切れて黒剣抜かずに済んだんじゃ――。
◇
「…………ふ、ふはは。ふはははは! 勝った……!! とうとう、悲願の魔王討伐を果たしました……!!!」
声高らかに勝利の雄叫びを上げるジェイド。
彼の眼前に残るは、黒焦げた黒衣の一部がそこにあるだけだ。
「そんな…………。カズハが…………死ん………だ?」
扉の奥からよろよろと身体を這わせて出てくる精霊の娘。
タオを救うため全ての魔力を使い果たした彼女の目は虚ろで、その瞳の先には魔王が着ていた黒衣の切れ端しか映っていない。
「ふふ、ルリュセイム・オリンビア……! 見てのとおり、魔王は死にました。くく……! 自身の放つ業火に焼かれて死ぬなど、滑稽にも程があると思いませんか……? くく、くはははは!」
「ルルさん、そいつに近付いてはいけません……! カズハ様は……カズハ様が、死ぬなんて……そんなことがあるわけがないです!」
精霊の娘に続き扉から飛び出して来たミミリ。
彼女は震える手で地面に落ちた炎剣を拾い上げ、それでも殊勝にもジェイドに立ち向かおうとしている。
「けはひゃひゃは! それは『白夜』の効果があったから、ですか? 確かに宝玉の力で火の禁術を弾き返しただけでは、彼女は消し炭にはならなかったでしょうねぇ……!!」
「ま、まさか…………」
ジェイドの言わんとすることに気付いた様子のミミリ。
精霊の娘は彼らの言葉が聞こえないのか、そのまま黒衣の切れ端まで辿り着き、膝を突いてしまう。
「そう! 『破理』ですよ……! くくく……四宝を宝玉に戻した時、私は妖精剣をもその中に忍ばせたのです! くははは! 彼女の『白夜』を『破理』で破壊し、『大弐乗』の副作用でがら空きになった防御に最大魔力の火の禁術を喰らわせた……! これで生きていられるはずもありま――」
「危ない! 窒息する! 空気! 空気どこ!」
「――――せん?」
突如、精霊の娘の目の前の空間が裂ける。
そして、そこから飛び出して来たのは――。
「カズハ!」「カズハ様!!」
「あ! 空気ある! す~~~~、はぁぁぁぁぁぁぁぁ!! よし! 生きてる!!」
異空間から飛び出した俺は深呼吸をし、辺りを見回します。
……うん。
なんか泣いてる幼女と、泣いてるうさ耳っ子と、口が開いたまま閉まらないおっさんが一人――。
「ぐっ……! そうか、直撃する瞬間にその黒剣で時空を斬り裂いて……!」
「あ、うん。硬直してたけど無理矢理最後の力を振り絞って黒剣で時空を斬って、中に逃げた」
……でもね。
間一髪逃げたのは良いんだけど、そこから完全に硬直しちゃって。
異空間だから酸素も無いし、息が出来なくなって結局死にかけたんですけれど……。
「カズハ……。貴女って人は……」
「…………はい、いつもご迷惑をお掛けして、真に申し訳御座いません」
……うん。
幼女に泣きつかれたら謝るしかないです……。
ていうか、泣きつかれなくても怒られたら謝るしかないですが。
「…………くく、くはははは! しかし、まだ私の優勢には違いがありません! それを貴女は理解しているはず!」
「……? どういうことですか、カズハ様?」
涙を拭き、体勢を立て直したミミリは幼女と共に俺の後ろに隠れます。
うーむ、どうしよう。言っても良いかな……。
ていうかもう奴にバレてるんだし、隠しても意味ないか。
「はい。じゃあ告白します。あいつが跳ね返してきた火の禁術、異空間に逃げるときにちょっとだけかすっちゃいました」
「…………はい?」
俺の意図が伝わらないのか。
幼女もミミリも首を傾げてしまいました。
ていうかタオは大丈夫なの?
たぶんこの様子だと治療が終わって、あっちの扉の向こうで寝てるとかなんだろうけど……。
「いや、かすったって言っても、ちょっと尻にかすっただけだけどね。ほら見て。ちょっと焦げてるっしょ?」
俺は二人にケツを向けます。
お尻のほっぺの所にほら、丸い焦げ跡があるでしょう。
跡が付いたらどうしてくれるの。こんな可憐な少女のケツに。
「…………」「…………」
「いや、だから。火の禁術をちょっとだけ受けちゃったの。ほら、あいつの放った火の禁術は宝玉に一旦取り込まれたでしょう? その宝玉には妖精剣も配合されたんでしょう? つまり――」
俺の次の言葉を聞く前に、二人の顔はどんどん青ざめていきます。
そして俺は、こう続けました。
「ケツから『破理』を喰らっちゃって、今、俺の能力は完全に無効化されちゃってます!」
「「アホかあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
――次回へ続く。




