046 魔王の顔くらい覚えていて下さい。
シーーーーン…………。
「…………」
「…………」
……うん。
満を持して扉を蹴り飛ばしたのは良いんだけど、誰もコメントくれません。
「…………誰だ、貴様は?」
「いや魔王だろ! どう見ても!!」
鹿蜘蛛野郎――もといグラッチに叫ぶ俺。
せっかく格好良く登場したのに魔王の顔を忘れるってどういうことですか!
「ぐ、グラッチ兵士長……! 奴の言っていることは間違いではありません! この魔力値……! 奴はこの城の主、魔王カズハ・アックスプラントです……!!」
新生物兵士の一人が魔導測定器を俺に向けてそう叫ぶと、敵兵は一斉に武器を構えました。
でもそんなことはどうでもいいの。
俺はその場で屈み込み、床にのの字を書き始めます。
「こんな時に何をしているアルか……! 早く立ち上がって戦うアルよ!」
「いやー……だってさぁ。あいつら、俺の顔とか全然覚えてないんだもん……。確かに毎回毎回変な格好(メイド服、着ぐるみその他)とかしてるから、そっちに気が削がれちゃってるのかもしれないけどさぁ……。魔王の顔くらいさぁ、覚えてくれてもさぁ、良いと思わない? もうショックで立ち直れない」
「ふざけている場合ではないですよカズハ……! 来ます!」
「へ……?」
ルルの言葉で顔を上げると、確かに新生物兵士が一斉に飛び掛かってくるのが視界に映りました。
……いやさ、ホント舐めてるよね。完全に調子に乗ってるよねキメラ。
どうせあれだろ? ジェイドが出てくれば俺なんて一発KO間違いなしとか思ってるんだろ?
よーし、のの字止め。全員ぶっ飛ばす。
「ルルさんはこちらへ……! タオさん! 私達は敵の増援が来ないかカズハ様の背後で警戒しましょう!」
「分かっているアル……! ジェイドが現れてからが本番……! それまではカズハにどうにかしてもらうアルよ……!!」
三人は同時に後方へと下がり、俺の攻撃範囲外に避難します。
まあ『ぶっ飛ばす』とは言っても加減はするからご安心下さい。
それに何故か知らんけど城全体に強固な結界みたいなのが張られてるから、ちょっとやそっとじゃ壊れないでしょ。
たぶんあの魔女婆さんがやったんだろうけど……。
『キシャシャシャシャ!』
『魔王の首……貰ったああぁぁぁぁ!!』
骸骨風の剣士が八体。それに大斧を振りかぶったミノタウルス風の化物が四体。
それら全員の身体に淡い緑色の光が灯っているのが見えます。
あー、火耐性の付与魔法かなんかだねアレ。
確かに前に火の禁術をぶっ放してやったから、完全にビビっちゃってるんだろうね。
「とりあえず面倒臭いから《奈落》」
『うぎゃあぁぁぁ…………!』
『ひいいぃぃぃぃ…………!!』
突如敵前に出現した大穴に吸い込まれるように落ちていく新生物兵士たち。
せっかく火魔法を乱発してストレス発散しようとしてたのにお茶を濁されたから地獄に落ちてもらいます(物理)。
ウインドウを出現させ、陰魔法の欄にある『奈落』を連打。
次々と出現する穴に落ちていくだけの敵兵たち。
「ちぃ……! 使えん奴らめ……!!」
バキバキと音を立てて本性を現したグラッチ先生。
例の蜘蛛なのか鹿なのか分からない格好に変身しました。
「《次元刀》!!」
「おっと。さっそく使いますか」
何本もある手の一つに握られているのは、ゲイルから奪った四宝のうちのひとつ――『刀』だ。
その能力を発動し、『奈落』ごと時空を斬って消滅させちゃいました。
「魔王カズハ・アックスプラントよ……! この俺を以前と同じと思うな……! 四宝のうちの三つを得た俺は、もはや神に次ぐ力を持った――」
「《縫糸》」
「むぐっ……!?!?」
とりあえずうるさいからグラッチ先生の口を陰魔法で出現させた糸で縫い合わせて黙らせます。
次元刀は確かに厄介だけど、もう散々ゲイルともデボルグとも戦ってるんだよね、俺。
つまり能力を熟知してるってこと。
昨日今日、四宝の力を得た初心者とはレベルが違うっつうの。
「ぐぐぐ……! ぐぎぎぃぃぃ!!」
もう一方の手に掲げたのはルーメリアから奪った『扇』だ。
そこから照射される無数の弾頭――まあ簡単に言うと追尾型の小型ミサイルみたいな奴?
あれを喰らうとダメージの他にも麻痺と混乱の状態異常が発生するんだけど――。
「《霧隠》」
再び陰魔法を発動。
これは物理攻撃の命中率を下げる魔法なんだけど、今の俺が使うとあら不思議。
「!?」
「うん。どんだけ撃っても当たらなきゃ意味がないよね。命中率ゼロだし」
小型ミサイルは壁に激突し爆発。
当然俺には一発も当たらないわけでして。
「ぐぎぎ……! ぎぎぎぃぃぃぃぃぃ!!」
「で、最後の頼みの綱は『神の爪』と。もうさ、最初から勝負ついてんだよね」
予想通りデボルグから奪った『爪』を構えて突進してくるグラッチ先生。
恐らく『光速』も使ってるから光の如き速さで俺の眼前まで瞬時に迫ってくるんだけど――。
「はい、ダウト」
「!!」
グラッチ先生の攻撃を防御せず、上空へ離脱。
その直後に爆発音が聞こえ、さらに先ほどまで俺が立っていた場所に蜘蛛の糸が張り巡らされていた。
「『シャインイクスグレイド』で奇襲爆撃、その隙にお前の得意な蜘蛛の糸を『次元刀』で隠して俺を拘束、のコンボ。全部想定済みの攻撃方法ばっかだな。つまんね」
俺は人差し指を突き出し、グラッチ先生を指します。
そして奴に告げました。
「あいつらはもっと上手に能力を使えるぞ。お前には四宝を持つ資格がない」
「………!!」
指先に集まる魔力。
力の差を示すにはもってこいの魔法を今俺は詠唱している。
この世界で最も下等な初級魔法。
子供でも扱えるこの魔法で、俺はこの男を倒す。
「じゃ、またどこかで会えたら良いですね。さようなら、鹿蜘蛛さん」
「ぐ……ぐぐぐあぁぁぁぁ!!! 魔王ぅぅぅ……! 貴様は必ずジェイド様が――!」
魔法の糸で塞がれた口を引き裂き、声を荒げるグラッチ。
しかし次の瞬間、その声がかき消されます。
「《ファイアーボール》」
――指先から発射された巨大な炎の塊はグラッチを包み込み、そのまま奴を異界の狭間へと吹き飛ばしました。




