三周目の異世界で思い付いたのはとりあえず体調崩すことでした。
爺さんの小屋を出た俺は大きく伸びをし、闘技場のほうに足を向けます。
「おや、カズハ? 宿に戻るのではなかったのか」
俺に続き小屋を出たセレンが後ろから声を掛けてくる。
「うん。爺さんのとこにアルゼインはいなかったし、とりあえず闘技場にいないか探してみようと思って」
そしてさっさと魔剣を渡して取引を終わらせたい。
早く傭兵の登録とかもしないといけないし、国作りのための資金集めもしないとね。
三周目に来てようやく俺のやりたいことが出来そうです。
ヤバい。なんかちょっとワクワクしてきた……!
「そうか。ならば我はこの街を見て回るとしよう」
「え? 一人で大丈夫か……?」
闘技場とは反対方向に足を向けたセレンを呼び止めます。
ていうかそっちって歓楽街の方角なんですけど……。
うん。すごく嫌な予感しかしない……。
「何だ? 我を信用できないと申すか。おぬしの眷属となったこの我を」
「うん。全然信用できない」
「う……。そ、そうか。大丈夫だ。決して問題は起こさないと誓おう」
俺がジト目で睨むと魔王様は目を逸らしました。
どうして俺の目を見てはっきりと言わないんだ。
ここは念のためにもう一度『緊縛』で能力を縛っておくか……。
「だ、だから大丈夫だと言っておろう! 我が向かう先はこの街の酒場だ!」
「酒場? この真昼間から酒を飲むつもりか?」
「ああ。魔族は基本的に夜行性だからな。人間族は夜に酒を飲むと聞くが、魔族は昼間に酒を飲む習性があるのだ。城を出てからずっと飲んでおらんので、どうにも調子が出なくてな」
「……」
こいつ……。酒飲み魔王だったのか……。
俺もルルもタオもまったく酒を飲まないから、今まで俺らに合わせてくれたってことかな。
まあ、でもそれぐらい許してやるか。
俺はウインドウを操作し、所持金を表示させる。
現在の所持金は187255977G。
エーテルクランの酒場だったら、1万Gもあればだいぶ飲めるだろう。
「ほれ。これで飲んでこい」
金を手元に出現させ、それをセレンに手渡します。
お前どうせ金持ってないだろ。
無銭飲食とかで問題を起こされる前にお小遣いをあげておかないとね。
「ああ、そうか。金が必要だったか。我としたことが忘れておったわ」
「……お前、やっぱ一人でうろつかない方が良いと思うんだけど。色々と世間を知らなすぎるだろ……」
「失敬な! 我とて知っておることはいっぱいあるぞ! 人間族の酒場に行って金が無いときは、皿洗いをすればタダ飲みが出来るのであろう? タオから聞いたぞ!」
「お前、それ意味をはき違えてるから!」
タオの奴……! 余計なことを言いやがって……!
教えるんなら、もっと常識的なことを教えろよ……!
「いいか、セレン。酒場以外にはどこにも行くなよ。で、酒を飲み終わったら金を払って、真っ直ぐに宿に戻ること。いいな?」
「わ、分かった。だからそんなに睨まないでくれ」
俺が睨むとセレンはまた目を逸らしました。
そしてそそくさと酒場のほうに向かっていきました。
俺は腕を組みながら奴の向かう先をじっと見つめます。
……ものすごく、嫌な予感しかしない。
◇
セレンを見送った俺は闘技場に向かいました。
もうだいぶ閑散としてるね。
冒険者の数もまばらだし、大会の運営側の人間が後片付けをしています。
次の大会まではこの会場はギルドに解放されるから、その準備をしているんだろうけど……。
受付に向かいランキング証を提示して入館します。
今大会の俺の順位は185位とかだったはず。
まあ特に目立たず無難な順位ですね。
闘技場の中を一通り周り、アルゼインの姿を確認できなかった俺は休憩室に向かいました。
うーん、あいつどこに行ったんだろうな……。
大会が終わって二日が経っちゃってるから、その辺の洞窟とかでレベル上げでもしてるのかなぁ。
こんなことなら、落ち合う日とかを決めておけば良かった……。
「まあいいや。腹減ったし、飯でも食おう」
俺は休憩室の奥にある食堂に向かいました。
ここの食堂は安くて量が多いから利用客が結構多いんだよね。
大会中はめっちゃ混んでて入れなかったくらいだし……。
食堂の席に着き、メニューを選びます。
でもなぜか字がぼやけて良く見えません。
「……あれ? なんか目がショボショボする……」
そう言えば、今朝から熱っぽい気もするし。
もしかして風邪でも引いたかな……。
ルルもタオもへばってたし、結構長い旅だったから俺も疲れてるってことか。
もう今日は飯食ったら宿に戻ってゆっくりと休もう。
アルゼインはまた明日、その辺の洞窟辺りを探せばいいや。
「すいません。こちら、相席させていただいても宜しいでしょうか?」
声を掛けられ顔を上げると、そこには長い金髪のお姉さんが立っていた。
白銀の鎧がキラキラと光っていて、目がショボショボしている俺には結構辛いです……。
「あ、はい。どうぞ」
条件反射的にそう答えた俺はまたメニューに視線を落とします。
……あれ? でもこの食堂、今はそんなに混んでいないよね?
どうして他の席も空いているのに、わざわざ俺と同じ席に座るのかな……。
「へぇ……。珍しい武器をお持ちなのですね。『ツヴァイハンダー』を使う冒険者は、今はだいぶ少なくなってきておりますのに」
俺の横に置いてある大剣を見てそう言ったお姉さん。
ふーん、この人剣士っぽいから武器とかに詳しいのかな。
ていうかさっきから良い匂いがするけど、このサラサラの金髪の匂いかなぁ。
美人さんだし、ファンとか多そうだね。
……あ、駄目だ。頭いたい……。
「大丈夫ですか? お顔が真っ赤ですけれど……。ちょっと失礼いたしますね」
お姉さんは俺の額に手を当てた。
白くて細くて綺麗な指。
腕も細いしスタイルも良さそうだけど、剣士なんてよくやってられるなぁ。
まあ人にはそれぞれ理由があるから何とも言えないけど。
「うーん……。これはかなりお熱がありますね。お薬はお持ちですか?」
「あ、いや、持ってなかったかな……」
「それはいけませんね。このすぐ先に私が宿泊している宿が御座いますから、一緒に向かいましょう」
そう答えたお姉さんは俺に肩を貸してくれた。
あれ? 何かすごい良い人なんだけど……。
この世知辛い世の中で、こんなに親切にされたのは初めてかも知れない。
「あ……」
急に意識が朦朧としてきた。
ヤバい。本格的に熱が出ちゃってるねこれ。
お姉さんが心配そうに俺の顔を見上げている。
ああ……綺麗なお顔ですね。俺が男だったら惚れちゃうね。
……いやいや、男だから。身体が女ってだけで、心はいつまでも男だから。
ああ……落ちる。お姉さんすいません……。
「ん……。あれ……?」
目を覚ますと、そこま見知らぬ部屋だった。
綺麗な壁紙。見事な装飾品がずらりと並べられた棚。
「お目覚めになられましたか? 良かった……。お薬が効いたみたいですね」
お姉さんが俺を見下ろしてそう言った。
あ、そうか。俺はあのまま気を失っちゃって――。
「熱もだいぶ下がったみたいですけど、まだ安静にしていてください」
おしぼりを新しいものに変え、俺の額に置いてくれたお姉さん。
もしかしてずっと看病してくれたのか……?
どうしよう。涙が出そう。
こういう女性をお嫁さんにしたい……!
美人で、気が利いて、いつも俺のことを考えてくれて……。
「あ、すいません。お礼も言わなくて……」
「良いんですよ。困っている人がいたら助けるのは当たり前ですから」
ああ……! この人は女神様かな……!
どこかの毒舌幼女とは大違いだ……!
「あ、ご挨拶が遅れました。そのままで良いのでお聞き頂けますか?」
お姉さんはそう言い、ひとつ咳払いをして自己紹介をしてくれました。
「私は『レインハーレイン・アルガルド』と申す者です。首都アルルゼクトからこの街に武者修行に参りました。ぜひ『レイ』とお呼び下さい」
アルルゼクトとはアゼルライムス帝国の首都の名だ。
そこから武者修行に来たということは、帝国兵の見習いか何かかな……。
「じゃあお言葉に甘えて……レイさん。本当に助けてくれて有難う御座います」
「ふふ、嬉しいです。レイと呼んで頂けて……。差し支えなければ、貴女のお名前もお聞かせいただいて宜しいですか?」
俺の額に置いてあるおしぼりを再び交換してくれるレイさん。
ああ……良い……。すごく良い……。
「あ、ええと、俺は『カズハ・アックスプラント』って言います。冒険者をやってます」
「カズハ様、ですね。これも何かの御縁です。回復されるまでは、この宿でゆっくりしていって下さいね」
そう言って立ち上がったレイさん。
文句の付けどころがないくらい完璧な女性です。
俺はこういうのを求めていたんだ。
ルル。タオ。セレン。お前らも見習え。
女性とはこうあるべきなのだ。
帰ったら自慢してやろう。
俺は女神に会ってきたと――。




